第31話 天宮時雨は許さない
AM6:30
玄関のドアが開く。
「あれっ、しぐれだ。おはようー。早起きね。もう学校に行くの?」
小鳥のさえずりが聞こえるぐらい静かな朝に、太陽のように明るい美月が爽やかな風を吹かせながら、あいさつをしてくる。
スポーツメーカーのロゴの入った黒いトップスの上に明るい白色のウィンドブレーカーを着て、レギンスの上にボトムスという、動きやすそうな恰好。ランニングウェアのゆったりした服の裾から黒いスポーツブラが見えて目をそむけた。美月が玄関に入りながら、目の前で上着を脱ぐ。白いきめ細やかな肌が汗を含み、きらめいていた。
「おはよう。テスト前だから、学校いって勉強しようと思ってさ。何キロぐらい走ってきたんだ、それ」
「とっても偉いわ。素敵よ、しぐれ。わっ、いまわたし汗臭いから、それ以上ちかよらないで。 えっとGPSで、8キロぐらいよ。時間にすると、30分ぐらいね」
息も切らしていない美月が両手を俺に突き出して、ちかよらないでと言う。
GPSの機能がついた時計で、時間も距離も測れるみたいだ。時計を見ながら美月が答えた。ちょっとその時計をほしいと思うし、時計が格好いいから俺もランニングしたくなる。
「もしかして走るの好き?」
「好きよ。体を動かすのが好きなのよ。しぐれも一緒にどう?」
「いいよ、今度いきたい。あと、その時計、貸してほしいな。ちょっと恰好いい」
「やったー。 いいわよ、貸してあげるわ。えーっ、それじゃあ今日はいっしょに学校いけないのね」
美月が唇と尖らせながらそういった。
「わるいな。また今度だ」
「そのセリフ、おでこをトンッってやって来そうよ」
前のめりになって美月がそう反応してくる。
喜ぶ美月の額を目がけて、俺は指を二本差し出した。
「許せ」
そういっておでこをトンッと小突く。
美月の形のいい眉があがり、口がひらいた。「わっ」と息を漏らすようにいった。蒸気して赤くなるほっぺたは、走って来たあとのものなのかもしれないけれど、照れているようにも見えた。
「オデトンの時代くるわ、これ」
俺はそう言い残して、玄関を出た。
玄関を出るとすぐ、花恋にメッセージをいれようとする。そろそろ起きてる頃だから、枕もとに携帯を置いている花恋に連絡を入れても大丈夫だと思う。
メッセージをおくった。
「美月となるべく遅めに登校してくれ。さきに行く」
それだけ書いて、花恋に送る。なにもいわずに、確実にその通りにしてくれると思う。
花恋からスタンプで返事が返って来た。かわいい三毛猫がおはようと目をこすりながら言っているスタンプ。いま起きたらしい。
「わかったよ。いってらっしゃい!」
その一言が返って来て安心した。
7時過ぎ。
学園の校舎は静かだった。俺は特進クラス、美月のクラスにいた。美月の席で参考書を開いて、問題を解いて待つ。
春の大会前とか、自主的に朝練を行う部活動の部員以外では、登校しているやつは稀だった。
俺と同じく、朝早く登校してきたやつが教室に入って来る。
「……よお、天宮」
「よう、高久。わるいな。こんな時間によびだして」
ばつが悪そうに、でも、高久はちゃんときた。美月の件をSNSで発言した張本人だった。
「いや、構わないよ。昨日の件だろう」
「そうそう、お前が皇樹をイジメてた件な」
言葉に、イラつきは隠せなかった。
「いまさら弁解はしないけれど、お前に言われると一番効く。天宮の原因も俺だってことがあるのかもしれないけど」
「お前はよくイジメの起点になるよな。ヒエラルキー高いんだから、発言に気を付けろよ」
高久は自分の席に座った。机をひとつ開けて、教室の前を向く。
お互いに目線を合わせる事は無く、静かに、なにも書いていない黒板を見つめた。
しばらくして、ようやく向こうが口を開いた。
「天宮のときは、嫉妬だった。図書室で、お前が俺に勉強を教えてくれてるのに、お前ばかり成績が伸びるし、俺はぜんぜん伸びなくてお前に・・・・・・あたったんだ。学校で残って勉強して、家ではおそくまで家庭教師、週に4回は塾通い。正直、しんどいよ」
