第3話 僕等は常に武器を探してる

 窓から差し込む陽で僕は目が覚めた。


 そこは自分のアパートではなく、石造りの寝室だった。


 やっぱり、昨日のことは夢ではなかったのだ。


 僕は死んで、違う世界に来たのだ。


 窓の外には、ヨーロッパの古城のような風景が広がっている。


 昨日は日が暮れた後に到着したから気づかなかったけど、荘厳な城だなぁ


 スズが感動に浸っていると、コンコンとドアをノックする音。

 

「起きてるぅ?」そう言いながらハンナが部屋に入ってくる。「飯。2人はもう起きてるから、準備できたら下来て」


「あ、あぁ」と生返事。


「あと、そのデカブツも起こしといて」と言って彼女は部屋を後にした。


「デカブツ…?」

 

 横に目を向けると、そこには裸のマタイがよだれを垂らしながら寝ていた。


「!!?!」


 スズは飛び起き、逃げるように階段を下りた。



 

「ああ、マタイはベッドだといつも裸で寝るんだよ」

 

 マルコがお茶を啜りながら答える。


 聞きたいのはそこじゃない。なんで僕の横で寝ているんだ。


 僕は、テーブルの上にあった食べもの――それは見た目も味もパンそっくりだった――を齧りながら不満を漏らした。

 

「アイツ、自分は床で寝るとか言っといて、結局酔ってベッド入ったな…ま、それはいいや。今日は買い出するし、スズさんも一緒に来ない?」


 とマルコが提案する。「異界の街、色々見て回りたいだろうと思って」


 朝食を終えた後、スズとマルコとハンナは買い出しに出ることになった。


 ルカはめんどくさいからココで待ってると言って階段を上がっていった。


「マタイはどうする?」ハンナが訊ねる。


「どうせ二日酔いだろ?置いてっていいよ」



 大通りに出ると、夜とは打って変わって道は大勢の人間で溢れていた。


 ハンナのように獣の耳が生えた人や、耳の長い人、トカゲ頭の人、背が僕の腰くらいまでしかない小人。


 色々な人が、この都市のメインストリートに集っている。


 通りの左右には、行商だろうか、荷車の前で呼び込みをしている人がズラリと並んでいる。


 そのほかにも、楽器を演奏している人、芸を披露している人、声高々に演説をしている人もいる。


「うわぁ、すごい」僕は感嘆の声を漏らす。


「辺境だけど、ここは一応、皇帝直轄の都市なんだよ」


 マルコは寄ってくる商人をあしらいながら答える。


「皇帝チョッカツ?」

 

「そうだった…スズは帝国のことも知らないんだったね」マルコは腕を組む。


「帝国は大きく4つの国で構成されてる。北のノヴ。東のアイシャ。南のバルパ。それで、西が皇帝直轄領のアモル」


「百年以上前に、東南北の3国がアモルに征服されて属国になったんだ」


「それで、アモルの皇帝は、属国に力を示すため、そして外敵との戦いに備えるため、各国の主要街道や国境付近に、アモルの皇帝軍が支配する直轄都市を造ったのさ」


 マルコが人差し指を立てながら得意そうに説明する。こういった歴史を知っている辺り、昨日マタイが話した通り、彼は裕福な家の息子のようだ。


「帝国の手が入っているから、他の街よりも発展が進んでいるんだ」


 僕がマルコにこの世界について教えてもらいながら商店や露店を巡っていると、いつのまにかハンナが消えていた。


 それをマルコに伝えると、食料の買い出しだから気にしなくていいとのことだった。


 マルコ曰く、ハンナは鼻が利くため良い食材を選ぶのが上手いし、意外と金銭感覚がシビアで商人にぼったくられることもないため、食料の買い出しは専ら彼女一人に任せているらしい。


 一方でマルコはような生活雑貨や薬などを買うという。

 

 僕は、商人に押し売りされたらどうしようかとおびえていたけど、マルコによれば、この服装はこっちの世界では貧乏人か聖職者の恰好で、そんな金にならない人に時間を割く商売人はいないとのことだった。


 5、6件目に入った魔法雑貨商店を出たとき、マルコが僕に向かって小声で呟いた。


「つけられてるな」マルコは頭をかいた。「とりあえずあそこには帰らない方がいいな…」


 つけられてる、ってことは尾行…?


 やはりマルコたちは王を殺そうとしているから、目をつけられているのか…?


