人嫌いの俺はお人好しの生徒会長から面倒を見られて困っている

火水義人

第1話 出会い

 高校二年の春を迎えている。

 六月上旬、クラス替えを終えてから二ヶ月が経過したこの季節。昨年からの友人や交友関係のあった人達が連んでいたり、それらとは別々になったものや新しく親しみを持つ者などの関係を築いている生徒達。


 しかし、俺は一人。昨年からずっと一人のままだ。

 

 人付き合いなんてしたくなんか無いのだ。ひたすら人から避けてきた。

 俺は目立ちたくない。人目に晒されることが苦手だ。だからひっそりと生きていたい。

 

 学校で一言も喋らないなんてことはざらにある。

 学校にいる間によく考えていることは早く帰りたいということばかり。


 自分で自分のことを哀れむようなことはない。最近は、故意に人と接することを拒むようにしている。そりゃ、友人と仲良く遊んだりしている生徒達が羨ましいなんて思った頃もある。だが、高校二年生となった今、そんな者は必要ないと確信している。

 俺のやることはどれだけ人から避けて自分の時間を作れるかということ。

 他人の為に使う時間なんて無駄だろ?人間関係なんてもので人の感情や考えを読みながら接しなければならないなんて面倒だ。


 俺は決して昔からそんな性格だったわけじゃない。小学生低学年まではまだ友達と呼べるようなものはいた。何も考えずにいられた。それから人の嫌な部分が見えてきて、人とコミュニケーションを取るのが苦痛に感じるようになり、人と交流することから避けてきたのだ。


 なぜそこまで人付き合いをしたいのか。なぜ仲間内で意見を合わせたり、共存をしていかなければいけないのだ。グループで騒いで大したことでもないのに大げさに笑ったり大声で会話もするな、鬱陶しい、迷惑だ。俺は静かに過ごしていたいんだ。

 

 だから俺は気づいたのだ、仲間というものを作っても自分に得になることなんてないと。俺は今のこの現状で特に差し障りはない。

 


 だが、ある日からそんな学校生活が不可能になってしまったのだ。それは…ただ一人の女性によって。



 きっかけは大したことではなかったのだ。

 落し物を拾った。ただそれだけだったのだ。


〜〜〜〜〜


 移動授業で音楽室から自分のクラスである二階にある二組の教室へと一人で戻る帰り、廊下を歩いている時に前を歩く女子生徒がいた。後ろ姿しか見えない。ただ後ろ姿でもわかる歩き姿の美しさ、肩の下まで垂れたストレートヘアの髪が綺麗だなぁと思っていた。まぁ、ただそれだけだった。顔が見たいとも思っていなかった。

 常に下向きで歩く傾向のある俺はその前を歩く女子生徒のブレザーのポケットから何かが落ちるのが見えた。

 青い手帳のような…そうか、これ生徒手帳か。

 その生徒は落としたことに気が付かずに歩き続けていた。


 俺はその手帳を不意に拾ってしまった。

 拾ってしまったはいいものの、どうしたものか。

 

 ここは普通に落としましたよと渡せばいいのだが、そういうわけにはいかないのだ。

 どうしてかというのはここで渡す、するとそこでお礼を言われ、そこで会話が発生してしまう。極力会話をすることを避けたい。

 見知らぬ人に声をかけるってのもなかなか勇気がいる。いや見知ってても同じだが。

 いっそもう一度これを床に落とすか…いや、周りに人がいる。そんなことしたら不審な人だろ。落し物届けにでも出すか、ってそんなのどこにあるんだ?探すか、いやそれこそ時間の無駄だろ。もういい。


 「あの…」


 勇気を出して歩いていたその女子生徒に話しかけた。するとその女子生徒は立ち止まり、こちらを振り向いた。

 一瞬顔を見ただけで驚くほどのとびきりの美人だった。顔立ちが整っていて長い髪に白のカチューシャをしていた。童顔だが、大人っぽい綺麗さも感じた。背は俺よりも少し低いくらいで上目遣いでこちらに視線を合わせた。その眼差しはキラキラとした輝きを放ってるように眩しく見え、思わず目を逸らしてしまった。それよりどっかで見たことある顔のような…?


