第4話 覚醒

 そう。これは生きるための戦いだ。


 どくどくと鼓動が、若かりし頃のように高鳴り、全身に力が巡っていく。

 呼吸が楽になる。身体が空気のように動く。

 俺は顔を上げて、ゆっくりと上半身を起こしてから、自分の状態を確認する。いったい、どうなったんだ。俺は。

 みんなの力を授かって、大きな変化があったのは分かるが――。


 ――《ヒーロー》にしろ、《ヴィラン》にしろ、力を授かれば必ずスキルを手にする。それは《個性技能パーソナルアビリティ》と《修練技能アクティブスキル》だ。

 一つ目である《個性技能パーソナルアビリティ》は、力の元である偉人の影響を強く受けた特殊な技能で、身分や功績、性格などによって抽出されて与えられる。中には偉人の一族でなければ引き継げないものや、偉人特有の固有技能まである。


 その数は三つ。


 俺の場合は、


 ――【武士の直感もののふセンスEX】

 自分の一定範囲全ての攻撃を最速で感知する索敵能力。不意打ち無効。不可視攻撃無効。思考速度三〇〇%上昇。恩恵として攻撃時のモーションを半分に短縮し、敏捷性一二〇%上昇、防御力一二〇%上昇を付与。物理、魔法に関係なく攻撃威力を一二〇%上昇させる。また、能力発動時、身体能力の全てを三〇〇%にする。


 ――【武芸百般マルチマスターEX】

 一度でも手にした武器の修練度を最大まで上昇させる技能。恩恵として【刀剣術】【槍術】【斧術】【射撃術】【弓術】の《修練技能アクティブスキル》を最大値まで上昇させ(未収得の場合も取得する)、クリティカル率五〇%上昇、武器攻撃威力一二〇%上昇。


 ――【第六天魔王の征統後継者イビルクラウン】※織田信忠専用技能

 織田家の血族技能の最高峰。闇属性と炎属性の二重属性を持つ《闇火》を習得し、修練度最大値まで上昇。消費魔力が五%増えるが、炎属性の攻撃威力を二二〇%上昇させ、延焼効果(一定時間ごとに最大ダメージの一〇%追加)の継続時間延長、鎮火されにくくなる。また、聖属性の修練度を最大値まで上昇させ、消費魔力が七%増えるが、聖属性の攻撃威力を二三〇%上昇、効果範囲と効果時間を二五%拡大。闇、火、聖に対して絶対防御を持つ。


 ――【???】※織田信忠専用技能

 隠しスキル。条件未達成のため未開放。


 って、四つ目……? しかも条件未達成って。いやいやそれ以前に、スキルがめちゃくちゃ強化されてるぞ!? これは、とんでもない威力になる。

 しかも《修練度技能アクティブスキル》がとんでもない数になってるし、ほぼ武器系統の技能は揃ってる上に技能修練度が最大だ。


「これは……」


 武装も一新されている。基本的に俺は太刀と銃が武装だが、どっちもとんでもない性能になっている。


 【へし切り長谷部三式 《極》】

 太刀。片手用刀剣最強の攻撃力を誇り、一太刀で三つの斬撃を放つ。織田家血統者が装備すると武器攻撃力三〇〇%上昇、クリティカル率二〇%上昇する。

 【片手用六連式竜騎短銃 《極》】

 六連装リボルバー式拳銃。射程を犠牲に威力と取り回しを増大させており、近距離から中距離で威力を発揮する。六発撃つと約三秒のリロードが発生する。織田家血統者が装備すると武器攻撃力三〇〇%上昇、クリティカル率二〇%上昇、リロード時間短縮(一秒)。


 まるで嘘みたいな性能だ。

 それだけじゃない。新しく装備している朱色の外套も尋常じゃない。


 【朱漆天魔南蛮外套】

 全属性の魔法と物理攻撃のダメージを八〇%減、呪い、毒無効、敏捷性二〇〇%上昇、魔法威力を三〇〇%上昇、消費魔力五〇%減。特殊技能【黒天結界】を展開可能。


 いや、やっぱり、な、なんだこれ……⁉


 どうやら一三二名分の魂と力を一度に授かったせいで、全ての性能が飛びぬけて上昇したようだ。むしろそうとしか考えられない。

 今なら本当になんでも出来そうだ。

 すっかり傷も癒えている。むしろ全盛期の頃よりも体が軽い。


 だが、ここで調子に乗るな。


 老練した経験が、制止してくる。

 そうだ、その通りだ。力に溺れるな。力を驕るな。

 今の俺の役目を、果たせ。《死ぬために戦うな。生きるために、戦え。》


「なんだ……? まだ生き残りがいたのか」


 褐色の男がギロリと睨んでくる。

 ついさっきまで、呼吸にさえ影響出してくる威圧が、まるで消えていた。これは俺が強くなったからだろう。

 俺は何の躊躇いもなく立ち上がる。

 力を、確かめないと。


「どこのどいつか知らんが……死ねぇ!」

「【黒天結界】」


 再び《ヴィラン》が矢を投擲してくる。だが、俺の前に生み出された黒い靄が受け止め、相殺して消える。

 僅かな沈黙。

 なるほど。【黒天結界】とは、自分の防御力の一〇倍までは防ぎ、それ以上の破壊力は自らを犠牲にして破壊力ごと消滅する技能か。

 ほとんど絶対防御に近いな。

 難点は結界が消滅した場合、クールダウン時間が発生するため、連続使用は難しいというところか。


「……なんだ、と?」


 驚愕する《ヴィラン》に向け、俺は剣を抜く。

 膨大になった魔力を注ぎ込み、腰だめに構えた。


「今度はこっちの番だ」


 武器の修練度や属性の修練度が最大になったことで、様々なスキルがある。その中でも、俺は聖属性で最大のものを選んだ。

 相手はあの《ヴィラン》だけじゃない。何百という《ヴィラン》がやつの後ろに控えている。そいつらも始末しておきたかった。

 一三二名の遺志を継いだんだ。ここで絶対負けられない。

 だから、出し惜しみはなしだ!