 僕が想像を巡らせていると、マルコが僕の手を取って群衆の中に紛れた。


「ここじゃ相手もそう簡単に追ってこられないだろ」



 マルコとスズは人混みを抜けて、拠点とは反対方向の、人通りの少ない路地へと入っていった。


 しかし、路地を歩いていても、マルコもスズも、後ろから見つめられている感覚を覚えた。


 何度も角を曲がり、振り払おうとするも、視線は決して2人を逃さず、ついに城壁沿いの比較的広い通路にたどり着いた。


 そこは大通りからも城門からも離れており、昼だというのに人っ子一人いなかった。


「さて、どこの誰が僕たちをつけているんだろうね」そう言ってマルコは自分たちが通ってきた路地に振り向いた。


 おそらく、ここで追手を迎え撃つつもりだろう。だとしたら、腕に自信があるんだろうな。


「スズは隠れていてくれ」


「あ、はい」


 マルコに言われて僕は少し離れた路地に身をひそめる。 


 すると、2人が通ってきた路地から、一人の男が姿を現した。


 背丈はかなり高く筋肉質で、長い金髪。灰色の鎧を纏い、腰には細長い剣を携えている。


 マルコとスズは、男の姿を見ると、背中に冷たいものが走った。


「ニコ・ロッソ」男がマルコの偽名を口にする。


「アタシはアイシャ=ソフィア騎士団のミシェル・フォオリィ」


 その戦士のような姿とは裏腹に、男の喋り方はいわゆるオネェ口調だった。


 真面目な顔のくせにそんな喋り方をするせいで、スズは緊張の中で、若干吹き出しそうになった。


「おやおや、隣の管区の御方が、わざわざ違う地区の直轄都市までご苦労様です」マルコは不敵に笑いながら質問する。「それで、そんな方が私に何か用でも?」


「ええ、まぁ、率直に言うと…貴方、マタイの場所、知ってるわよね?」


 ミシェルと名乗る男はマルコを見下したように訊ねる。


「…誰だ?」マルコはまるで知らないと言った風を装って答える。


「あら、そう、アタシてっきり…」そう言い淀んでわざとらしく口を手で隠した。


 ミシェルはこめかみに人差し指をあてる。そして、口元をゆがめながら、目を見開いて笑いだした。


「アラ!アラアラアラ!不思議なこともあったわねぇ…!たった今、アタシの優っ秀な部下が、マタイの居場所を突き止めたって!」


ミシェルの口元が蛇のように大きく歪む。


「ニコ・ロッソ!アンタの部屋で…!」


 瞬間。拠点の方角から爆音が轟く。


 それを聞いてミシェルは真顔になり、その後眉間にしわを寄せて、爆発した方を睨んだ。「派手にやってくれたわねぇ…マタイ。こんなところで騒ぎ起こしたら面倒じゃないの…」


「さて、ニコ…?少しお話を聞かせてもらえないかしら?」


「さあて、同名の誰かじゃないかなぁ?」なおも不敵に笑うマルコだが、額には冷や汗がにじんでいた。


「あくまでしらばっくれるってわけね…ま、イイわ。体に聞かせてもらいましょっ!」



 言葉を言い終えると同時に、ミシェルは剣を抜き、マルコの懐まで一気に距離を詰める



『早…!』


 マルコもほぼ同時に剣を抜いたが、一瞬で懐に潜り込まれたため、かろうじて防御するしかなかった。



 キィン 刃が打ち当たる音が響く。


 

 とっさにマルコが距離をとろうとするが、ミシェルはその隙を逃さなかった。

 


「ムダよ!『凍りなさいフリーズ』!」



 瞬間、彼の剣が凍りつく!



 冷気は瞬時にマルコの剣の身にも及び、それによって二つの剣はぴっちりと固着した。



 急に剣が固定されたマルコはバランスを崩し、剣から手を離して倒れこむ。



 そのチャンスを逃さず、ミシェルは腹に強烈なキックを叩きこむ!



「ぐぁっ!」



 マルコは目を開いて、僕の隠れている路地の近くまで吹っ飛んできた。

 


「マルコ!」


 僕は咄嗟にマルコの傍に駆け寄る。


 マルコを助けなければ。僕は考えるより先に動いていた。


「どきなさい、奴隷。アンタに用はないの」


 ミシェルは近づいてきて、僕たちに切っ先を向ける。


 怖い。何だろう、前に盗賊と対峙したときよりも、鋭い殺気が僕を貫く。


 なんて冷たいんだ。


「さぁて、教えてもらおうかしら…アナタたちも共犯なんでしょう?の」


 それを聞くとマルコは鼻で笑った。「だから、どうした?…あんな下種は死んだ方がマシだったろう?」


「はっ!別に団長クズが死のうがどうでもいいわ!」

 

「でもねぇ、こっちにもメンツってもんがあんのよ!それにっ…!」

 


 ミシェルが言い終える前に、マルコが彼の視界から消えた。



 彼は新たな敵襲であると感づき、咄嗟に影の方に魔法を唱える。


「『凍れフリーズ』!」



 冷気は周りの空気の凍らせながら、氷の槍となって一直線に放たれる!



