第3話 勇者狩り【3】



「き、禁忌の紫……」

「て、テメェ何者だ?」

「ほう! 僕に名を問うか。まあ、いい、これも何かの縁だ、名乗ってやろう。僕の名はオディプス・フェルベール。王だ」

「は?」

「はぁ?」


 王?

 王と言ったか? この男。

 顔を見合わせる。

 それから、また男へ向き直る。


「頭のイカれた野郎らしいな」

「見目は良い。男娼館にでも売っぱらってやろうぜ」

「ああ、こりゃあ高くつくだろう」

「……ほうほう、この世界はそんなものもあるのだな。だんしょうかん……何の事かよく分からない。説明してくれ、それはどういうものだ?」

「行って体験してみりゃすぐ分かるぜ!」


 男の一人が襲い掛かる。

 ぐっ、とその足にミクルが引っ張った縄がひっかかり、男は倒れ込んだ。


「!」

「なに!? このガキ!」

「……………………」


 ずるり、と起き上がったミクル。

 顔は小石が刺さり、血みどろだった。

 それでも起き上がる。

 起き上がらなければならない。

 自分を救ってくれた少女たちを守らねばならないから。


「まだ生きて——」

「そうか、もういい。教えてくれないのなら……その脳に直接聞こう……」

「あ!? 待ってろ、テメェはあと…………あ?」

「う——うわあああああああぁぁぁぁぁ!?」


 ミクルは目を見開いた。

 話し声は所々聴こえていたが、男たちに話しかけた青年は両手を払うように広げる。

 すると、ミクルへ剣を向けた男が……骨と皮と臓器に、分かれた。

 漂う血液の一滴一滴。

 声も出ない光景。

 男たちの中には腰を抜かして、失禁した者もいるほど。

 一瞬のうちに男が一人……バラバラになった。


「どれ」


 青年がその脳に指を差し込む。

 紫の瞳が銀色に変わると、ほんの数秒で指は引き抜かれた。

 失禁した男を置いて残りの二人は悲鳴をあげ逃げていく。

 残された男は、そのまま泡を吹いて気絶。

 無理もない。

 ミクルは放心状態だった。

 現実が現実として受け止められない。

 これはどういう事なのか——。


「なんだ、だんしょうかんとは男の娼館の事か。それに、あまり豊富な知識ではないな。がっかりだ」

「……っ」


 ぱちん、と指を鳴らす青年。

 すると、骨と臓器と皮……そして血液になっていた男は、元の人間の姿に戻る。

 でもバラバラにされた記憶は残っているのか、そのままへたり込んで赤子のように一メートルほどハイハイで進むとそのまま倒れた。


「あ……あ…………ふっ……」

「おや」


 ……男たちではないが、衝撃が大きすぎる。

 ミクルもまた、その場で倒れ込んだ。





 ***



「ハッ!」

「起きた起きたー」

「…………。ぎゃああああああぁ!」


 目を覚ました。

 するとそこには人をバラバラにし、元に戻した青年が座っている。

 慌てて立ち上がり、後退りするとすぐに背中が大木にぶち当たってしまった。


「!? ……あれ、怪我……」

「治したけど」

「え、治し……」


 ズタボロだった服も、引きづり回されて血塗れだった全身も。

 痛みが消え、服も直っていた。

 夢だったのかと思うほど元通り。

 だが夢ではないはずだ。

 ミクルの足元には血の付いた縄が残っている。

 恐る恐る、青年を見る。


「あ、あの、あな、あなたは……」

「オディプス・フェルベールだ。この世界には勇者を狩にきたのだが、君は勇者がどこにいるか知っている?」

「…………」


 禁忌の紫の瞳。

 それも、両目とも……。


「……!? ……!?」


 それに今なんと?

 勇者を借りに来た?

 勇者は知らないが勇者志望の男なら知っている。

 関係者だろうか、と訳も分からぬまま「ゆ、勇者を、借りるって……」と聞き返す。

 すると思わぬ答えが返ってくる。


「うん? 借りになど来ないよ。僕は『狩』……仕留めに来たと言っている」

「!?」

「理由かい? 最近勇者の中に勇者らしからぬ、否、勇者を名乗るに足らぬ者が多いという。僕は聖界十二勇者の一人、炎帝と契約して一時、生前に近い体と魔力を取り戻した存在。いわゆる神霊だ」

「…………」

「ああ、分からないならいい。つまり、勇者と名乗る割に全然勇者してないゴミを始末に来たんだ。他の奴らはどうだか知らないが、僕は勇者という称号を持つ者は特別な者でないと許せない。なので相応しくない者がそれを名乗るなら始末する。文字通り『狩る』よ。まあ、それだけの事なのだがね。……で、少年、君は勇者を名乗る不届き者を知らない?」

「……………………」


 ヤバい人だ。

 さすがのミクルにも分かる。

 この人は——昨日の男たちなど鼻で笑えるレベルでヤバい人物だ。

 頭がぐるぐると混乱する。

 どうしよう。

 絶対関わっちゃいけない系だ。

 どうしよう。

 めちゃくちゃ話しちゃったし色々聞かされてしまった。

 これは、断ると始末される流れでは……。


「ゆ、ゆ……ゆ、勇者……」

「そう、勇者」

「…………」


 いや、だがよく考えると……ちょうどいいような気がした。

 ミクルは幼馴染たちを村に連れて帰りたい。

 村長たちとも約束している。

 そして、多分その事を四人に話せば、四人は頷いてくれるだろう。

 納得しないのは勇者志望の『リーダー』。

 始末……殺すのはさすがに可哀想だが、そこは彼が『勇者志望』なので見逃してもらえるかもしれない。


「あ、あ、あの、あの……勇者、志望の人なら……」

「ほほう?」




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