第5話〈チト〉とヒト

「それは、まあ、ご愁傷様だけどさ。でも別に新しい目標を立てて活動すれば? るるかには廃部の危機って聞いてるけど、なんでいきなり廃部になるの?」

「生徒会長の奴は俺とこの部が気に入らないらしいからな。この国連の発表を理由に、校長や理事をまるめこんで、来年度以降の人知部の活動停止を決定させてしまった。まったく、あの愚直眼鏡め……私情と公務を混同しおってからに……」

 先輩は忌々しげにつぶやく。

「もともと目をつけられてた天敵に、弱みを与えちゃったわけだ。あれ、でもじゃあ私が文化祭に協力したところでもう手遅れなんじゃないの?」ヨヨは少し小声になって続ける。「……私、清宗さんの手助けがしたくて来たんだけど……」ごにょごにょつぶやくその声は隣に座る私にしか聞こえなかった。

「ふん。俺は諦めるものか」

 先輩は左手で眼鏡を支え、右手はデスクの上を横に振って目の前の映像を消す指示を出す。映像がすぐに消える。

「〈カネッサ〉、コーヒーを人数分淹れてくれ。〈サンズ〉、コーヒーが出来たら給仕を頼む」

〈了解〉

「俺の計画はこうだ。まず、文化祭展示で……」

 先輩の言葉をさえぎるように、壁沿いに並んだ棚から、ぴぴぴぴぴという機械音が鳴った。乱雑に物が散らばった棚の上で、コーヒーメーカーの表示パネルがエラー番号を示している。

「あらー、最近調子悪いねー」

「またか……。るるか君、ちょっと見てくれるか?」

「あ、はい」

 清宗先輩に頼まれ、私は席を立って小走りに棚へと近づいた。

 白い大理石でできたモグラたたきのもぐらみたいな見た目のコーヒーメーカーが示すエラー番号は「E0815」だ。意味は知らない。

 私はすっと息を吸って、吐いて、目をつむってもぐらの頭に触れる。

「……? るるか、なにしてるの?」

 背後でヨヨの疑問の声が聞こえる。

 十秒ほどで私はもぐらから手を離す。

「はい、これで大丈夫かと」

 目を開けて先輩たちの方を振り返る。機械音は鳴りやんでいる。確認してないけど、エラー表示も消えているはずだ。とことこ、とコーヒーメーカーが作動する音が聞こえ始める。

「いつもながら手際がいいな、るるか君」

「頼りになるねー」

「いえいえ、それほどでも」

 私はまた小走りで席に戻る。

 隣に座るヨヨが小声で話しかけてくる。

「……いま、なにしたの? 直したの?」

「んー、秘密」私も小声で答える。

 部屋にコーヒーの香りが広がり、ほどなくして〈サンズ〉、――人工知能〈チト〉No.04――がコーヒーの注がれた四つのカップを私たちの前に運んでくれた。

「ありがと、〈チト〉」

 私は〈彼女〉に笑いかけて言う。

〈チト〉。

 私たちの人知部が、というより清宗先輩が、英知と執念をかけて開発してきた人工知能の名前。

 それぞれが機能を分割保有し、開発Noごとに異なる名称と姿を持つ〈彼女〉たち。

 音響制御のNo.20〈エクリエッテ〉。ディスプレイデスクのNo.40〈クエリ〉。コーヒーメーカーのNo.47〈カネッサ〉。姿も能力も異なる姉妹たち。

 とりわけNo.04〈サンズ〉の名前をもつこの〈チト〉は親しみやすい。〈彼女〉だけが、人を模した姿をもつロボットの身体を持っている。

 私たちと同じ制服の上からエプロンを着こなす〈彼女〉、〈チト〉は、私の労いに笑顔を返す。その表情は、不気味の谷をゆうゆうと超えていて、とても人間らしい輪郭と質感を備えている。知らない人が見れば、生きた人間と間違うかもしれない。実際、部員は三人だと伝えていたヨヨが、部室に入った時に不思議そうに〈チト〉を見つめていた。

「部員って、るるかと、清宗さんと巡さんの三人だけって言ってなかった?」

 そのとき、私はこう答えた。

「うん、そうだよ。〈チト〉はヒトじゃないから。人知部のメンバーは、三人と、ひとつだよ」

 コーヒーを口に運びながら、先輩が廃部対策についての会議を再開する。

『ボレロ』は幾つもの旋律を重ねて、勇壮な音楽へと盛り上がっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る