第4話


 シィルスティングは問題なく使えることが分かった。神力の方も問題なさそうだ。


 問題なさそうというより、強力な部類に入ると思う。ロードにはランクがあるけど、これだと少なくともA級以上、マスターロードの域に達しているんじゃなかろうか。


 一般的にはA級が最高ランクと言われているが、実は上位陣の中ではそれ以上があることが知られていて、一般公開されていない情報ながら、S級、SS級、SSS級まで存在する。


もっとも、S級はともかく、SS級以上は本当に数えるくらいしかいないけども。SSS級なんて、父なる神であるウィル・アルヴァくらいのものだし。


 …必要ない設定だった気もするなぁ。どちらにせよA級以上は異次元の強さで、英雄戦士、マスターロードと呼ばれる英雄クラスの戦士だ。ランクを気にするような低俗な奴だと、そもそもそこに辿り着けない。


 いや、そうでもないか。上位のロードって結構、嫌な奴らばかりだった気がする。一部の害悪が記憶に残りすぎてるだけかも知れないが。


 まぁとにかく、シィルスティングの件はオッケーだ。十分に戦えることが分かった。


 次の問題は…


「……ここ、どこだろう?」


 辺りを見渡し、途方に暮れる。


 見渡す限りの荒野。川もなければ山もない。草木もさして茂っておらず、色褪せた草が生えた乾いた大地に、デコボコの岩があちこちに突き出している。


 後ろを見たら負けだ。そっちには焦土しかない。俺は悪くない。


 しかし、困った。近くに町はあるだろうか。どっちに行けばいいのだろう。何処かに街道でも延びていないだろうか。街道に辿り着きさえすれば、道を辿れば必ず町に着ける。人に会える。


 あるいは何処かに川でもないだろうか。川があれば、魚が漁れる。そろそろ昼時だ。お腹が空いてきた。


 とにかく、こんな所で立ち尽くしててもしょうがない。歩こう。進みさえすれば、いつかは辿り着ける。どこに? どこかに、だ。


 だってここ、何にもないんだもん。焦土はあるけど。どこ行ったって、ここよりはマシさ。鳥ももう飛んでこない。獣もいない。今思えばキラーラビット勿体無かったなぁ。


 腹を据えて、俺は真っ直ぐ歩き出した。太陽の位置から大体の方角に目星を付け、北東へ。ここがガルトロス大陸なら、東側に行けばなんとかなる。西は破壊神の支配領域だから行かない。怖いもん。


 

 このときはまだ、そのくらい気楽な気持ちでいた。

 

 

 

 

 三日後。

 

 グゥ〜〜……キュルキュル……。


「あぁ……ハラぁ減ったなぁ……」


 うう…ひもじいよぉ…。


 人間って、何日食わないと死んじゃうんだっけ。分からないけど、俺は今にも死にそうだ。


 リングから清流の精霊を取り出し、水を出してもらう。全身が透明な水でできた半裸の女性が、手の平からジョボジョボと零してくれた水に、顔を突っ込んでガブ飲みする。


 うめぇ〜! 水うめぇ〜!


「ふう。いつもすまないねぇ、清流の精霊さんや」


 それは言わない約束でしょ…とでも言わんばかりに、ニコリと微笑んだ清流の精霊が、リングの中に戻っていった。


 うう…。こんなことなら、ガムくらいポケットに入れとくんだった。というか、ポケットには財布もスマホもないけれど、俺っていつウィラルヴァに呼ばれてこっちに来たんだっけ。


 多分、家にいるときだろうな。夕方バイトから帰ってきて、母親からそろそろちゃんと就職して、結婚相手見つけろと小言を言われながら飯食って、風呂入って、部屋に戻って…。


 えーと、この辺りからちょっと記憶が曖昧だ。いつも通りだと、ポケットの中の物はベッドの上に放り投げるなぁ。ということは財布もスマホもベッドの上か。まぁ、持って来れたところで、なんの役にも立たないだろうけど。


 グゥ〜……。腹が鳴る。どっかにごはん落ちてないかなぁ。


 ああ、思い出した。それから一服しようと、タバコとジッポライター持ってベランダに出たんだ。だからタバコとジッポだけポケットに入ってるわけね。煙吸ったって空腹は満たされないから吸ってないけど。


 で、ベランダに出たら……そうだ。ベランダの外に、めっちゃ綺麗な女の人が浮かんでたんだ。


 まさに理想を絵に描いたような美人さんで、外国の人だった。


 綺麗なストレートの金髪で、瞳の色も金色。透き通るような白い肌に、華奢な体つきで、着ている服は、両側の太腿の辺りまでスリットの入った、裾がヒラヒラしたスカートに、上半身には胸当て…で間違い無いと思うけど、ヘソ出しルックの、繊細な装飾の施された軽装具に、背中には折り畳まれた、輝く黄金の翼。


 羽衣のようにして羽織った上着は、半分透けてて、まるで水に浮かんで揺蕩うように、ユラユラと風になびいていた。…風なんか吹いてなかったと思うけど。


 私的に例えるなら、俺の理想の女性像、まるで母なる神レーラ・クルーのような……。


 ……待て。母なる神レーラみたいだった?


 破壊神ルイス。

 父なる神ウィル。

 母なる神レーラ。


 この三神は、元々は一柱の神だ。


 すなわち、創造神ウィラルヴァ。


 ……………ちくしょおぉぉぉっ!? あれ、ウィラルヴァだったのかよ!? 軽く恋しちゃってたじゃないか!? 男の純情を弄びやがってあのクソ竜神!


