第10話 FOLLOW ME

 ウルク、というのは南国の都の名前である。帝国の中央部に広がる大草原プレーリーと南部の大部分を占める密林地帯ジャングルの境目に位置する大都市である。


 ウルクは人々が集住し、自然発生的に形成されたものでは無く、「大戦争」時における帝国の南方侵略作戦の要として建設された軍事都市。いうなれば、帝国領域全体に位置する、直轄都市の元祖である。


 そして、都市を建設してまで帝国が欲したものこそ、境の向こう側の密林地帯ジャングルだ。この密林には、高さが100mを超えるような大木がひしめきあい、大小様々な河川が迷路の様に流れている。


 それらは何百年も人間の手が及んでおらず、大量の資源が眠っていることは想像に難くなかった。「大戦争」の最中、それに気づいた帝国は南部の資源獲得と開発を急ぎ、数百人規模の調査団を派遣した。


 しかし、帝国には誤算があった。密林地帯に生息する亜人部族の抵抗である。帝国は彼らの力を甘く見積もっていた。というのも、亜人というのは血族を中心とした部族単位での集落を中心として暮らしており、外部との交流を取っているようには見えなかった。また、見た目・風習がそれぞれの部族ごとに大きく異なるものであった為、調査団は部族単位での懐柔や撃破は容易いと考えていたのだ。


 亜人の抵抗は熾烈を極めた。決して一枚岩では無かったが、彼らは住処を守るために、団結し、連帯し、外敵の排除へと動いた。密林での戦闘に慣れていない帝国の騎士団など、亜人にとっては格好の標的であった。


 木の上から、川の中から、空の彼方から、地の下から、暗闇の向こうから……ありとあらゆる方向から、絶え間なく襲撃は続いた。昼夜を問わずに襲い来る亜人の攻勢によって、第一期の調査団の派遣は、「調査団の壊滅」で幕を閉じた。


 だが、帝国が密林資源を諦めるはずはなかった。妨害を受けながらもウルクを建設し、北国を占領していた兵力を南国に注力させた。余談だが、この時点では北国の主権は完全に帝国が握っていたが、南方政策に重心をおいた結果、制限付きではあるが、ルフス家へ北国の自治権が「皇帝」から与えられた。


 さて、このように始まった帝国の南方侵略であるが、その結果は現状から察せられる通り帝国側の勝利に終わった。しかし、帝国の圧勝ではなく、多大な犠牲者を出した上の辛勝であった。ただ、亜人側の被害はそれ以上であった。


 そもそも、第一回調査団が壊滅した理由の一つに、「火炎魔法の使用不可」という皇帝の命が下っていたという事実があった。火炎魔法は威力が凄まじく、不注意により、森を焼いてしまう可能性が存在した為、皇帝は調査の段階で密林の資源を失うことを恐れたという。


 また、調査団は表面上亜人部族に対し友好的立場を取ることで、徐々に亜人達の土地を収奪することを目的としており、決して侵略を目的としてはいなかった。故に、騎士の装備も長期戦闘を想定したものではなかった。


 南方侵略作戦において、帝国軍側にこれらの制約は無かった。ウルクからは途切れること無く、密林に兵隊が投入された。帝国軍は地の利で圧倒的に勝る亜人に対し、帝国側は物量で対抗したのだ。最後の方には北国の騎士も招集されたという。


 帝国軍は木々を燃やし、集落を焼き払った。川は血で染まり、占領した集落には死体の山が築かれた。結局、亜人達は帝国の圧倒的な物量に押し切られる形で敗北した。この時、戦争に参加した亜人部族全体の人口は1割も減ったと言われており、また、この戦争で絶滅した種族も存在する。


 その後、多くの亜人は住処を追われ、ウルクに捕囚された。中には、帝国へ連れて行かれた者も存在する。彼らは新しい帝国の仲間として、皇帝により「亜人」として人間とほぼ同等の地位が付与され、居住の権利が保障された。それと同時に、彼らは故郷を失い、密林地帯ジャングルは帝国によって管理される事となった。そして、密林は帝国にとって「肥え土デルタ」と呼ばれるようになった。


