仕事の時間だ

「この反応……狙われてんのは、姫路のパチンコ屋廃墟ですね。そのスジでは有名な店舗だって聞いたことあるんだけど、なんて店だったっけ……」

「姫路の有名な閉店したパチンコ店? 姫路カテドラルのことか?」

「知っているのか、椎橋さん」


 全員に注目され、少し戸惑ってしまう。

 まさかパチンカス知識がこんなところにきて役に立つとは思いもしなかったが……姫路で、そのスジで有名とあれば、まず間違いないだろう。


「あぁ。数年前、店員の制服をバニーガールで統一したり、スロットの設定を露骨に客に分かるようにしてたり、とにかくトンデモな攻めた営業をしたせいで監査が入り、閉店した店があったって聞く。裏モノスロットもバリバリ稼働させてたし、何度も警察の摘発をかわしていた伝説の店舗だ。パチンコファンのメッカ。たしかその店の名前がカテドラルだったはず」

「な、なるほど……」

「椎橋くん、パチンカスだもんね。そりゃこういうの詳しいよね」


 なんだ、委員長。どういう表情なんだそれは。感心するなら感心しろ、呆れるなら呆れろ。

 姫路カテドラル、俺が大学を出る頃に閉店したんだよな。行ったことのある先輩が、口を揃えてウン万勝ったとか万枚達成したとか言ってたから、いつか行こういつか行こうと思っていて、結局最後まで行けなかったんだ。

 閉店した時にめちゃくちゃ悔しい思いをしたので強く記憶に刻まれている。


「分かった、じゃあそこで決まりだ。出動しよう!」


 そう言うと、ビンゴは大きく両腕を広げ、その下から2つの手を召喚する。戦闘の時より随分と小ぶりだが、そんな風にサイズ調整もできるんだな。


「ついでに、ちゃんと紹介しておこうか。ぼくの神業は『ハンド&パワー』。右手がハンド、左手がパワー。ただデカい手を出してビーム出したり乗ったり殴ったりするだけ、みたいに思われがちだけど……こういうこともできるんだ」


 ハンドとパワーが、俺たちの足元を這い、床にこの場全員を囲む大きな魔方陣のようなものを描き出す。

 やがて魔方陣を描き終え、ハンドとパワーがビンゴの元に戻ると、俺たちの足元を紫色の眩い光が満たし始める。


「うわっ、うわわっ!?」

「な、なんだ! 大丈夫なヤツなのか、これは!?」

「テレビで、ぼくの瞬間移動マジックを見た事ないかい?」


 あぁ、生放送とか出た時によく披露するやつだよな。ビンゴの十八番のはずだ。


「あれの時に使ってる、『瞬間移動テレポーテーション』って技だ。だから人体実験済み、安心安全、心配しなくていいよ」

「えっ! あれタネとか仕掛けとかないのかよ!?」

「そりゃね。タネも仕掛けもないって言ってるじゃないか、テレビで、最初から」

「タネも仕掛けもなかったらまずいだろうが!! それじゃマジックじゃなくてただの特技披露じゃないか!」


 そこは一般人と同じ土俵で勝負してるんだと思ってたよ。もうバラエティ番組を少年の心で楽しめない!


