幕間 どこかの廃墟寸前の町

* 幕間 * 右腕は哭く



 * * *



 ――――それは黒猫降臨前の、どこかのお話――――。




 真っ赤な髪の少女が一人、朽ちかけた塔の中にいた。

 足元には書きかけの魔法陣。

 インクを指に付けて、文字を紡いでいる。


(えーっと、ここがシルフィードだからぁ、軽やかな……足跡……じゃなくて、足音……。あれぇ? 足はノームじゃなかったっけ?)


 そのまま少女は、はぁ……とため息をついて座り込んでしまった。


(だいたい、あたしに古代精霊語の才能はないんだよねぇ……。ちょっと火の精霊の加護があるだけの魔人だもん。でも古代精霊語が得意な者も他の魔法が得意な者も、みんないなくなってしまった。あたしが書くしかないんだ……)


 少女はもう一度、指を動かし始めた。




 二年前の魔素大暴風。

 魔人の国を治めていた魔王は亡くなった。


 魔人は種族的に魔力量が多く、特に魔王となる者はとんでもなく多い。

 大量の魔素を含んだ暴風は、魔王の心と体にも多大な影響を与え不安定にさせた。結果、魔王は病み、国を守っていた結界を維持できなくなった。


 結界が用をなさなくなった町に、魔素大暴風で狂暴になった魔物が入り込み大勢の命が奪われた。

 魔王も側近たちともども、命を落とした。

 他の集落へ逃げて行った者もいた。

 生き残ることができた数少ない者たちも、召喚されてしまった。


 召喚魔法。旧い時代の禁忌の魔法。


 魔法陣で魔人を呼び出し、使役する。

 魔王が守っていた結界には、この魔法に対抗する術も組み込まれていたのだ。だから長い間、魔王国の人々は召喚されるなんてことはなかった。


 結界は壊れ、召喚は可能になってしまった。

 召喚するものより魔量が多くないと召喚はできないため、魔量の多い魔人相手に成功させられる者は少ない。

 だが魔物に困った者たちは、藁にもすがる気持ちで禁忌の魔法を使ったのだろう。その中には極稀ごくまれに魔量の多い者もいたということだ。

 かくして魔人たちは召喚されてしまった。

 魔人にだって日々の暮らしがあったというのに。


 少女はいなくなってしまった者たちを思い出し、涙を浮かべた。


 最後までいっしょにいてくれた大神官は、言っていた。

 この魔法は元々、同族同士が困った時に使う助け合いの[手を取り合って]という魔法だったんだそうだ。

 それが時とともに外部に流出し、変質し、今は一方的に召喚されるだけの魔法となっている。


(――――大神官様、どうしているんだろう……。召喚された先で元気にしているのかなぁ……)


 魔王亡き後、国で最大の魔量と言われた大神官までもが召喚されたのだ。

 自分が無事でいられるとは思えない。

 ただ成人前だっていうだけで、召喚魔法の呪文の網から逃れられているだけ。そしてもうすぐ十八になってしまう。


 怖くて、誰か助けてって泣き叫びたい。

 でも、そんなことをしていたって、誰も助けてはくれない。

 自分でなんとかしなくては。


「……泣いたってだめだよ、ルベウーサ。続きやらなきゃ」


 そう自分に言いきかせ、また書き始める。

 旧き正しき[手を取り合ってディアリンク]の魔法陣。

 わたしはここにいます。誰か聞こえますか? その問いかけは、きっと誰かの耳に繋がる。


(――――ああ、でも、暗くなる前に、一角兎を獲ってこないと。薬草も食べないとだめだって大神官様は言ってた。いつか魔王様が復活されるから、その時のために元気でいないと。あたし一人しかいなくても、魔王国を復興させて、次の魔王様をお迎えしなければ)


 新しき魔王の右腕となる者は、止まらない涙をぐいとぬぐって立ち上がった。





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