「で、俺を無視したわけか。クラスのやつら全員で」
「天宮は勉強のできない俺たちを見下してるって言ったら、すごい変な空気になって。そのよどんだ空気が伝わって、クラスの他のやつらまでギクシャクしだしたんだ」
勉強ができる、できないという点でコンプレックスをもっているやつが多すぎるんだろう、このクラスはとくに。
「俺が教室はいるだけで、ピリッとした空気になって雑談がやんだりしたんだろ。あれ、マジで気持ち悪かった」
「悪かった」
「高久、そんな殊勝な態度とられても、罪は消えないから。それに、俺だけならべつによかったんだけど、美月は関係ないだろ。前回も、今回も、原因が一緒じゃないか。お前の発言だ」
高久のほうを向いて言う。高久は俺としっかり目を合わせていった。
「天宮も皇樹も、強いよ。皇樹に関しても、俺の軽率な発言が招いたんだ」
「俺で味をしめたわけじゃなくてか?」
「ストレス発散になっていなかったかと言われるとわからない。もしかしたら、そうかもしれない。なんでそんなこと言ったかって言われても、わからない」
高久に向かって、前のめりになっていた体を戻す。
一度、足を組み替えた。
「説明になってない。けど、実際のところそんな何気ない発言が原因なんだろうな。ただ、俺はそれで納得はしないから」
高久はじっと黒板をみつめていた。上を見上げて、重い口をあけた。
「皇樹に直接いわれた。わたしを無視してもいいけど後悔するって。そしたら、目の前でいじめの証拠の画像をネットにアップされて、やばいと思って手を伸ばしたら、天宮の妹に投げられて、地面に転がされた。最初、天宮の妹にも、皇樹にも腹が立ってさ、絶対許さないって思ってたんだけど、全部の原因、自分なんだよな。そう思ったらわからなくなって、天宮のことも皇樹のことも、なんでこうなったんだろうって後悔してる。皇樹には、もう関わらないでって言われたよ」
反省したように、思いつめながら話す高久。それでも、俺は言った。
「全部、お前が悪い」
「天宮なら、そう言ってくれるとおもった。だから、なんどでも言う。ごめん」
頭を下げられる。
「まぁ、べつに俺はいいんだよ。いま、ちゃんと登校してるし。それよりも、タイミング悪く転校してきた美月がかわいそうだ」
「皇樹のかわりに俺でもイジメてくれれば……」
高久がそんなことを言う。
「阿呆、そんな都合よくいくかよ。教室でひとりぼっちで浮いてる気持ち悪さって、本当つらいから。美月の場合、クラスに溶け込むきっかけさえつくれば、あとはなんとかする気がするんだよ。とりあえず、これから登校してきたA組のやつにひとりひとりに謝って、頼み込んでさ、美月が登校して来たら、漫画の転校初日みたいに美月を囲んで質問攻めにしたいって提案しよう。俺も手伝うからさ。だめだったら別の方法を考るぞ」
「……天宮、ありがとう」
「いや、お前のためじゃないし。勘違いすんな」
目の前で知り合いが困っていたら、助けたいと思うだろ、ふつう。
特進とかいう頭のいいクラスで、なんでこんな頭の悪いことやっているのか、俺にはわからない。やり方については、これが正しいとかはわからないけれど、なにもしないよりはましだろうと思う。
美月も転校生として、ちょっとだけ、ちやほやされたがっているように思えたし。
そんなタイミングだった。
2-Aのクラスに登校してきた女子が入ってくる。俺と高久が話しているのをみて、驚いた顔をしていた。
「おはよう。取り急ぎお願いがあるんだけど、いいか?」
手をふって、俺は元クラスメイトに頼み込んだ。
あとはもうノリと勢いっていう、いつものパターンにのせればどうにかなる。ホストがいつも言っている。ダメ元でやれば、案外なんとかなるって。
俺と高久はいっしょに、クラスメイトにお願いした。
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