「まぁ、そこは。マジックを何と定義するかによるよね。言葉通り捉えるなら、魔法そのものなんだから」

「言葉のアヤだよ! 魔法は魔法ではダメなんだよ普通は!」

「なんか哲学的だね」

「あの、もうちょいで飛びますよ。あんまり喋ってたら舌を噛んじゃいますよ」

「今はテレビのことなんかどうでもいいでしょう。まったく神経質なんだから」


 た、たしかに熱くなりすぎてしまったかもしれない……。頭を冷やそう。

 魔法陣の光は徐々に強くなり、あっという間に、周囲の景色が全て光に包まれ何も見えなくなる。オーロラの中に飛び込んだらこんな感じなのかな、なんて思った。


 数秒後、一瞬光が途切れ、真っ暗闇に包まれたあと……俺たちは、消滅危惧地区と化して、透け、残滓の箱がゆらゆらと揺れる、姫路カテドラル跡地の真ん前に立っていた。



「やった〜! 見て見てみんな! ツートン取ったよ! ツートンって知ってる? 一回のターンでブルを2回決めることで……。

 ……あれ? みんな?」



「なぁ、ガチでこんな鬼ボロい廃墟にあるんけ?」

龍神りゅうじんさんの言う事なんだし信じるしかねーっしょ。いーから黙って探しな」

「タカラバコって金色に燃えてるんデショ? よく分かんないケド。言葉通りならラクショーで見つけられると思うんだケドネ」


 同時刻、ある成神たちが姫路カテドラルに侵入していた。

 彼らの名は、それぞれルイスTVティーヴィー、ローリングCHチャンネルMatthewマシュー

 全員、大手動画配信サイトInTubeインチューブにて、50万前後の登録者数を持つ有名InTuberにして、成神だ。


「明かりもないシ……なんか所々大きいゴミとか落ちてて足場も悪いネ……」

「マジそれな。こんな暗ぇーんだから、金色に燃えてるなんてモンあったら、バリ目立つと思うんだけどなー」


 誰も立ち寄らない閉店したパチンコ屋のため、当然ながら中はひどく暗く、侵入して20分ほど経った頃には、3人は早くも疲弊し始めていた。


「てか、ハコなんか集めてどーすんのかな。ぶっちゃけヤバくね? 成神集まってやることがハコ集めとかウケるっしょ。タカマガハラのお偉いさんにハコマニアでもいんの?」

「やめな。誰かが神業でオレらの会話聞いてるかもしんないっしょ」

「あ、あー……今の嘘。嘘でーす。俺はタカマガハラの命令なんでも黙って聞きまーす」

「白々しさMAXだネ」

「我々は! 健気! 献身! 忠誠! をモットーにしております!」

「うるさい! 黙って探しな!!」


 ………………ブツ。

 ブツッ、ブツブツ……ザーッ……――



「チッ、残滓の箱が濃いとこに入ったか」


 OKAZさんが舌打ちと共に、モニタに砂嵐だけが映し出されているノートパソコンを閉じる。

 彼は、神業の副次的な能力パッシブスキルとして『神性しんせいの聴覚』を持っており、だいたい半径3キロメートルほどの範囲内であれば、聞こえてくる音の反響を利用し、監視カメラのように特定の音源の出処をビジョンとして見ることが出来るらしい。

 そして、それをノートパソコンに映し出すこともできる。俺たちは姫路カテドラルに突入する前に敵の様子を確認するため、それを見させてもらっていたのだ。

 残滓の箱が多く湧いている場所ではノイズが多く、上手く反響を掴むことが出来ないとのこと。OKAZは索敵を諦めて、ノートパソコンをショルダーバッグにしまった。


「音の具合からして、敵さんは二階の北の方にいるみたいだな」

「OK。とにかく、中でドンパチしてもいいように、結界を張っておこう」


 ビンゴが指を鳴らすと、玉田中学校の時と同様、周囲に正方形の結界が展開される。

 しかし……姫路カテドラルの周囲って、こんなに何も無かったっけ? 俺も行ったことはないが、パチブログとか見てた限り、もっといろいろ店とかあった気がするが。

 市の郊外、周囲に大きい道路もなく、ただ膨大な敷地と、必要性を感じない信号機、なんとか通運と大きく看板が張り出された倉庫。その他には何も無い、まさに寂れた地方都市という感じの景色。

 もしかしたら、姫路カテドラルがまだ営業していた当時にはあった建物も、箱を奪われ消滅してしまったのではないだろうか……そんなことを考え、少し空寒くなった。


「敵は3人。それも登録者50万程度のInTuberなら、まぁ……大丈夫だろ。適当にやろーよ」

「そうだね。でも時任さんは戦い慣れてないだろうから気を付けて。椎橋さんも、相手が弱いとはいえ成神と一般人では勝ち目がないだろうから、戦闘の気配を感じたらどこかに隠れてね」

「はい!」

「迷惑かけないようにするよ」

「あ、あと……」


 補足か何か言おうとして、ビンゴは、うーんと唸り、腕を組み、思案し始めた。

 OKAZが痺れを切らして急かす。


「なんだよ、言うなら早くしろ」

「……彼ら、さっき『タカマガハラ』って言っていただろう」

「言ってましたね。リュージン? がどうとかも」

「タカマガハラは、消滅危惧地区から供え箱を奪っては収集している集団なんだ。ぼくたちも、その詳細は掴めていない。だから……」

「ただ追い返すんじゃなく、ふんじばって、それらについてゲロらせろってことですね!」

「う、うん……でも無理しないようにね」


 委員長、発想がどんどん好戦的……というか、物騒になっていってる気がするが……。


「よし、じゃあ話も決まった事だし。さっさと済まそう」

「行くよ。天秤座、仕事の時間だ」

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