第12話 祝勝会と新しい目的と。

 招かれた家には、少し不釣り合いなくらい大きいテーブルがあって、たくさんの料理が並べられていた。パン、コーンスープ、サラダ、フライドチキン、ポークチャップ、ジンジャービーフ、ハンバーグ、フライドポテトにパスタ。


 そのどれもから、良い匂いがした。


 美味しそうだ。

 食材そのものはそこまで高いものじゃない。でも、手間暇かけて作られているのは一目で分かる。俺も料理するからってのもあるけど、それ以上に感じるものがある。

 迎え入れてくれた壮年夫婦は人の好い笑顔だった。

 ここでもいっぱい感謝されて、俺はちょっと戸惑う。


 俺たち世代は、最悪の世代と呼ばれていた。


 個人主義に傲慢を極めたせいで、俺たち《ヒーロー》は落ちぶれた。あちこちで敗北を重ね、そのたびに市民にも犠牲が出て、俺たちは罵倒されてばっかりだった。

 感謝なんてされなかった。

 されるはずがなかった。俺たちは平和を自ら殺したのだから。


「さぁ、召し上がってください」

「ありがとう」


 俺は言葉に甘えて、早速いただく。

 まだ揚げて時間がたっていないフライドチキンを一口。衣がさくっとしてて、味がしっかりついてる。中の鶏肉はふっくらしててジューシーだ。じゅわっと脂がしみ出してくる。

 ああ、これは美味しい。

 こんな美味いものは久々に食べた気がする。

 そりゃそうか。誰かの作った食べ物なんて、いつぶりくらいか。


 自分だけだと、どうしてもテキトーになるからなぁ。


 フライドチキンをしっかり食べてから、次はポークチャップだ。

 厚めの豚肉に、ちょっと甘辛なソースがすごく合う。これは……うん、そうだ。やっぱりさっぱり味のパスタと良く合う。


「美味しいな、本当に美味しい」

「でしょー? ママの料理はすごいんだよ! 魔法なんだよ!」

「ああ、まるで魔法みたいだな」

「もう、ハクトったら」


 恥ずかしそうに笑う母親は本当に幸せそうだった。子も、父親も。

 ああ、そうか。俺はこの笑顔を守れたのか。


 なんだ、あれだな。《ヒーロー》って、いいもんだな。


 他愛ない親子のやりとりを見ながら、俺は和んだ。

 一通りご飯を食べ終えると、少年――ハクトは俺にしがみついてきた。


「ねぇ、俺、将来は《ヒーロー》になるよ!」

「《ヒーロー》に?」

「うん! もう少ししたら僕に力があるかどうかが分かるんだ! だから、そうしたら、僕は《ヒーロー》を目指すよ!」


 ああ、そっか。もうすぐ儀式の年齢なのか。

 俺たち《ヒーロー》と《ヴィラン》は、二通り存在する。生まれながらにして力を宿している場合と、儀式の年齢といった、力を授かる器に成長したかどうかを確かめる儀式を通じて力を宿すか。

 俺やナポレオンは生まれながらにして力を宿しているタイプだったが、ヤスなどは儀式を通じて力を得たタイプだ。


 この両者に差はない。


 俺はぽん、とハクトの頭を撫でた。

 できれば、恵まれた《ヒーロー》になれますように、と願をかけて。

 今、正直に《ヒーロー》の数は足りていない。当然といえば当然なんだけど。善性に偏った町なら《ヒーロー》が生まれやすく、悪性に偏った町なら《ヴィラン》が生まれやすいからだ。

