黒猫、迫る怪しい影


 絶賛スキルの練習中。存在が軽いです。みんなが気に留めてくれません。

 透明人間まであとちょっと。〈存在質量〉のスキルはすごい優秀――――なんだけど! しょうがないんだけど! すごく寂しい……! ううっ……。




「魔法スキル値があるなら、そろそろ[転移]の魔法札でいいかね」


 とのお言葉をトレッサ師匠からいただいておりましたので、今日は[転移]の魔法札いきます!


 夜、魔法陣見ていて書けそうな気がしたんだよ。必要魔法スキル値は85。足りてる。


 円の周りの文字は[位置記憶]と同じ、四大精霊へのお願い文。

 中の術組立て文は、難しい。


 札を放つ者の位置を0からマイナスへ。

 世界から一旦切り離してから、記憶を受け入れるものの記憶を解放、札を放つ者との位置を繋げる。

 マイナス空間からその位置へ戻す。


 というのがだいたいの記述だけど、特にマイナス空間を呼び出す記述と、最後に空間と空間を整える記述がやっかいだ。

 空間の行き来は四大精霊全部の力を借りるから、記述が長い。それぞれの精霊への呼びかけとお願いが違うから、間違えないようにしないと。


 シルフィードとノームへの呼びかけは[位置記憶]で書いた文と同じだから、覚えちゃえば、応用できそうな気がする。


 それにしても[転移]なんて呪文を唱えてしまえばすぐなのに、魔法札にするために書こうとするといろいろ書かなきゃならなくて大変なもんだね。

 魔法を使う人が魔力を込めて呪文を唱えるっていうのが、力を持ちやすいやり方ってことなのかな。


 書きあがったので、魔力を入れてみる。入れー、入れー、入れー……。

 キランと光って、光がカードを包んだ。そして[転移]と文字が浮かび上がったカードへ変わった。

 できたー!!

 持って受付へ行くと、奥の方にトレッサさんが見えた。


「トレッサさーん、見てほしいですニャー!!」


「「「「「……かわいい……」」」」」


 はっ! 思いっきりニャー言っちゃったよ!! 恥ずかしいー!!


「ミュナ、中に入っておいで」


「はい……むぐ」


 たたたと小走りにトレッサさんのところに行って、札を見せる。


「おお、[転移]の魔法札作ったのかい? ――ふむ。ちゃんとできてるみたいだよ」


「ええ?! もう[転移]ですか?!」


 となりの席のヒラ職員コニーさんが、ヒヨコ色の髪を揺らして覗き込んだ。


「僕なんてまだ[位置記憶]も失敗するのになぁ。才能なんですかねぇ……」


「そうだねぇ、それもあるとは思うけどねぇ。あんたの場合はちゃんと見ないからだよ。ちゃんと見て、それがどんな意味なのか役割なのか考えながら書くのが大事ってことさ」


 ああ、うん。わかるような気がする。

 術組立て文の中の単語は、ひとつひとつに意味があって正しい順番に流れて魔法になる。それがあの魔法陣の中に書かれているんだけど……読めないと書くのはむずかしいだろうなぁ。


「ミュナさんはすごいですねぇ」


 コニーさんに褒められたけど、私のはチートみたいなもんだからなぁ。なんとなく悪い気がして、へにょっと変な顔で笑ってしまった。


「買い取りは夕方まとめてでいいかい?」


「はい、それでお願いします! あと、もっと大きい紙ってありますニャ?」


「ああ、証書用の空巻物があるよ。一つ千レトだけど、書き直しもできるし覚書用にしても高くはないと思うよ」


「じゃ、それ二つ……」


「あんまり根詰めないで適当におやり」


 忍術の巻物みたいなのを受け取った。

 ふんふん~とゴキゲンで歩いていると、しっぽも気持ちよくクネクネ~となる。

 やっぱり上手くいくとうれしいもんだよ。私も。しっぽも。






 転移の魔法札は一枚六千五百レトで買い取ってもらえた。

 十枚書いたから六万五千レトになったけど、「十枚書けるのはおかしいからせめて五枚にしときな! その魔量がバレたら悪い商人にさらわれるよ!」ってまた師匠に怒られちゃったよ。悪い商人コワイ!


 その晩も魔法書やら魔法陣の見本やらを眺めつつ、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 気配に気づいてはっと目を覚ました。

 何かがゆっくり近づいてくる。

 私は寝袋の中でじっと息をひそめて、寝ているふりをした。寝袋の中にすっぽりと埋もれてるし、背中を向けてるから私の様子はわからないはず。

 少しずつ近づいているかすかな足音。


 なになになになにななんなの…………?! コワイ!!


 すぐ近くで立ち止まったらしい。

 手を伸ばされている気配――――直後、バチッ!!!! と、すごい音がして空気が震えた。


「うわぁぁあっ!!!!」


「うにゃーっ!!!!」


 びっくりして顔を出すと、漂う焦げ臭い匂い。向こうに走り去る男の後ろ姿が見えた。


 …………うあぁ……びっくりしたぁ…………。


 これが寝袋の結界の威力か。すごいな! どんな術組立て文なんだろ……じゃなくて、そんなこと気にしてる場合じゃなくて!


 どうしよ、どうしよう!

 ここにいるのあんまり安全じゃないのかもしれない。

 落ち着け落ち着け落ち着け。

 そうだ、私には〈存在質量〉のスキルがある!

 スキルを思いっきり軽い方に使い、あわてて寝袋をリュックに詰めた。

 そして私はこっそりとでもすごく急いで、魔法ギルドから抜け出した。





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