『何でも出来る』

「これでは口をきけないか。『縛り』を緩めてやろう」


 ビンゴが指を鳴らすと、俺たちの影に刺さったカードが、パチパチッ、と火花を散らした。その瞬間、顔の筋肉がふっと緩み、自由が戻ったことを実感する。

 しかし、首から下は依然として縛られたままだ。首を回し、目を動かし、口を開くことしかままならない。


「プロフェッサー・ビンゴ……なぜ、こんな場所に……」

「質問をしているのは私だ。聞かれたことだけ答えろ。ここで、何をしていたかだ」


 いつもテレビやネットで見せている紳士的な態度は消え失せ、まるで軍人のように、動けない俺たちに高圧的に質問を繰り返す。

 彼の背後には既に例の『手』が待機しており、左右どちらとも、硬く拳を握っている。下手なことをすれば、すぐにあの兵器のようなパンチが飛んでくるだろう。

 なおも言い返そうとする委員長を顔の動きだけで諌め、俺は大人しく、聞かれたことだけ答えた。


「ここは俺たちの母校でね。玉田中学校。周辺の学校の中では一番有名校への進学率が高かった。こいつとは同級生で、同窓会の時は会えなかったから、久しぶりに一緒に母校を訪ねようじゃないかという事になったのさ」

「……それだけか?」

「それだけ?」


 ……それだけって、なんだ? こんな廃校になった中学校に来てすることなんて、何かあるか?

 何か引っかかる言い回しだが、オウム返ししてそれっきり黙るというのは心証的によろしくないだろう。


「……まぁ、見ての通り、母校が意味のわからん状態になってたからな」


 壁が透け、変なテクスチャの貼られたポリゴンモデルのような光沢を放ち、赤や青や緑の小さな立方体がホコリのように舞っているかつての母校を、手が動かないのであごをしゃくって指す。


「特に閉鎖とかもされてないみたいだし、興味本位で勝手に立ち入って、あれこれ探索した……くらいか」

「…………」


 ふぅん、と、重苦しい低音で、相槌とも溜息ともとれない音を出すと、ビンゴは唇を硬く結んだまま、しかし目元の表情を少しだけ和らげた。


「筋は通っている、か。もう二度とこんな経験はしないだろうけど、万が一、またこんな場所を見つけた時は、絶対に触れたり立ち入ったりしないように」

「は、はい。気をつけます」


 ……な、なんとか切り抜けたか?