 「落としましたよ」


 その生徒手帳をその女子生徒に目線は合わせずそっと差し出した。するとその女子生徒は手帳を受け取って胸にかざしていた。チラッと顔を見て見るとニッコリ笑っていた。その笑顔は何かを秘めているかのような素敵な笑顔だった。俺なんかに向けられているのが惜しいくらいな気分だ。


 「ありがとう」


 一言だけでもわかるような透き通るような綺麗な声だった。

 お礼を言われたのもなんだか久しぶりだ。誰かに敬われるようなことも普段はしない。


 その女子生徒は立ち尽くして、その後も俺の顔をまじまじと見てくる。


 ん?あれ?これどうすればいいんだ?ここから去っていいのか?

 誰かにこうして見つめられることがないのでなんとも恥ずかしい気分になり、背中に少し冷や汗が出る。

 この状況に耐えられず、俺は無言で会釈をしてその場を立ち去ろうとした。


 「待って!」


 その女子生徒の前を通り過ぎようとしたその時、引き止められた。そして後ろを振り向いた。


 「あなた…影井勇綺かげいゆうき君…だよね?」


 ———!? 

 どうして名前を?会ったことなんてないはずだが…。

 制服のスカーフの色を見てみる。赤が一年、青が二年、白が三年。よって白で三年だった。二年生の俺とは面識はないはずだ。それどころか、同学年でも面識ある人物なんて殆どいないわけだが。

 どこかで見たような顔ではあるのだが…。


 「あれ、違った?」

 「いえ、違いませんが」

 「そうだよね!よかった…」


 その女子生徒は俺の名前が間違いでないことに一安心していた。


 「私のことはわかる?」


 俺は首を横に振った。


 「そっかぁ…私もまだみんなに知られているわけじゃないのね…」


 その女子生徒は少し悲しげな表情をして落ち込んでいた。ますます意味がわからない。

 

 「私はね、三年の花城亜姫はなしろあき。生徒会長をやっているの」


 生徒会長!?そうか、道理で見たような顔だったわけだ。普段から人の顔をそこまで見ようとも覚えようともしないのだから、わからなかった。

 さっきから廊下を歩く生徒からやけに注目を浴びていた気がしていたのはそういうことでもあったのか。


 「私が名前知ってたことに驚いた?私は生徒みんなの名前は知っておこうと思ってるの」


 生徒全員の名前を覚えてるとでも言うのか?全生徒一体何人いると思ってんだ?しかも俺のような空気を貫いた男を、フルネームで覚えてるなんて。生徒会長だからってそんなことを覚える意味なんてないだろう。


 その後も会長はその場を動こうとしなかった。

 今度こそ教室へ戻っていいのだろうか?


 俺はもう一度軽く会釈をしてから戻ろうとした時であった。


 「影井君!」


 また引き止められた。そしてもう一度振り向く。


 「学校は…楽しいかな?」


 いきなりとんでもない質問をしてきた。

 そんなことどう答えたらいいんだよ。そもそも今日初対面でそんなこと普通聞くか?


 「まぁ…それなりに」


 本当のことを言えば学校が楽しいなんて思ったことなんかない。友達がいた幼少期の頃にはまだそんな感情はあったが、今は欠片もない。ただ、ここで否定するわけにもいけないだろう。


 「そう…それなら、いいんだけど…」

 

 それから生徒会長は少し下を向いて沈黙していた。


 「あ、ごめん。引き止めたりしちゃって…」


 その、花城亜姫という生徒会長は笑顔のまま右手を少し上げ、軽く振っていた。


 

 さすがにもう去っていいという合図だと確信して、俺は何も言わずにその場を立ち去り、教室へ戻った。


 …ただ生徒手帳を拾った、それだけなのにまさか生徒会長なんかと話すことなんかになると思わなかった。

 生徒会長なんて、大袈裟に言うと学校のトップの存在だろ?俺なんかには縁遠い存在だと思っていた。

 しかし、もう会うこともないだろう。


 そう思っていた。しかし、この時はまだこれがきっかけであんな運命が待ってるだなんて思ってもいなかったのだ。




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