第8話〈チト〉とネットワーク

「清宗先輩、大丈夫ですか?」

 私は心配して声をかけた。ドーナツとエアバッグを身体から切り離して起き上がる先輩が私を見る。

「なんだ、るるか君じゃないか。奇遇だな。ミッションの方は順調か?」私に応えながら、先輩はドーナツにも話しかける。「〈ナタリエル〉。実験データは取れたな? サーバに送っておいてくれ」

〈了解〉

 聞きなれた〈チト〉の合成音声がドーナツから聞こえた。

「ぐっ、全身が痛む……。まだ改良が必要か……」

 そのやり取りで理解した。なるほど。新しい〈チト〉の試験だったのか。

「そうだ。せっかくだから、るるか君。〈ナタリエル〉の損傷具合を〈視て〉くれないか?」

「あ、いいですよ。どれどれ」私は白いドーナツに触れる。「……ジェット噴射の三番と六番が損傷してるみたいです。あと、十番は完全にお釈迦です」

「むぅ……まあ、個人製作の安物はそんなものか……ありがとう、るるか君。おっと、傘が落ちているな。君のものか?」

「あ、いえ。それはあちらの方です」

 言葉とともに倉木さんの方を見ると、彼女は先ほどとはまったく違う形相をしている。なんと表現すればいいか難しい表情だ。驚き、というより怒りに震えてるようにも見える。

「驚かせて悪い。君は、るるか君のクラスメイトかな?」

「あ、そうですよ」反応のない彼女の代わりに私が答える。

「そうか。傘を返そう。ん、それは俺の眼鏡じゃないか? いつの間にか外れていたのか」

 言われてみれば、倉木さんは両手でこぼれおちる水をすくうみたいな手の形で先輩の眼鏡を持っている。ちょうど彼女の近くに落ちたのかな。

「君の傘と、俺の眼鏡を交換だな」

 そう言って先輩はひょいとその二つを交換する。その間、倉木さんは不思議なことにあうあうと言葉にならない声を出しているだけでまともに返事すらしない。そんなに驚いたのか。先輩はちょっとキャラが強いからなあ。

「さて、あとは〈ナタリエル〉を部室に運ぶだけだが」

 先輩がそうつぶやいた時、かたらかたらと音を立てて、校舎の影から小型のリフトカーが現れた。自動運転なのか、運転席は無人だ。初めて見たタイプだけど、〈チト〉のシリーズかな。

「〈ニースフリル〉! 驚いたな。るるか君が呼んだのか?」

「え、違いますよ。先輩が呼んだんじゃないんですか?」

「いや違う。〈ニースフリル〉、現在の行動指針は?」

 先輩が訊ねると、〈ニースフリル〉は〈ネットワーク経由で〈ナタリエル〉の損傷を確認後、僕の協力が必要な状況だと〈チト〉が推測しました〉と答えた。

 確かに〈チト〉の各個体はネットワークで繋がっている(巡さんの発案により、それはキュトスネットワークと命名されている)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る