 それだけでなく、その町に強く縁がある場合、《ヴィラン》が《ヒーロー》になることだってある。その逆もそうだが。

 だから、一人でも増えてくれればいいな。


「そっか、待ってるぞ」

「うん!」

「さて、そろそろお暇しましょう。時間も時間ですし」


 ナポレオンが時計を確認していう。俺も時計をみると、良い時間になっていた。

 もう後方支援の仲間も到着しているし、順調に影響を広げていることだろう。町の復興も始まっているはずだ。


「それじゃあ、また」

「またね、シンさん!」

「ああ、またな」


 お互いに手を振って、俺とナポレオンは家を後にする。

 外はすっかり暗くなっていたが、町には明かりが豊富に灯っていた。道には割とゴミが転がっていたのに、もうすっかり片付けられている。

 町の治安が取り戻されたのを確認して大通りに移動すると、気配を感じた。


「鼠小僧か」

「はい。覚えていただきましたか」

「さすがにな。それで、何の用事だ?」


 鼠小僧は影の存在だ。なんの意味もなく姿を見せるはずがないくらいは俺も知ってる。


「はい。ちょっとトラブル発生でして」


 やっぱりか。

 それも、厄介な気がするぞ、これは。


「場所を変えた方がいいか?」

「そうですね。事務所を手配してあるので、そこで」

「事務所?」

「拠点みたいなものです」


 なるほど、理解した。

 町に所属する《ヒーロー》には、当然居住地が必要になる。影響力を効率よく発揮するためには、この拠点選びも重要なのだが、すでに手配してくれているようだ。

 まったく抜け目がないな。


 早速案内されると、レンガ造りの、三階建てアパート建築だった。かなり頑丈そうだ。


 なるほどな、複数の《ヒーロー》が一度に所属するにはちょうどよさそうだ。

 周囲を見渡しても、色々と便利そうだ。

 中も悪くはない雰囲気だ。調度品も揃ってるし、過ごしやすそうだ。


「コーヒーでも淹れますね」

「すまん、頼む」

「ありがとうございます」


 キッチンに向かうナポレオンを見送って、俺と鼠小僧はリビングに移動する。テーブルに腰掛けると、鼠小僧は壁の端に背中を預けた。


「ここなら防音もばっちりなので、お話できますね」

「みたいだな。それで? なんの用事なんだ?」

「もちろん。今後について、です」


 鼠小僧は人差し指を立てて言う。


「シンさんは今後、どうするかプランはありますか?」

「しばらくは防衛することになると思ってるぞ」


 ここは重要な拠点だからな。もう失ってはいけない。

 戦力がある程度揃うまでは、ずっと専属で防衛することになるだろう。


「守勢ですね」

「けど、他にはないだろ? ここは落とされるわけにはいかない」

「はい。その意見には僕も賛成です。しかし、守るだけではダメなのも事実です。一時的には維持ができても、やはりじり貧なのは変わりありませんし。ですので、しっかりと反撃の狼煙もあげていきましょう」


 どうやら腹に一案あるらしいな。

 俺は目線だけで続きを促す。

 分かったのか、鼠小僧は一つ頷いてから懐から綺麗に折りたたまれた紙を取り出す。広げたのは、地図だった。

 ちょうどこの町を中心とした一帯だ。

 マッピングスキルでも使ったのか、細かく書き込まれている。


「お待たせしました」


 ちょうどそのタイミングで、ナポレオンが戻ってくる。うん、コーヒーのいい香りだ。

 まだ湯気の立つコップを受け取って、俺は一口。スッキリした苦みだ。

 オトナのオイシイ、だな。


「これが今の勢力図です。我々は実にちっぽけだ」

「まぁ、そうだな」


 俺たち《ヒーロー》側が維持しているのは、大陸の端っこ、半島だけだ。

 このままでは、いずれ負ける。

 人口比も土地比も違い過ぎる。いずれ《ヴィラン》は圧倒的な大軍でもって攻めてくる。それこそ、焦土戦になるだろう。それが実現するまで、あとどれくらいの年月か。


 改めて見せつけられた気がした。


 ちょっとその場の勝利くらい、もう《ヴィラン》は気にもしないだろう。

 それほどの差がもう出来ているし、その差が埋まることなく、進んでいる。


「それでも保っていられるのは、土地柄的に堅牢だから、だけではありません。各地で我々のような《ヒーロー》側勢力がゲリラ的に抵抗しているからです。だからこそ、《ヴィラン》側も戦力をある程度分散せざるを得ない。もちろん油断も大きく関与していますが、もっとも大きい要因です」

「ふむ」

「その一つが、ここ。ジェフリーモンマスの丘陵地帯。ここに築かれた砦を中心とした要塞都市の主、ガウェイン卿が治める勢力。我々と最も近い抵抗勢力です」


 というか、交易がある勢力だな。

 彼らも最悪の時代を乗り越えて生き残った《ヒーロー》の一群だ。交易ルートが限られているせいで、物資のやりとりはそう多くないが、互いの位置は互いを守るようになっていて、かなりの友好関係を築いている。

 確か、ガウェインも鼠小僧と同じ世襲制だったはずだ。つい最近、三代目に代替わりしたと聞いている。


「この勢力をまず取り込みます」

「簡単に言いますけど、厳しいですね。ジェフリーモンマスを取り込めても、結局兵は動かせませんよ?」


 即座に反駁したのはナポレオンだ。

 彼女は地図に指を落とす。


「我々とジェフリーモンマスは、《ヴィラン》でも簡単には手が出せない凶悪な魔物が棲息する深い森で繋がっています。交易路はこの危険で細い道しかない。それ以外は《ヴィラン》に囲まれています」


 その危険を安全にすりかえて、俺たちは交易していて、ひどく頼りない生命線だ。


「そう。ハッキリと要塞都市でなければとっくに陥落していてもおかしくない。でも逆に考えてください。それだけ戦闘経験を経た歴戦の猛者たちばかりですよ、ここは」

「そうだな。ジェフリーモンマスを解放するためには、ジェフリーモンマスの背中の麓、アプルニアと正面の麓、セルドニア、どちらも占領しなければならない」


 その中でも重要なのは、アプルニアだ。

 この背後を取る都市が奪われたせいで、ガウェインたちは身動きが取れない。

 アプルニアと俺たちは大裂溝帯のおかげで断絶されていて、ほとんど関係がないのだが、だからこそ、ジェフリーモンマスが集中攻撃を受けている。


「ええ。ですから、まずはアプルニアを解放します。その町を牛耳る《ヴィラン》は――ご存知ですね?」

「知ってるよ。《ヒーロー》から《ヴィラン》に鞍替えした能力者――」


 ――《人間失格》のオサム・ダザイ。


 かつて、《ヴィラン》の巣窟と化した大都市――最悪のダウンタウンをたった一人で制圧した、脅威のS級の能力者だ。


「はい。彼を攻略します」


 にも関わらず、鼠小僧は堂々と宣言した。

 おいおい、マジかよ。







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