 しかし、マルコを脇に抱えたは、ミシェルの迎撃を悠々と避け、地面を蹴って家屋の屋根に飛び乗った。



 その影は、ハンナだった。


「ねぇ!メンツのために帝国領こんなとこまできたの!?軍に任せちゃえばいいのに!」


「ガキにゃ分からねぇことがあんのよ!降りてきなさい!」ミシェルは剣をハンナに向けて怒鳴る。


「やーぁよ!」


 ハンナの安い挑発にミシェルは気を取られている。


「チャンスよ!」どこからともなく、ルカの声が聞こえた。ような気がした。



 僕は男の袖を握る。勝手に体が動く。



「何?死にたいの…」ミシェルは奴隷を侮蔑的に横目で見る。 「!?アンタ…」



 彼は、自分の服を掴んだ男の顔がひどく歪んでいることに気づいた。



 この人は死ぬ。僕が殺すんだ。



 昨日とは違う。僕は、彼の手を握って、決して離れないように握って。



「ごめんなさい…ごめん…」



 なんだか涙が出てきた。




 


「『爆ぜろイノセンス』!!」



 瞬間、スズの体が光り輝く!



「なっ!?『…」




 ドォン!!


 爆音。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 数刻の後、スズたち一行は馬車に乗って、ナティアから北に延びる街道を駆けていた。


 ――馬車とは言うものの、牽いている動物が馬かどうかは分からないが。


 幌が張られた荷台で、マルコはハンナに包帯を巻かれており、ルカは時折、幌布の隙間から後ろを気にしていた。

 

 そしてスズは胡坐をかいて、特に何をするでもなく、各々をぼんやりと眺めている。


 手綱を取っているマタイが、マルコに向けて声を荒げる。


「ったくひやひやさせやがって!」


「元はと言えば君のせいじゃないか!っつ!」マルコも言い返す。


 しかし、先ほど蹴られた腹部が痛むのか苦しそうな声を漏らすと、手にしている薬を口に含んだ後、マルコは荷物にもたれかかり静かになった。


「それにしてもこんな早く追手が来るなんてね…しかも直轄領に」ルカが御者台に腰を掛けてつぶやく。


「そりゃ…団長と同僚が…一緒に消えりゃ…ねぇ?」


 マルコの包帯を巻き終えたハンナが、果実を齧りながら答えると「あんな奴死んで当然!神の報いだ!はっは!」とマタイが大笑いした。


「ねぇマタイ、あいつ、ミシェルって誰?」


「あぁ?ただの男好きの男だよ。俺もよくケツを狙われてたが…」


「ひっ」それを聞いて僕は悲鳴を漏らす。


「心配すんな、俺みたいな男がタイプって話だ。趣味じゃねえから俺は断ってたけどよ」


「強かったの?」


「おう、俺と同じくらいな」


「ま、死んじゃったけどねぇ…どう?やっぱりいい作戦じゃない?」


 そう言ってルカはマタイに笑みを向けるが、「そりゃ、俺が決めることじゃねぇよ」とぶっきらぼうに会話を切られる。


 ルカの視線がスズに向けられる。


「あ」と言葉を漏らして僕は咄嗟に目をそらす。


 彼女は小さく「はぁ」とため息をついた。

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


「はぁ…はぁ…何者なの…!?あの男!」


 一人の男が路地裏で息を絶え絶えに壁にもたれかかっている。


「あと少し!アタシが遅かったら死んでた!」


 ミシェルは生きていた。


 ルカが爆発の規模を最小限に留めたことに加え、彼の『凍結魔法』による爆発の遅延、達人的な身体能力によって、なんとか致命傷は逃れたのだ。

 

 しかし、彼の左半身は広く火傷しており、左手足からは血が流れている。


 そんな彼のもとに、一人の男が姿を現す。


「大丈夫か!?ミシェル!」


「あっらぁ…ルイ、遅かったわね…このザマよ」

 

「っクソ!こっちもマタイさんに逃げられちまった!」


 ルイと呼ばれる男は、こぶしを握って悔しそうに言い洩らした。


「いえ…一つ収穫があった…やっぱり団長あのクズは…殺されてたわ。で、死体はどうして消えたのかしら…?」


「…?」


「すぐに報告しに戻る…の勘は当たっていたわ…」


ミシェルは何か焦燥感を覚え立ち上がろうとするも、体が痛むのか、ルイの体によろける。


「…と、その『傷を治す』のが先だ。ミシェル」


ルイがミシェルの左手を握ると、先ほどまで垂れていた血がぴたりと止まった。


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