職業は突然に

 天の声を思い出しながら、目を瞑って静かに考える。


 クエストはRPGでお馴染み、達成することで利益を得られる依頼のようなものだとして、今僕が達成したらしいクエストは《可能性の開拓3》と言っていた。

 少なくともあと二つ、同じようなクエストがあるものらしい。


 これはチュートリアルだ。本来なら番号の順に達成するクエストのはず。それに何だ、exって。どこかで聞いたことがあるような、無いような……。

 ゲーム関連の言葉だろうか?

 ユニトスにも通じる単語?


 ……一人で悩むより聞いた方が早いね。

 僕は前を歩くマリアさんに話しかけた。


「あの、マリアさん」

「はい、何でしょう? あっ、やっぱりシグニール様についての事は、これ以上は分からないのですが!」

 

 先程の問いに答えようと、ずっと頭を捻っていたらしい。マリアさんは、手をもじもじと絡めながら、目線を忙しく泳がす。

 あっ……何か、ごめんなさい。


 罪悪感に苛まれはしたものの、好奇心には勝てない。僕はマリアさんへ、新たに浮かんだ疑問を投げ掛ける。


「それも気になりますけど、ちょっと違う事が聞きたくて。えぇっと、マリアさんは、exクエストって聞いたことありますか? それを達成して、選択可能な職業が増えたらしいんです」

「え、あ、そちらでしたか! はい、分かりますよ♪」


 マリアさんはパァッ! と、目が眩むほど明るい笑顔を浮かべた。

 ほっ。よかった、exクエストについては既に知っているらしい。これが分からなかったら、また落ち込まれて更なる罪悪感に押し潰されるかもしれない! と密かに覚悟してたんだ。

 割と本気である。


「そもそもexは規格外、特別なものを指す単語です。普通の手段では手に入らないアイテム、あるいは受注、達成などの難易度が、とても高いクエストやスキルなんかに付きますね」


 特別……あ、exってextraの略か!


「スキルだと、【剣術ex】などですね。基本スキルである【剣術】が進化した【剣術の極意】のスキルレベルを限界の10にした上で、神殿で発布される特殊なクエストをクリアする、が達成条件だったはずです」


 スキルレベルがどのくらいの上がりやすさなのか分からなくても、なかなか面倒くさそうなことは分かった。基本から進化した上位スキルなら、基本より育ちにくいだろうし。見る専とはいえ、ゲームの事は少しは分かってるんだからね!

 exは特別、と。うん、覚えた!


「あれ。じゃあ【巫覡】って特別なのかな」

「【巫覡】……話からしてexクエストで選択可能になった職業ですよね。【巫女】とは違う職業なのでしょうか?」

「【巫女】も職業、ですよね。【巫覡】とは同じ漢字が使われていますし、関連性はありそう……どんな職業なんです?」

「【巫女】は男女兼用の職業名で、特殊回復魔法を使う事が出来る職業なんです。基本、下級、上級、最上級とある職業としての格だと基本に入り、覚えるスキルも上位の職業には効能や威力に負けますが、他の回復職とは一風変わったスキルを覚えることで有名ですね」


 リアルだと、巫女はよく神社でお守りとかを売ってる女性の事だ。巫覡の覡も、巫女の男性バージョンの単語だったはず。

 巫も覡も一文字でかんなぎと読める漢字なので、【巫女】と【巫覡】は同じようなカテゴリーの職業なんだろう。何が違うのかさっぱりわからないけれど。

 でも、読みが違うのには何か理由があるはずだ。わざわざexクエスト達成で選べるようになったのに、他の似たような職業と同じ基本職だとは思えない!

 どうにか詳細は見られないものか……。


「……そうだ、ステータスパネルの職業欄は、触れると空欄の場合のみ選択可能な職業がリストで表示されるはずです。そこで確認してみてはいかがでしょうか?」


 わぉ、そんなこと出来るの?

