第10話るるかと友達

「お邪魔しまーす」

「散らかってるけど気にしないでね。一階のガレージとか特に」

 ヨヨの言葉の通り、そこはとても乱雑な空間だった。

 ガレージとはいっても、車が置いてあるわけではなく、そこはやはり芸術家のアトリエ空間なのだろう。壁にたてかけられた私の身長を超える大きな絵(描きかけ?)や、大きな図録や書籍がぎゅっと圧縮されて並ぶDIY感あふれる木の本棚、それからなんだかわからない大小さまざまな箱だったり人形だったりが秩序なしに居並んでいる。4人くらい腰かけられそうなソファもある。壁や天井はコンクリ打ちっぱなしで、空間の広さは学校の教室と同じくらい。一人のアーティストのアトリエとして、広いのか狭いのかは私にはなんとも判断はつかない。

 部屋の奥には階段が見える。

「二階が生活空間?」

「そ。キッチンとかお風呂も全部二階。トイレだけ一階なのが地味に使いずらいんだけど」

 九月も後半に入った。

 文化祭は十月の第一週の土日の二日間の開催。展示の準備に使える時間は残り二週間を切っている。

 思えばヨヨと知り合って一ヵ月も経っていないけれど、ずいぶんと仲良くなったものだと思う。ヨヨの当初の戦略としては、単に先輩に近づくための外堀を埋めるために私との会話を積極的に行っていたのだろうけど、案外私たちは気が合ったというか、会話のペースとかは全然違うんだけど、お互い気の置けない仲になるまでにあまり時間を要しなかった。

 でもヨヨの家に来るのは初めてだ。ヨヨの方から、二人で展示準備の進捗確認と当日の綿密なる作戦会議をやろうと持ち掛けられた。私には断る理由もなかったので素直にうなずいた。

 ただまあ、ヨヨの本心はいくら鈍い私でもわかっていた。

 なにしろ、私を誘う時のヨヨといったら明らかに不自然だったのだ。

「るるか。展示に向けて作戦会議をしよう」

「いいよ。じゃあ清宗先輩と巡さんにも声をかけておくね」

「いいの。ちがうの。そうじゃないの。二人だけ、ね、そうしよ、ね、ね」

 部長と副部長のいない場で行う展示企画の会議って、する意味あるの? という言葉をすんでのところで飲み込んで「いいよ。おっけー」と私は返した。

 あまり人の心がわからない私でも、今回は察することができた。つまり、ヨヨは部長に対するアプローチについての作戦会議を私と二人きりで話したいのだ。

 でも、そうすると、ヨヨにはつらい事実を告げないわけにもいかない。

「私、制服着替えてくるから。ちょっとソファにでも座ってくつろいでてよ」

「あのさ、ちょっと言いづらいことがあるんだけどさ」

 私は普段通りの声で階段に向かうヨヨに話しかける。

「ん、今言いたいこと? なに?」

「清宗先輩と巡さん、付き合ってるよ」

 あんまり大袈裟に打ち明けても悪いかと気を使って言ってみた。

「ん?」とヨヨはつぶやくと、数秒間動きが止まった。そして視線が虚空を向いて目が泳いでいる。口を開けようとしては閉じ、開けようとしては閉じている。なんか手も空気をかいていて、地上で犬かきの練習をしているみたいになっている。失恋のショックというのは、ここまで無残に人を壊してしまうものなのか。それとも芸術家の感受性が強いということなのか。私には判断つかない。

「…………あ、冗談?」

「え、私今までヨヨに冗談言ったことないでしょ?」

 素直にそう答えると、今度はヨヨは顔を片手でおおってしゃがみこんでしまった。なんかすすり泣くような音も聞こえる。

「それじゃあ、ヨヨが着替えて戻ってきたら作戦会議の開始だね」

 私はヨヨを励ます感じでちょっと元気よく言ってみた。

「……うすうす気づいていたけど、るるかってさ」

 いつもの自信にあふれた口調とは異なるか細い声でヨヨが言う。

「なに?」

「あなた、友達いないでしょ?」

「え、いや、ヨヨがいるよ? あ、冗談?」

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