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スズ達はウルクの地に着くと、この世界では見たことのない建造物を目にした。


それは、1~2m程の高さに石を積み上げて作られた、横に長い台座のようなもの。そして、その台座の手前の地面には、木と鉄で出来たレールが2列、敷設されていた。


 マルコはじめ、誰もがこの奇妙な建造物を好奇の目で見ていたが、スズはひと目でこの施設が「駅」であることに気づいた。だとすると僕たちの目の前にある石台はおそらくプラットホームといった所だろうか。しかし、駅だとしても、周囲にいる人はまばらで、


「駅だ……」


「駅?馬屋なんてねぇぞ?」


マタイが周りを見回しながら尋ねた。この世界では、まだ列車は主要な交通機関ではないらしい。しかし、スズはマタイの疑問に答えるよりも気になることがあった。これがもし駅で、プラットホームだとしたら、おそらくこれは浮島型のホームになる。


なのに、どうしてレールが一方に2つもあるのだろう。


「スズぅ、無視すんなよ」マタイがスズの肩を揺らすが、彼は考え込んで動じない。


「集合はここで間違いないんだけどなぁ」マルコが馬車を降りて辺りを少し回るが、目的の人物は見当たらなかった。


彼が諦めて馬車に戻ってきて、マタイに場所を移動しようと呼びかけたその時、汽笛の音が周囲に響いた。


聞き慣れない音にスズ達は身体を震わせる。


「なんだ?この音は……?」


マタイが音の鳴る方に目を向けると、そこに現れたのは、馬よりも速くこちらに向かってくる鉄の塊であった。「んだ?あれ……っと!あばれんな」急な音に驚いたのは人間だけではなかったようで、マタイは必死に手綱を繰って馬を落ち着かせながら、駅の近くに連なって建っている倉庫の一つに馬車を移動させた。


やがて、鉄の塊が駅で動きを停めると、スズ達は馬車から降り、恐る恐る駅に近づく。


するとスズは眼の前に佇む機関車を見て、先程の疑問はすぐに氷解した。それは機関車の横幅が想像よりもずっと長く、横に4つ車輪が並んでいるという構造だったのだ。


どのようにしてこの構造になったのかは分からないが、おそらく、この機関車が大量の積荷を運ぶ為のもので、その重量を支える事ができるように設計されたのだろう。


「おいおい。こりゃなんだ?どっから来た?」


マタイが驚きの声を漏らした時だった。再び、けたたましく汽笛が鳴った。


すると、倉庫からぞろぞろと人が出てきた。この汽笛は作業員を招集する為のものだったのだろう。あっという間に駅の周りに人だかりが出来、倉庫から車両へと様々な資材の搬入が忙しなく行われる。


沢山のモノが、ロープで固定され、木と鉄で出来た車両に詰め込まれる。


木材、石材、金属、農産物や家畜の類、人の背丈ほどもある麻袋に入っているのは香辛料だろうか?


「はぁ~すげぇな。こんなのが動くのか」


そう言って、マタイが汽車に触れようとしたその時だった。「触るな!」と怒声が響く。その野太いしゃがれ声の主の方を振り返ると、そこにいたのは、背丈がスズの腰ほどしか無い小人だった。


ガッチリとした体型で、体全体を覆うほどに長くボサボサの髭を蓄えている。顔には無数の皺と傷が刻まれており、歴戦の古兵といった雰囲気を漂わせている。


「おお、すまんすまん」マタイは謝りながら手を車両から離す。「アンタは?」


「……マルコ、新参者にはちゃんと知らせておけ」小人は大きなため息を吐くと、落胆した目でマルコを見る。


「……言ったよ。彼は聞いてなかったみたいだけど」


「え?あ……そうだったか?」


「……儂ゃ解放軍のグラスゴゥ。北国とのパイプ役だ。覚えとけデカイの」


そう言うとグラスゴゥは他の作業員(彼も小人だった)を呼び止めると、何やら耳打ちをして、彼を何処かへ向かわせた。


「上にゃ報告した。んじゃ、着いてこい。いい報告が聞けるか楽しみだ」

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