第14話 帰りたいと叫んでいたんだよ

 「……あまり帝国をナメない方が良い。奴らの頭は貴方がたが思うより賢く、ずっと性格が悪い」レヴィは指で眼鏡を直すと、テーブルに肘をついた。「しかし、思い切ったことをしますなぁ。西伐コンキスタのスキに各地で謀反を起こす、でしたかな?」


 その言葉を聞いて、マルコは少し安堵する。よかった、変更予定の作戦はまだ知られていないようだ。さらに、例え小男の発言が嘘であったとしても、これで亜人達は自分が提示した新案を無碍にはできなくなった。解放軍の面々もこれらには気がついているようで、無闇に情報を渡さぬように黙っている。


 「そこまで知っていらっしゃると言うことは、レヴィ殿は『帝国側』であると考えても?」沈黙を破ってイグァが最後の質問をする。しかし、マルコにしてみれば、レヴィは親帝国派の東国騎士団の頭、その質問をあえて聞く必要があるのか疑問だった。


 レヴィはククと喉で笑う。「……違うな。私は帝国に尻尾を振ったり、媚びへつらうつもりなど毛頭ない。あくまで、私個人として、だが」


「帝国サイドでないとしたら、さっきの情報はどうやって手に入れたのだ?」グラスゴゥが椅子の背もたれに肘をかけながら訝しげに尋ねる。「嘘ってんじゃないだろう?」


「先程、マルコ殿が仰っただろう?私は元々帝国軍の人間だ」小人ドワーフの方に身体を向けながらマルコを一瞥する。恐らくは将校時代に作った人脈か何か、信頼できる情報源があるのだろう。


「と言うことは、今は『こちら側』と考えても良いのですね?」とマルコが首を擦る。


「……それも違いますな。少なくとも今、帝国内をめちゃくちゃにされては困るのですよ」


「ほう、さっき東の兵は勇猛果敢だと聞いたが、随分弱気なもんだ」ジブが呆れたように頬をついてぶっきらぼうに言葉を吐く。


「ああ、言ったね。……しかし、東国の民は少々血気が盛ん過ぎてな。何百年も血族同士で闘争を繰り広げているのだ。現在は、帝国の圧倒的な力によって闘争は抑えられているがな。マタイ、君は分かるだろう?」獣人の重箱の角を突いたような指摘に、レヴィは淡々と説明する。


 そして、同意を促すようにマタイの方に首を向ける。しかし、彼は腕を組み、新しい騎士団長を睨みつけながら黙っている。


 マタイの沈黙を肯定と捉えたのか、レヴィは眼を見開いて、説明口調でゆっくりと語りだした。「現状は、ある意味東国にとって良いものであるのだ。外敵という分かりやすいしるべの下に連帯が生まれるからな。亜人だってそうだろう?しかし、血族間の遺恨が完全に浄化されるにはまだまだ時間がかかる……緩やかに、穏やかに、我々の国は固まり、成長していかねばならん」


そこまで言ったところで、レヴィは一呼吸置く。そして、マタイに手の平を差し出すと、頬にシワを寄せる。「マタイ……君が英雄アンダルスを殺してくれたおかげで、随分と舵が狂ったがね」


レヴィの言葉にマタイは怒りと嘲りの混じった声を上げる。「は?…英雄ぅ?帝国に領土と領民を売り飛ばしてたクズが英雄だと!?」マタイは殺気を放ちながらレヴィに詰め寄ると机を強く叩き、顔の前で拳を握る。


レヴィは目を細める。ゆっくりと諭すように言葉を発する。「あぁ、だったよ。彼は。……辺境の蛮族が、なんの対価も無しに皇帝の庇護を受けられるとでも?彼の働きで、東国は未だ東国たり得ているのだ」


「その対価が他人の血でなけりゃあな!」


レヴィの言葉を受けて、マタイは瞬時に腰に携えた剣に手を伸ばす。


 しかし、ミシェルが腕を掴んで彼を制止、耳元で「やめときなさい」と忠告する。


「マタイ。僕らも、彼らも、戦う時じゃない……申し訳ありません、レヴィ殿」


 マルコの言葉を聞いて、マタイは大きな舌打ちをする。そして深呼吸をすると、ミシェルの手を振り払ってマルコの方に帰っていく。


「ははは、これでこそ東国の騎士だ」とレヴィは何事もなかったかのように笑う。


 それを見ていた獣人は、頭の後ろで手を組みながらダルそうに口を開く。「確かに、東の騎士は血の気が多いみてぇだな。……で、結局、アンタらは敵か?味方か?」


「現状では、そのどちらでもない。先程も言ったが、私は争って欲しくないのだよ」


 レヴィの意思を聞いて、間髪入れずにスクルドが答える。「残念だが、今更この計画を止めることは出来ない。こちらにもこちらの事情があるし、そちらの事情を優先する義理もない」