 頭の中に思い出す美女の端麗な顔が、ふっ…と口の端を上げてほくそ笑んだように見えた。


 やり直しを要求する! 思い出した。あいつがあのとき、薄く微笑みながら手を差し出して、俺は思わずその手を取って……次に気がついたときは、この世界の始まりのあの場面に飛ばされていたんだ。


 俺は同意なんかしてないぞバカヤロー!


 グゥ〜……。


 あ、ダメだ…腹減った。力が抜ける。


 ヘナヘナとその場にへたり込む。


 とりあえず一旦落ち着こう。


 今大事なのは、ご飯に辿り着くことだ。


 おにぎり一個でもいい。メザシ一匹でもいいんだ。一杯のかけそばをみんなで仲良く分けても構わない。


 食わなきゃ死んでしまう。いくら強くても、シィルスティングいっぱい持ってても、今の俺には全くの無価値だ。


 キラーラビットのような、食糧にできる魔物でも出て来てくれればいいのに、この三日間で遭遇した魔物は、巨大なサソリ系の魔物がほとんどだった。奴の領域なんだろう。魔物というより、魔獣の可能性が高いが。シルヴァ君なら瞬殺だ。あんまり強くはない。ついさっきも一匹倒した。


 もしかしたら食えるかも?とか思って、千切った足を持って、じぃーっと見つめてみたものの…硬い殻の内側には、ドロッとした体液が……うん。これは食べ物じゃありません。これを食べちゃ負けな気がする。ていうかお腹壊す。食べちゃダメだ食べちゃダメだ食べちゃダメだ……。


 草は食えないだろうか。あちこちにいくらでも生えている、半分枯れた茶色い草。ススキみたいな感じだ。ちょっと硬い。口を切らないように気をつけて、お口に放り込んでモグモグと咀嚼する。


 苦っ! これ苦っ! 三秒で吐き出した。


 鳥も飛んで来ない。これだけ生き物がいない場所だ。鷹や鷲も棲息していないんだろう。こないだ見かけたアレが最後の一羽だったか、あるいはたまたま通りがかった渡り鳥か何かだったのか。


 キラーラビットを捕食していったあの飛竜は、もう飛んで来ないだろうか。今ならば勝てる気がする。ていうか勝つ。シルヴァを使って…いや、シルヴァじゃ勝てないか。曲がりなりにもドラゴン。言葉も話せない低級のドラゴンだとしても、この世界じゃ神族の末端だ。


あの飛竜も、巨大な成竜だったからには、少なくとも神獣に位置する、高位な存在だろう。最低でも七つ星…せめて六星くらいじゃないと、互角に戦うことすらできないはずだ。


 …うん。もう出てこないで下さい。てか見つかったらヤバくない? 三日間何も考えずに歩いてきたけど、あの飛竜どころか、あれ以上に厄介な魔獣に遭遇してもおかしくない。


 八星のシィルスティングを使えば、間違いなく撃退できるだろうが、こんなボロボロの状態で、制御できる自信はない。


 早いとこ街道見つけて、どこかの町や村に辿り着かないと。町に着いたらソッコーで飯屋に駆け込んで、ハンバーグとかオムライスとか、カレーとか牛丼……流石にこの世界にそんな食べ物は売ってないか。とにかく、なんでもいいから食べるものを……。


 ちょっと待て。


 お金がない! なんてこった、俺、一文無しじゃないか!


 愕然とする。


 おのれウィラルヴァ! シィルスティングなんて渡す前に、もっと大事なものがあるだろう! お金もなくてどうやって生きてゆけというんだ。


 くっ…こうなったら、何かシィルスティングを売って……いやいや、常発能力の兼ね合いがあるから、迂闊に手離すわけにはいかない。


 シィルスティングには、所有してるだけで腕力が上がったり、素早さが上がったり、あるいは魔法への適性が付いたり、耐性が付いたりなど、主であるリードに対し、影響力を持っている。


 逆にマイナス能力が付いてしまうものもあり、同じ常発能力ながら、そちらは制約と呼ばれて区別されている。あるいは、例えば泳げなくなるだとか、暑さに弱くなるだとか、デメリットとなる効果についても、制約に分類されている。


 マイナスの制約が付いてしまったものを、プラスの常発能力で補う。どれだけ強力なカードでも、考えなしに所有するのは危険を伴う。どのカードも基本的に、プラスとマイナス、メリットとデメリットの両面を持っている。


 …今現在、俺には制約で、総合的なマイナス補正は、かかっていないと思う。むしろ、炎と水のように反発する魔法を、両方とも使うことができたり、プラス補正の恩恵の方がデカい。


そういえば三日間、少なくとも昼間は歩き続けているけれど、向こうの世界にいた頃の俺だと、最初の半日でギブアップしてしまっていただろう。


 何か一枚でもシィルスティングを手離してしまうと、このバランスを崩してしまうかも知れない。


 そもそも、破壊神を倒すために、ウィラルヴァが授けてくれた力だ。お金欲しさに売り捌いたりしたら、どんな天罰が下るか分かったもんじゃない。


 一枚でも手離したら、済し崩しに売り捌いてしまいそうだもんなぁ…。俺ならやりかねない。情けないけど…。


 さらに半日。人の住む場所を求めて、あてもなく彷徨う。


 日が傾いてきた。広大な地平線に、ゆっくりとお日様が沈んでゆく。どこまでも広がる荒野が、オレンジ色に染まり、それは壮大な光景で、思わず見惚れてしまう……ほど、まともな精神状態ではない。


 東の空から、順に暗闇が訪れてゆく。輝く星々に、見たこともない星座が、視界いっぱいに鮮やかな風景を映し出す中で……


 お腹の鳴る音は、いつまでも収まることはなかった。




そしてその、僅か数十分後のことだった。


俺はこの世界において、最も重要な出会いを果たすことになる。

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