第3話人知部

 夏の暑さが過ぎ去り始めた九月のある日。

 私たち四人は放課後に部室に集まっていた。部室に鎮座する2m程のデスクを囲んで座っている私たちのうち、最も緊迫感を漂わせている人物の発言で、会話が始まった。

「これより第二回人知部緊急対策会議を始めるっっ!」

 清宗先輩はそう力強く宣言するとともに、視線を部室天井のカメラに向けて、器用に表情筋を使って右眼と左眼で交互にまばたきをする。その指示を認識した人工知能〈チト〉が、天井隅のスピーカーから音楽を流す。モーリス・ラヴェルの『ボレロ』だ。音楽の時間に習った。ゆったりとした曲調を背に、清宗先輩は静かに語りだす。

「ここに集まった諸君ならば、既に理解しているだろうが、これは我が人工知能探求部、通称人知部始まって以来の危機だ……。俺も方々に手を尽くしているが、しかしにっくき生徒会長はこれを好機と我が部を本気で潰しにかかってきている。だが、我々の探究はまだ途上にしか過ぎず、ここでその挑戦を止めるわけにはいかないのだ。わかるな、諸君!」

 清宗先輩は私たちの顔を見回して言う。私も巡めぐるさんも何も言わなかったが、最後の一人、ヨヨだけは軽く挙手をして悪びれもせずに口をはさんだ。

「ごめんだけど、私まだよくわかってないんだけど」

「るるか君」

 清宗先輩はヨヨの疑問に答えずに、銀縁の眼鏡を指で抑えながら私の名前を呼んだ。

「はい。なんですか先輩」

 私は落ち着いた声を返す。

「ヨヨ君には十全に説明をしたのではないかね?」

「すみません。ざっくりした説明しかしていなかったかもです」と私は言う。

「というか、え、なくなるの、この部活?」

 ヨヨは制服の上に羽織ったパーカーのポケットに両手を入れたまま、先輩と私を交互に見て言った。

「聞いてないなあ。私、文化祭の展示を手伝ってほしい、っていう話しか聞かされてないよ?」

 部室に流れる『ボレロ』の厳かな旋律とは対照的に、だるそうな色を隠そうともせずにヨヨが言う。人の目を引く赤のラインを入れた髪を揺らしながら、小首をかしげて私を見つめる。

「るるか、そんな話してた?」

「うーん。いや、一応話したと思うよ。ヨヨが忘れてるだけだと思うけどなぁ」

 私の言葉に、ヨヨは少し不服そうだったが、一息吐くと私への追及は諦めて清宗先輩に改めて説明を求めた。

「仕方あるまい。今度こそ漏れがないように、我が部が今陥っている危機を今一度説明しよう」

 清宗先輩は、部室の中央に鎮座するデスクに手を触れて「〈クエリ〉。資料51番を表示」と言った。

〈了解。資料の51番を机上モニタに空中表示します〉

 先輩が触れたデスクから声が返ってくるとともに、一秒ほどの間を置いてテーブルの表面のディスプレイに映像が大写しに表示された。とある科学雑誌の幾つかのページの画像。次いで、また一秒ほどの間を置いて、机の上空にその雑誌の表紙画像が回転しながらホログラムで表示された。

 いま部屋に鳴り響くクラシック音楽を流したのも、ディスプレイデスクの映像を操作しているのも、人工知能〈チト〉による制御だ。

 人工知能探求部。通称、人知部。

 それが私たちが所属する部活動の名前だ。

 正確には、この場にいる人間のうち、ヨヨだけは正式な部員ではなく、あくまで文化祭期間中の協力者という立ち位置だ。

 私たちの通う澄楡高等学校は部活動がとても盛んなことで地域でも有名だ。私の場合は単純に第一志望の高校の入学試験をすっぽかした結果、唯一合格したこの学校に入学することを余儀なくされたのだけど、熱心な各種の部活動に惹かれて入学してくる学生はそれなりの割合を占めているらしい。

 運動部も文化部も全国レベルで活躍することすら多々あるこの高校では、学校側の予算も豊潤に各種部活動に注いでいる。とはいえ潤沢な予算にも限界はある。幾つかの弱小部は、予算の削減を生徒会から通告されることを恐れている。私たちの人知部は、まさにその弱小部のひとつなのだ。

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