 だが、俺のささやかな安堵は、次の質問によって脆くも打ち砕かれる。


「もう一点。そちらの少女は何者だ?」

「え……」

「私は、時任神奈子と……」

「そんなことを聞いているのではない」


 ビンゴが手を前に出し、アルミ缶を握り潰すように拳を握ると、委員長が体を縄でぐるぐる巻きにされたように体を縦に縮め、悲鳴をあげた。


「いやっ……!?」

「君は成神だな。そして、近頃噂になっている、『現実の悪党を成敗する本物のブラックセーラー』の特徴と合致する」

「何すんだ!」

「答えろ。君は何者か」


 ビンゴは最早俺のことなど眼中にないようで、憎悪の込められた眼差しを、苦痛の表情を浮かべる委員長に向けて詰問を繰り返す。


「っ…………に……しろ……」

「何?」

「いい加減にッ! しろぉーーっ!!」


 委員長の、ショッキングピンクの瞳が、一瞬火花を散らすように輝いて見えた――その瞬間だった。

 彼女は四肢を大きく大の字に広げ、ビンゴによる不可視の拘束を力ずくで打ち破った。ビンゴの目が、大きく見開かれる。


「馬鹿な……!?」

「あなたが何を言っているのか全く分かりませんが……とにかく。めちゃくちゃ痛かったので、一発殴らせて頂けますか」

「……いいだろう。尋問は面倒だと思っていた所だ。君を踏んばじって、続きは別の場所で聞かせてもらうことにしよう」


 ひとつ、ビンゴが指を鳴らすと、昼間の成神闘技で見た『結界』が辺りを包み込むように展開される。

 完全に臨戦態勢じゃないか……ちくしょう、なんて厄日だ。一日に二回も成神に襲われるなんて、そんなに俺って日頃の行いが悪いかな。うん、悪いわ。俺、詐欺師やってたわ。


 ビンゴは、巨大な手に飛び乗り、成神闘技で入場してきた時のように、ぐるぐると木々の隙間を縫うように飛行を始めた。


「くっ……飛び回られたら、こっちからは手が出せない!」

「ほ、本気で戦う気なのか?」

「当たり前でしょう!? やられっぱなしで終われないわ、絶対にあの高い鼻を殴ってへし折ってやるんだから!」


 性格変わりすぎだろ……。

 だが、この状況では、成神になった委員長の力に賭けるしかないことも事実だ。委員長が負けてビンゴに捕まれば、何をされるか知れたものではない。

 特に俺は詐欺師であることがバレたら速攻で警察に突き出されるだろう。


「……それなら、委員長。いや……。難しく考える必要は無い。今のあんたなら、空を飛べる」

「え……!?」

「ビンゴや緋蜂に限らず、そこそこの力を持っていれば、大体の成神は空を飛べるんだよ。それにアンタは覚えてないかもしれないが、俺たちの事務所に突入してきた時、アンタは空を飛んで、高層ビルの窓ガラスをぶち割って入ってきたんだぜ」

「……私は、飛べる……」

「飛ぶ以外にも、何だって出来るはずだ。今のアンタは委員長であると同時に、マンガのヒーロー……どんな能力でも使える、無敵の『ブラックセーラー』なんだからな」


 そうだ。原作のブラックセーラーは、『なんでも出来る』。

 空を飛ぶのくらいわけないし、巨大な手を召喚することも出来るし、その身に炎を纏うことも自由自在だ。

 だから、委員長がイメージさえできれば、文字通り……なんだって出来るはずだ。ビンゴだって、倒せるはず。


「イメージしろ、アンタは『何でも出来る』!」

「……何でも出来る」


 委員長は目を閉じ、しばらく瞑想するように下を向いた。

 上空のビンゴは……大丈夫だ、まだ降りてくる様子はない。飛び立つ時に近くの木の影に待機させていたもう片方の手も、動き出す気配はない。

 5秒後。委員長は目を開き……『ブラックセーラー』の片鱗が、覚醒した。


「私には、『飛行』が出来る!」


 大地を蹴って、委員長は高く、高く、高く、高く高く高く――見えなくなるほどに高く飛び上がり、オレンジ色の空の、白色の濃い雲の中に消えた。

 消えた。

 ……消えた。戻ってこない。


「飛びすぎだ馬鹿!」


 数秒ののち、また雲を突き破り、きりもみ状態になって落ちてきた。

 マントにぐるぐる巻きになり、木々にひっかかってザクザクと傷をつけられながら落下し、地面に落ちるスレスレのところで再上昇する。

 ……なんか、ドローンが出たての頃の、ガキの下手くそな操縦を思わせるな。大丈夫なのか、これ。


「いったぁい! 何なのよこれ、何でも出来るんじゃなかったの!?」

「知らんがな。凡人の俺が、成神がどうやって飛んでるかなんて知るわけねーだろ」

「無責任な……!」


 ぶつくさ言いながらも、さすが生前から要領のよかった委員長は既にコツを掴み始めたようで、再び風に乗り、ビンゴの後を追い始めた。


「待ぁぁぁぁてぇぇーーーー!!」


 しかし、経験の違いは飛行速度に如実に現れ、手のひらの上で棒立ちになって優雅に木々を避けて飛行するビンゴに、ぎこちなく木に何度も激突しながら飛行する委員長はどんどん引き離されていく。

 委員長も頭を使って、回り込んだりショートカットを使ったりと精一杯の工夫をしているのだが、距離が縮まる気配はない。


「どうした? 一発殴るんじゃなかったのか」

「殴りますよ。だから……ちょこまか逃げるなぁーーっ!!」

「ほう、それは結構だが……」


 チラリ、と、ビンゴが木の影に隠しているもう片方の手の方を見た。

 まずい……『アレ』が来る!


「危ない! 『防御』しろ!」

「遅い」


 そう。俺の警告は遅すぎた。

 防御しろ、と言い切る前に、成神闘技で緋蜂を撃ち落としたあのビームが発射される。

 俺の大声に振り向いた委員長の肩を、無慈悲にもビームが刺し貫く。


「ぐぁぁっ!!」

「委員長!」


 致命的な悲鳴をあげ、委員長は飛行感覚を失い、真っ逆さまに墜落する。


「委員長ぉぉーーっ!!」


 成神同士の戦闘に介入できない、ただの一般人たる俺は、ただ、彼女の愛称を叫ぶことしかできなかった。

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