 図ったようにアドバイスしてくれるマリアさんに応えるべく、僕は早速ステータスパネルを呼び出す。


 楓雅曰く、プレイヤーが職業に就くのは、

チュートリアル終了後のことらしい。チュートリアル内での行動や手に入れたスキルによって、就くことの出来る職業は人それぞれで変わるという。

 職業はメインが一つ、サブが三つ設定できる。メインは同じ系統の職業なら、職業レベルを犠牲にいくらでも転職出来るが、同系統以外の職業には転職出来ない。しかしサブはメインと別系統であれば、いくらでも変えられるそうだ。ただし、何にも就いていない状態で職業に就くならともかく、元の職業とは全く別系統の職業に就くには、ある程度egを消費するそうだし、転職そのものが職業レベルの初期化を意味するため、かなり吟味しなければならないという。


 今現在、メインは【学生】。サブは【解放されていません】となっていた。


 今回はサブの文字に触れる。すると新たなパネルが現れ、Job Listと上部に表記されたリストが浮かび上がった。そこには、先程聞こえた【巫覡】の文字が灰色で表示されている。

 あくまでまだ職業には就けないらしい。さすがにここは特別扱いとか無いよね、知ってた。

 知ってた、けど……何なんだろうね、このガッカリ感。


 き、気を取り直して、文字に触れてみようじゃないか。






巫覡かんなぎ


職種:特殊回復職

ランク:上級


 【巫女】とは一線を画す上級回復職。

 回復魔法、結界魔法に優れる他、強力な攻撃手段も持つ特殊にして特別な職業。扱う属性は主に光であるが、状況に応じて闇の力も扱える。


取得条件:

 exクエスト《可能性の開拓3》の達成




闇巫覡やみかんなぎ


職種:特殊回復職

ランク:上級


 【巫女】とは一線を画す上級回復職。

 回復や結界能力を捨て、強力な攻撃手段を多数手に入れた特殊にして特別な職業。あくまで神に仕えるが、扱う属性は主に闇であり、状況に応じて光の力を扱う。


取得条件:

 exクエスト《可能性の開拓3》の達成






 ……なるほど。


 マリアさんと一緒にふわふわと浮かぶステータスパネルを見ながら、僕は自分で自分の目が死んだのが分かった。


 これはあれだ。驚きが一周回って逆に落ち着いたやつだ。楓雅の家に住むことになった時と同じ感覚だ!

 あれも急に決まったからなー。


 で、だ。


 巫覡── 明らかに序盤で出てきちゃダメな奴じゃない?


「基本どころか、上級職ですね……。クエストの達成を条件にしているようですが、あの。どのようなクエストでしたか?」

「考え込んでいたら唐突に達成してしまったので、クエストの内容も、達成条件も謎です。ただ、マリアさんの話を聞いていたら、途端にこう、女性の声が聞こえてきて、クエスト達成がどうのこうのと」

「女神様のお声が……! そ、そうですか。【天神族】の方は成長が早いので、頻繁に聞けるんでしたね……いえ、それでもここでこのような上級職になる権利が与えられるなんて普通は……そもそもこんな職業ありましたっけ……」


 ぶつぶつぶつ……。

 あぁ、マリアさんが思考の渦に入っちゃった! 最初は僕に話しかけていたのに、後半になるにつれ小声になり、その瞳には僕が映らなくなる。短いながらに濃い時間を共に過ごした僕にはわかる。こうなると、しばらく放っておくしかなさそうなんだよねぇ。

 【巫覡】の事は、他の誰にも言わない方が良いのかも。最後に聞こえた、こんな職業あったかな的な言葉からして、かなり珍しいものだろうし。


 何より、マリアさんみたいにモヤモヤさせてしまうのが申し訳ない!


 ロビーに向かう廊下の途中で、僕は壁に寄りかかった。


「……今日中に、案内終わるかなぁ」


 ゲーム開始から三時間。

 チュートリアルの舞台であるはずの学園校舎に行く前でこれなのだ。

 そもそも今日中に寮も終わるのか? と。


 僕はぽつり、ひとりごちた。






 ようやく辿り着いたロビーには、玄関から見て左手に扉があった。

 見事な彫刻が施された、観音開きの扉だ。


 僕はそれを見た瞬間── 思わず、呼吸を止めてしまった。


 それは、UTSのパッケージと同じ模様を彫った扉だった。つまりはデフォルメされている多種多様な動物達が、非常に精緻に彫りこまれているのだ。

 木という材質で出せる限界まで求められたリアルな質感が、見る者を惹き込む。

 重厚感溢れる力強さを滲ませながら、木特有の温かみと優しさをそのままに、彫られた動物達は生き生きとした躍動感を感じさせた。木目もまた美しく、複雑な彫りのどこを見ても滑らかな仕上がりであり、絶句するほど丁寧な仕事である。