 レヴィは呆れた様にため息をつき、ゆっくりと首を左右に振る。「……貴方がたは、帝国に勝てるとほんの一部でも思っているのかね?」


 その言葉に、解放軍の幹部たちは一斉にレヴィを睨みつける。レヴィは両肘をついたまま眼鏡を直す。「周知の通り、帝国の軍事力は強大だ。質も量も君達の比ではない。さらに計画の多くを軍は既に把握している。それでも強行するつもりか?傍から見れば、後にも引けずに自棄になっているとしか思えん」


 レヴィは語気を強くし、ニタと笑みを浮かべながら続ける。「それに仮に、仮にだ、帝国に勝ったとして、その後は?北国はルフスが実権を握るだけだが、亜人はどうする?君らに国家を保つことができるのか?」


「……国家、か。実に人間らしい考えだ」グラスゴゥが腕を組む。「どうするも何も、自分たちはただ帰るだけだ。元居た場所と、元の生活にな」


 スクルドも小人に続いてレヴィに反論する。「妖精エルフには妖精の、獣人には獣人の営みがある。本来ならば、我々が同じ船に乗ることは無い。……貴公の母国と変わらん。少なくとも、こちら側には種族間の争いは無かったがな」


「ふん……文明を離れ森に帰る、か。それが種族全体の望みなら何も言えんがな……」レヴィは目を細めた。人間であるレヴィには、亜人の考えの全ては理解できるものではなかったが、彼らにも哲学があることは知っている。「人間とは違う」そう言われてしまえば、彼は解放軍の反論に対して強く出ることは出来ないのだ。



「……どう?別のアプローチを考えてみたら?」レヴィが次の言葉を選んでいると、彼の後ろに立っていたミシェル指を立てる。


「別の……。そりゃ、東国のってことでいいのか?」ジブが頭を机に近づけ、食いつくように返す。


「ええ。……アタシ達としては、帝国の解体はともかくとして、少なくとも皇帝独裁は廃止したいと考えているわ」


「なかなか大層なことを吐かすな。で、皇帝を堕ろしてどうする?元老院などアテにならんぞ?」


 グラスゴゥが鼻で笑いながら言葉を返すが、ミシェルはこういった反論も承知だったのだろう。調子を崩さずに続ける。


 「共和制への移行を目指す。そしてゆくゆくは民を主とした政体を……」ミシェルが語っている最中だった。大きな声でマタイが笑い出す。「ミシェル!そりゃ衆愚政ってんだ!何百年も昔に答えは出てる!」


マタイからの突然の反論にミシェルは戸惑いを見せる。それに気づいたレヴィがすかさずフォローに入る。「それは、学問や通商路の発達が十分でなかった時代の話だ。常に活きの良い情報と知識が手に入る状況に変われば、市民であろうと愚かな判断はしなくなる」


それに対して口を開いたのはルカだった。ルカは深くかぶった帽子の下から目を光らせる。「どーだか。その学問や道路は誰が与えるの?結局は支配者が要るじゃない。力を持った支配者が」


「ゆくゆくは、と言っている。それを成すために、今は皇帝の持つ絶対的な権力が必要なのだ」


「ま、夢物語は良いんだけどさ、その『民』の中に『亜人』はいるの?」


そう言ってルカがハンナの肩を叩く。自分の身が俎上に載せられたハンナはぎこちない作り笑いをする。

 

「何を急に……無論だ。現に今でさえ、『亜人』には市民権が与えられているじゃあないか」


「うんうん。じゃあさ、小人には?妖精には?竜人リザードマンには?……獣人には?」


ルカはニヤニヤ笑いながらレヴィ達に疑問をぶつける。


「何よ。全員亜人でしょ」


 ミシェルが質問の意図を解さず、呟くように言う。それを聞いたグラスゴゥが口を開く。「それはお前ら『ヒト』側の理論だ。……我々には理解できん。小人と竜人が、妖精と獣人が、同じに見えるか?……種の内でも優劣があるのに、それを越えて全てを均そうなどとは大言壮語も甚だしい」


 怒りと悲しみを滲ませた低い声だ。彼は感情を無闇に露わにすることはせず、種族をまとめる調停者として、彼は言葉を紡いでいく。


「国家がどうの、まつりごとがどうのなどと、ヒトの考えを押し付けるのはやめろ。もう沢山だ。もう一度言う。我々の目的は、元居た場所に帰ること。ただ、それだけだ」


これは解放軍全体の意思であった。手段に関しては意見が割れることもあるが、彼らの目的は一致している。


部屋が重い静寂に包まれる。


「ああ、ちなみに、ルフスとしては当然、そちらの提案は断らせて頂きますよ。兄さんと僕の目的はあくまで、『王朝の復興』ですから」そう言ってマルコが沈黙を破る。


 

 パンッとレヴィが手を叩く。その場に居た全員の意識が彼に向けられる。「……まぁ、これについては想定内だが、これで実際に確認できた。ミシェル、よくぞ議題に挙げてくれてた。やはり話し合わねば分からんことは山程ある」レヴィは部下の背中を叩く。


 そして、もう一度手を叩く。「が、こちらも再度言わせてもらおう。君たちは本当に勝つつもりでいるのか?」


 ニヤつきながら問う彼の目は全く笑っていない。


 彼の後ろでは、松明が盛んに燃えていた。

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