第29話

「そう言えばバイトって基本的に何をするの?」


「なんか雑用って聞いたな、小麦粉混ぜたりするだけだって聞いたけど」


「へぇ~、てっきり接客だけかと思ったけど、厨房に入るんだ」


「あぁ、一応料理の基本は母さんから習ったし、大丈夫だと思うんだけど」


「藍原さんも一緒に働くの?」


「あいつは厨房は無理だから、接客するって言ってたな……あいつの母親が厨房に入れてくれないらしい」


「へぇー、以外だね、藍原さんって料理出来ないの?」


「まったくダメだな」


「言い切ったね……」


「まぁな……どうやったらおにぎりがまずくなるのか俺は説明して欲しかったよ……」


「そ、そんなに?」


「あぁ……まぁでも……料理なんて自然に覚えるだろ……あいつも女だし」


「お、なんか今日は藍原さんに対して優しいね」


「は、はぁ!? べ、別にそういうわけじゃねーよ!」


「本当にぃ~?」


「だからやめろ! そのニヤニヤ!」


 ニヤニヤ笑う直晄にそう言いつつも俺は自分が藍原に対して、優しい発言をしていることを理解していた。

 ついこの間までは藍原に対してけっこう厳しい事ばかり言っていたきがするが、ここ最近は無い。

 これも俺の心境の変化なのだろうか?

 だとしたら、なんで変化したのだろうか?

 すべてあの事件のせいなのだろうか?

 俺はそんな事ばかり考えてしまう。


「湊斗」


 俺が帰りの準備をしていると、藍原が鞄を持って俺の元にやってきた。

 

「そろそろ良い?」


「あぁ、行くか」


 俺はバイトに行くために藍原と共に教室を出る。

 しかし、出たタイミングが悪かった。

 バッタリ廊下で清瀬さんと会ってしまった。

「あ、春山君……と藍原さん、今帰り?」


「えっと……あぁ……今日はこいつのとこでバイトだから……」


「そうなんだ」


 笑顔でそう答える清瀬さん。

 なぜだろうか、この二人が一緒に居ると俺は何故かハラハラしてしまう。

 笑顔の清瀬さんに対して、俺の隣の藍原も笑顔で答える。


「そうなの、悪いけど湊斗の事、二日ほど借りるわね」


「借りるだなんて、私と春山君はまだそんな関係じゃないよ?」


「そう……なら良いけど」


「まぁでも……まだってだけだけどね……」


 二人とも笑顔で話しをしていた。

 そう、笑顔のはずなのにも関わらず、二人の目は少しも笑っていなかった。

 どうしよう……なんか凄く気まずい……。

 俺はこの場から早く立ち去りたかった、しかし二人の離しはまだ続いた。

 しかも二人共俺の方を向いて離し掛けてきた。


「ねぇ、春山君。今日は頑張ってね、アルバイト」


「お、おう……」


「湊斗、早く行きましょ、お母さん早く来て欲しいって言ってたから」


「わ、わかった」


 なんだこの重苦しい雰囲気は……。

 俺は藍原と共に清瀬さんの脇を通って藍原の両親が経営しているパン屋に向かった。

 てか、なんで俺がこんなに緊張してるんだ?

 別に誰とも付き合ってないし、やましい事をしてる訳じゃないのに……。


「はぁ……」


 俺は先程の重苦しい雰囲気から解放され、思わずため息を吐いた。

 

「どうしたの?」


「いや……別に」


 藍原はそんな俺を見て、不思議そうな顔で尋ねてきた。

 まぁ、このため息の半分は藍原のせいなんだけどな……。

 それよりも……やっぱり藍原変だよなぁ……こいつ、別れた後も俺が清瀬さんと仲良くしてると突っかかって来たくせに、今日は全然俺に突っかかって来ないな……。


「ねぇ、湊斗」


「ん? なんだよ」


「今度料理教えてよ……」


「は? なんだよ急に……」


「りょ、料理くらい出来ないと……その……モテないでしょ……」


 あぁ、そう言うことね。

 こいつもそろそろ危機感を覚えて来たのかね?

 それとも、母親に厨房に入るなって言われたのが効いたのかな?

 

「別に良いけど、お前は良いのか? 昔教えてやるって言ったのに、俺の説明は下手だから嫌だって言ったのはお前だぞ?」


「そ、そんな事言ってないもん」


「言ったっての、結構ショックだったからな……」


「え? あ……ごめん……そのときは」


 マジでこいつどうしたんだ?

 人が変わった見たいに素直だな……。

 てかなんか……やっぱりこいつって……可愛いんだな……。

 って! いかんいかん!

 騙されるな俺!

 こいつはいつもそうだ!

 油断すると痛い目を見るのはわかってるじゃないか!


「べ、別に良い……俺もその時、お前に覚えが悪くてお前には無理だって言ったしな……」


「ん……そう言えばそうだったわね……でも、言うとおりかも……」


「な、なんでだよ……」


「あの後、悔しくて自分で頑張って料理の勉強したの……結果は散々だったけどね」


「そ、そうだったのか……」


 全然知らなかった。

 藍原がそんな事をしてたなんて……。

 俺があんな事を言ったからなのかな……。


「今度教えてやるから、味噌汁くらい作れるようになれよ」


「ありがとね、そのときはよろしく」


「あぁ、任せろ」


 なんでだろう……なんで別れた後でこんなにもこいつとの仲が良好になるのだろう……。

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