2話 縁

車で高速道路を駆使して移動する事早二日……俺を乗せた車は東北地方に到着した。





  土地の睡眠などはパーキングエリアで車の中で寝た。正直、飛行機よりは快適に寝れるかと思ったが、五人も普通車に乗っている為、横になるスペースなど無く、起きた際には肩と首が小学生ながらにポキポキと音を鳴らした。


  太平洋に面した宮城県の北東部に位置する海岸線の都市を目ざして車を進めたが、その途中で俺が目にした光景は悲惨な物だった。


  既に震災から何年も経っているのだから、俺はとっくに仮設住宅だとは言っても街は少しずつだが、普通の状態に戻っていると思っていた。


  だが、現状は違った。大きな津波で破壊された街は戻らず、やっと道路が整備されていると言うレベルだった。


  道路脇に積み重ねられた瓦礫の山を崩すショベルカーが至る所に見え、ガラガラと大きな音を立てて元が何なのかさえ分からなくなった瓦礫を移動させている。


  道の脇のガードレールは曲がったままで、鉄道は通っていない。


  元々は市街地だった場所は、道路だけが瓦礫を退けられてその当時立っていたままの家が解体もされずに鉄骨の姿で陳列していた。


  荒野になってしまった場所にも廃屋がポツポツと残っており、黄色いテープが巻かれている家もあった。


  黄色いテープが巻かれている家は家の持ち主が行方不明のまま未だ見つかって居らず、解体もされなくなってしまった家らしい。


  そんな家が無数にあるのだから俺の心は揺れ動いた。小学生故に人の死という事にはあまり関心は無く、震災の事もニュースで流れてる程度にしか考えていなかった俺だったがこの時はただひたすら無言で車の中から外を眺めていた。


  この時俺がどう考えていたのかはあまり覚えていない。


  ボランティアに関係していた黒髪のハキハキとした口調で話すおばあちゃんは山吹やまぶきと言う苗字な事が分かった。


  山吹さんは、運転しながら色んな事を語ってくれた。今まで何度もこのボランティアに参加して来た山吹さんは被災地の市長とも繋がりがあった。


  過去に親を亡くして首を吊って自殺をした少女の死体を目の前で見た時の話などもしてくへれたが、その話も含めて全体的に重過ぎて小学生の俺が理解できる範疇を明らかに超えていた。


  祖母が俺なんかをこんな旅に連れて行こうとした理由が俺には未だ分からなかった。この旅は俺なんかに理解できる旅じゃない。




  その後市長さんと面会をして仮設住宅を案内して貰ってそこで一日泊まった。仮設住宅の中は思ったより広く、普通の家みたいと思ったけれど貸し出された仮設住宅は共同生活用の広い家だった事に後で気がついて広いと思った自分が恥ずかしくなった。


  市長さんはどこかで見た事のあるような優しげな顔をしていたが、頰がこけており少し疲れた顔をしていた。面識が無いのに市長さんの顔に既視感があったのは恐らくテレビで見た事のある芸能人の人に似ていたからだと思う。


  その後俺は被災地で黙祷を行なって、病院の赤十字の十字印を見送りながら宮城県を後にした。


 


山形県の高速道路を通っている途中に綺麗に雪が積もった高い山が見えた。切り立った形をした山は、登るのが大変そうだったが、山に興味が無かった俺でも綺麗と思った。


「あれは、城蔵山しろくろやまだね。進くんは山に興味があるのかい?」

「いえ、何となくあの白い雪が綺麗であれに惹かれたんです」


  山吹さんが信号で止まった際に俺の視線に気がついて声をかける。俺は被災地でシュンと締め付けられる様に痛くなったもどかしい心のせいか、山と言う大きな自然を見て吸い込まれる様に惹かれていた。


  元から自然は嫌いじゃない。虫とかが大好きで昔は生物博士になる事が夢だと言っていた。今もその夢は変わっていないが、運動が苦手なんだ。だから山はあまり好きにはなれなかった。


  昔から運動神経は悪く、全力で走ると足がもつれて転けるレベルだ。それでも自然自体は好きで割と田舎で、家の中から自然観察ができる祖母の家に良く遊びに行っていた。


  断固として自分から自然の中に歩いて行こうとは思わなかったが、小学生低学年の時にはボウフラの羽化に関する自由研究を行って友達に嫌われた記憶がある。それに、絵が得意だった俺は良く動物の絵を描いていた。


  それで海軍コンクールの副グランプリを取った事もあった。その時は海の生物にも興味を持った。


  そう考えると、俺は生物だけでなく自然が好きだったのかもしれない。その辺は自分でもよく分からないけどな。それに、友達がいなかった時代の心の拠り所でもあったんだ。


  今は多少居心地が悪くても、学んだつもりだ。中学生からは友達との関係をきちんと気付いていきたいと考えている。あの時は落ち着きが無くキ○ガイと呼ばれる部類だったのは間違い無い。それが友達との関係を悪くさせたのかも知れない。


  時が経つにつれて俺も落ち着き、最終的には仲良くなれたものの俺としては過去を考えるとどうしてももどかしく、居心地が悪くなってしまう。恐らく相手も心の中では過去の俺を浮かべて嘲笑っているのだろう。


  そう考えると、表面上では優等生ぶっていて自慢できてもどうしても嫌悪感が付き纏っていた。


「そう。じゃあ、何か縁があったのかもね」


  山の自然に触れて俺は自分の過去を思い出して自己嫌悪に至ってしまっていた所に、山吹さんの優しい声が響き、俺は顔を上げる。


  そこにはニコリと笑ってこちらを振り向いている山吹さんの顔があって信号が青に切り替わって山吹さんは前を向いてアクセルを踏んだ。


  ゆっくりと動きます出した車の中で俺は『縁』と言う言葉を反芻させていた。縁か……そうだな。これも全ては縁か。友達との関係も縁。志道学園に合格して通う事になったのも縁。百人一首でおばあちゃんたちと話が合ったのも縁。このボランティアに行く事になったのも全て縁なんだな。


  俺はこの城蔵山にも不思議な縁を感じてニコリと微笑んだ。






 やがて山形を抜けて福島県に入ると高速道路の一部ルートが原発事故の影響で使えなくなっていた為に、地図を祖母達と見ていたのだが、地図読みなどあまりやった事の無い俺を含めて全員地図を読めなかった為に、少し迷いながらも福島県を抜けた。


  その後再び俺達は二日間の車旅を終えて広島に帰って来た。




  春休みの半分を消費したが、その半分は長い様で短い一週間だった。その一週間は短く感じたが濃厚で俺の中に深く刻まれた一週間だった。


 



  そして、春休みは終わりを遂げて志道学園の入学式を俺は迎える事となる。

 

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