第2話 8月2日②

大根が足にぶつかる衝撃で俺は我に返ったが、目の前の光景が非現実的であることには変わりなかった。


手に掴んでいた大根をそのお仲間の元に返してやると、その大根の元へ一斉に彼らが押し寄せた。

それからまるで内緒話をしているかのように俺に背を向け、その頭に付いた大きな葉っぱを揺らしている様子が上からは見下ろせた。


「ダイコン?」「ダイコン?」

「ダイコン!」「ダイコン?」


その時の俺は彼らが葉っぱを揺らしながらダイコンダイコン喋っていることにそんなに驚かなかったと思う。

今考えるに奇怪な現象に耐性がついていたのかもしれない。


「ダイコン?」「ダイコン!」

「ダイコン!」「ダイコン!」


時折チラッチラッと俺の顔を見てくる大根もいて、なんか試されているような心地がした。


「ダイコン!」「ダイコン!!」

「ダイコン!!!」「ダイコン!」


話し合いが盛り上がっているのか、だんだんと葉っぱの動きが激しくなりそのダイコン語?も大きな声になっていった。


「ダイコン!」


そしてついに結論が出たのだろう、大根達は一斉に俺の方を向き、中から一人、いや一本の大根が出てきて、ダイコンと言った。

しかしながら俺にはダイコン語が分からなかったので、首を傾げるばかり。

対する大根も俺の反応を不思議に思ったのか、しばらくない首を曲げようとしていたが、ふと何かに気づいたかのように大きく頷き、それからその小さな手で道の向こうを指した。


「向こうに行け?」


何となく大根の言いたいことをジェスチャーから察した俺は、家に帰る方向へと道を進んだ。

俺は歩きながら後ろを振り返ったことで、大根達が俺の後についてきていることに気づき、そして自分の顔が引きつったのが分かった。

奴らの歩き方のとてつもなくキモいこと、思わず悲鳴を上げるところだった。


ざっとそのキモい歩き方を説明しておこう。

まず、常に足を開いている。相撲の四股を踏んだ時のような足を大きく開いた状態だ。

そのまま右、左、右、左、と一方の足を軸にもう一方を動かして前に進むのだ。

どう?だいぶキモさが伝わった?

でも残念なことに、まだキモいポイントがあるんだ。

上半身は常に胸を張っていて、足が前に出る度、同じ側の手を前に振る。

つまり、連続して歩くと上体は軽く左右に回転しながら歩くわけだ。

言葉で説明するの難しいな。うーん、例えるなら、ラジオ体操で腕を後ろにぶんぶん回すやつ。あれを軽くした感じ。


どう?動きが想像できた?

キモイでしょ。


別に俺は読者にキモい動きを想像させて喜ぶ変態じゃない。

ただ、この奇天烈な動きを想像できれば、そのキモい大根を引き連れて家に帰る俺の気持ちを理解できるんじゃないかと思ったのだ。

運がいいのか悪いのか、俺は家に帰るまでの間に誰とも会わなかった。

早朝ということもあるし、畑があるような地域だから人口も少ない。

もし会っていたら、きっと俺はすごく恥ずかしい思いをしていただろう。

俺の大根でもないのに…!

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