 くそったれジジイども。力を借りるぞ!


「【聖極雷浄世界波陣セイント・プルーム】」


 横薙ぎに、剣を穏やかに振るう。


 刹那。

 

 うっすらと青く光る白い斬撃が、扇状に広がりながら三つ、波状となって《ヴィラン》たちを襲い掛かる。

 ――暴。

 と、一陣の風が吹き荒れると、音もなく純白の稲妻が周囲に咲き乱れ、世界を白に染める。次の瞬間には次々と轟音が響き渡り、地面が揺れた。


 な、なんだこの破壊力は……


 破壊が過ぎ去った後、周囲は白煙に満たされ、大半の《ヴィラン》たちが駆逐されていた。文字通り、灰になっている。

 だが、肝心のSヴィランは健在だ。クロスアームガードの姿勢で耐えきっている。ダメージもそこまで通っていない様子だ。

 この破壊力からして、あれだけのダメージで済んでいるのはおかしい。何かあるな。


「この《神性》もちのオリオン様に……そんな光が通用すると思うなっ!」


 そういうことか。

 確かにその技能があれば、聖属性の攻撃を弾く。だったら……――


「くらえぇぇええええ――――っ! 《アルテミスの矢》っ!」


 俺が行動に出るよりも早く、《ヴィラン》が攻撃を仕掛けてくる。

 周囲に生み出されたのは、数十もの銀の矢。

 俺が目を細めると、《観察眼EX》と《分析眼EX》が発動し、矢を解析する。


 ――《必中》《必殺》《貫通》《追尾》《神性》が宿ってる。


 もう何がなんでも当てて、命を奪うことに特化した矢だ。

 一つ生み出すだけでも相当な魔力を消費するはずだが、物ともしていない。さすがS級の《ヴィラン》だけあると言えるだろう。

 銀の軌跡を残し、数々の矢が直線的幾何学的な軌道を描いて迫ってくる!


 が、遅い。


 俺の技能【武士の直感もののふセンスEX】が発動し、知覚が極限にまで研ぎ澄まされ、俺は迎撃に出る。

 一振りで三つの斬撃を生み出す剣で次々と俺は矢を撃墜していく。高められた敏捷性と、攻撃モーション半減の効果は凄まじく、余裕で全部撃ち落とせた。


「なっ……!」


 驚きによろめく《ヴィラン》。そこへ、俺は銃口を向けた。

 聖属性が効きづらいなら、こっちだ。

 銃口に、黒い煤のようなものを纏った炎が渦を巻いて終結する。

 織田家血統者にしか使用が許されない、《闇火》だ。闇と炎属性の修練度が掛け合わされているせいか、凄まじい威力になっている。さっきの技よりも、これは強い!


「今度はこっちの番だの」

「くっ……!」


「俺には百人を超える遺志を受け継いだんだ。そいつらの弔い、受けてもらうぞ!」


 俺は引き金を絞る。


「【緋咎闇滅火焔砲ブラッディ・フレア】」


 ――どぉっ!


 腕が跳ね上がる反動を残し、赤黒い炎は一抱えもある大きさの弾丸となって《ヴィラン》へ直進する!

 同時に、《ヴィラン》も両腕に稲妻を迸らせ、迎撃に出る。


「なめんなっ! このクソジジイがぁああああああああ――――っ!!」


 喉を潰す勢いで叫びつつ、両腕を突き出して弾丸を受け止め――


 溶けた。


 衝突は本当に一瞬だ。稲妻を呑み込み、腕を《闇火》が持つ圧倒的な重力によって渦に巻き込んで捩じり切り、溶かす。液体だったのもほんの僅かで、今度は膨大すぎる熱量によって蒸発していく。


「んなっ……!?」


 両腕を失った《ヴィラン》に、炎の弾丸が襲い掛かる。

 断末魔をあげる暇などあるはずもなく、炎に包まれて煤となって消えていく。

 恐ろしい《闇火》の弾丸は、《ヴィラン》の全身を文字通り消炭にしてから消滅した。


 沈黙がやってくる。


 戦いの終わりを告げる、静寂だ。

 俺はゆっくりと銃口を下ろす。変わり果てた村と、消え去った脅威の残滓のような熱を帯びた微風を浴びて、その場に膝をついた。


「くそったれが……」


 怒りだ。

 これは、明確な怒りだ。


 長年連れ添ってきた仲間を失った怒り。

 長年かけて拓いた平和な村を失った悲しみ。

 そして、理不尽のような暴力ども。


 《死ぬために戦うな。生きるために、戦え。》


 ああ、そうだ。そうだよな。

 俺の中に入り込んできた、くそったれのジジイどもが訴えてくる。

 そうだ。

 俺は生きるために戦う。


 そのために、もう一度、《ヒーロー》として立ち上がる。


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