 なまじ美術への関心が一般より高いからか、あるいは素人でさえ目を留めざるをえない出来なのか。現実ではないにしろ、ここまで美しい作品を生み出せるものなのか、と。

 有り体に言ってしまうと、僕は珍しく感動に身を震わせていた。


 僕はよく人から無表情だの無口だのと言われる。

 たとえ心の中で狂喜乱舞したとして、それが表情に出ないからだ。行動ですら物静かなのが助長させているとは、楓雅の指摘である。

 その僕が、この世界に来てくるくると表情が変わっている。目はキラキラと輝き、口は開いたまま塞がらず、視線は吸い込まれるように一点に集中して。この数時間で目まぐるしく七変化していた。


 決して、分かりやすい変化ではない。

 むしろ、そこまで変わっていないと言う人が多いだろう。しかし、僕にとっては青天の霹靂ほどに珍しいのだ!


 僕は感動と驚愕に沈みこんでいく。

 ただ、時間を忘れたくても隣のマリアさんがいる限り、忘れることは無いはず。


 彼女を見ると、言葉を失った僕を、生暖かい目と笑顔で見つめていた。

 そうして、今までのどの言葉よりも柔らかな声が響く。


「扉が、気になりますか?」

「っ、はい。凄いですね。ここまでリアルな質感を、基本形態のみとはいえ、PET全員分彫る事の出来る職人がいるなんて……」

「ふふっ、そうですね。あの子は【木工職人】の生徒の中でも天才で、スキルの補正無しにこれを彫りあげましたから」

「学生が作ったんですか?!」


 子供っぽく大声で問いただす僕に、マリアさんはクスクスと楽しそうに微笑んで、しっかりと頷く。


 ここはチュートリアルだ。言うなれば、僕以外のプレイヤーが入ってこられない領域でもある。この扉は、プレイヤーならともかく、ユニトスが作ったとは思えないクオリティなのだ。それをユニトスが、しかも【学生】の間に作り出したことが信じられなかった。


「スキルは取得すると、レベルに応じて行動に補正をかけてくれます。【剣術】なら剣を使った行動における攻撃力や移動速度の向上。【調理】なら調味料などの適量が何となく分かる、などです」

「【調理】は、いかにも【料理人】がこぞって獲得しそうなスキルですね」

「ふふ、はい。【料理人】はその職業に就いたボーナスで【調理】が手に入りますが、レベルを上げれば上げるほど、その補正も強くなりますからね。スキルのレベル向上は永遠の課題ですよ」


 【学生】の間は、スキルレベルがどうやっても3で止まる。故にその後が肝心なのだ。

 スキル外でも経験を積めば、スキルレベルの上がりやすさに違いが出るし、派生スキルも出やすいらしい。【調理】から派生した【調理器具術】なんかはなかなかレアだそうだよ。

 へぇ、派生スキルもたくさんあるんだね。これは、奇想天外なスキルもあるのかな?


 ユニトスでもこれほどの代物が作れるぞ、と。プレイヤーはこれ以上の作品も作れるかも、という、一つの指標として置かれたオブジェクトなのだろう。

 一種の鼓舞というところか。

 確かにこんなクオリティの作品が作れるなら、現実世界では何らかの理由で作成を諦めるような高度で緻密な作品も、この世界で再現、あるいは創造できてしまうのだろう。何せこちらには魔法もあるのだから。

 それこそ、現実では作れない物が作れる。それに気付かせるための作品なのか……!


 何にせよ、この扉を作った【木工職人】の【学生】には、敬意を表したいね!


 ……ん?




 ── 【木工職人】?




「あの、【学生】の間って、別の職業に就けないはずじゃ」

「え? あっ、【天神族】の方だと知りませんよね! 実はですね、高等部になるとメイン職は【学生】のまま、サブ職を変えられるようになるんです! あの子は【木工職人】を選択して、暇さえあれば彫刻刀片手に樹木系モンスターと戦闘をしていましたね!」

「わぉ、まさかの戦闘シーン」


 どう聞いても生産職なんだけど、マリアさん曰く、【木工職人】は樹木系モンスターに対して、大幅なダメージ補正、及びドロップ率が高くなるとの事。


 ……生きた樹木が、蠢きながらノミで削られ、彫刻刀で彫られる。

 さぞシュールな光景だろう。


 職業って、不思議だなぁ。

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