37 修学旅行で泊まったホテルで


私は幼稚園生の頃から妖怪が大好きで、

小学生に上がる頃にはすっかり

怪談やオカルト、ホラーにのめり込んでおりました。



読む本、見るテレビ番組どこをとっても

心霊にまつわるものばかり。



かといって肝が太いわけではなく、

年相応の恐怖心を持ち合わせていましたから、

夜眠れなくなってしまうこともしばしばありました。



それでもなお、

「幽霊が夜中出てきたら…。」

「今、突然金縛りにあったら…。」

なんていう風に怪奇現象に遭遇することを夢見て、胸を踊らせてしまっていました。



霊感があまりないために、

焦がれているわりには、直接的に怪異に遭遇するということがなかったです。


無垢な小学生の時分には、

好きなのに体験できない、あちらの世界に関わりを持てないことに対して、落胆しておりました。



こんな私が中学生に上がる直前、

ちょうど大人へと向かう階段へ一歩足を踏み入れようとした小学校6年生の時。



私はとうとう、怪奇現象に遭遇しました。



先に言ってしまいますと、私はオカルトを嫌いにはならなかったものの、

あんなにも待ち望んでいた怪奇現象に対して、

「二度とごめんだ。」と思ってしまったのであります。





小学校最後の思い出づくりである修学旅行に行ったのは、最終学年の6年生の時でした。



行き先は奈良県と京都府。



最初に奈良にお邪魔しまして大仏などを見て回り歴史を学び、そこから京都へ移動しました。



グループに分かれ、子供だけでタクシーに乗り、京都の街並みを散策して、職業体験として和菓子づくりをしたりと、趣ある体験学習をさせていただいていました。



角度が急な坂道沿いには、隙間なくお土産屋さんが立ち並び、

初めて食べた生八つ橋に感動したり、ちりめん細工の美しさに見いって少ないお小遣いを工面して買ったりと、それはもう京都の観光を満喫しました。





一日の終わり、私達は先生に連れられて宿泊施設に向かいました。



そこは、入り口のみ入母屋屋根が備えられた立派な和風建築なのですが、

中に入るとうってかわって、和の情緒などほとんどない、

エレベーターが完備された現代的な大型ホテルでした。



引導の先生の号令のもと、赤い絨毯が敷き詰められた広いエントランスに整列して体操座りになり、そこで宿泊する際の注意事項を聞きました。



他の宿泊客もいるので静かにすること、21時には寝ることなど、基本的なルールを話したあと、先生がお知らせがあると言ってこんなことを話し始めました。





「さっき、O君が熱を出してしまったので彼だけ別室にいます。体調が悪い人はすぐに言うように。」



人気者な彼の突然の体調不良を知らされて、私達はざわつきました。



彼は普段スポーツ万能で外で遊ぶことが多い快活な少年で、学校にいるときも体調を崩したなんてことは聞いたことがありませんでした。




タクシーでは学校で言い渡されたマナーにのっとって運転手さんに気を遣ったり、

慣れない坂道を登りおりしたり、体験学習のあとは提出用の宿題をまとめねばなりません。


頭と体を使いましたから、非日常に疲れてしまったのかなと思いました。




ただ、心の隅では少しだけ、

「そんなひ弱な子じゃないと思うんだけどな。」といった違和感を感じていたのを覚えています。





そこから宿泊するグループに分かれました。


男子と女子は当然に分かれます。

上層階が大人数部屋専用になっているので、

確か5階を女子生徒が、6階を男子生徒が貸し切りさせていただいてました。


人数があまり多くない学校でしたので、

男子も女子もそれぞれ二グループにだけ分かれました。



私はAグループ、親友のHちゃんはBグループ。

仲のいい友達がいない班でしたので、分かれることが少し悲しく感じていたのを覚えています。




グループに分かれたあとは順番に

建物の真ん中にあるエレベーターに乗って、客室に行きました。



降りてすぐ左に曲がると壁に突き当たります。


そこから左右に客室並ぶ廊下がのびていて、

2つの部屋が隣り合わせにありました。

Aグループの私は左に、Hちゃんは右にある大部屋に行きました。



私達がばらばら部屋に入っていくと、監督の先生が私達の部屋に向き合う形でパイプ椅子を置き、どかっと座ります。



夜間騒がないように見張るのだそうです。




先生が部屋の外で見張っていることに窮屈だと感じましたが、私のいるAグループには気が強い子が何人もいましたので、

何かあっても安心だなと、私は部屋に入りました。





重たい鉄製の外扉を開けますと、広めの玄関があり、入ってすぐに靴箱、右手に少し行ったところへトイレと簡単なシャワー室と洗面台がありました。

玄関通って襖を開けたところが畳敷きの居間であります。



私達は居間にどかどか荷物を下ろし

リーダーの仕切りによって、

大浴場に行きました。


戻りますと畳しかなかった部屋に

規則正しくびっしりと布団が敷かれておりました。




家では見ることが出来ない光景に私達は大はしゃぎ。


そして、リーダーが「枕投げやろう!」と発案したのをきっかけに、各々枕を掴んで投げ合いました。


チームを作って戦った訳じゃない、

審判がいるわけではないので勝敗も分からない、他のお客さんに迷惑になるからと、大人しめにやった枕投げ。



派手さはないものの、普段出来ない遊びに私達は、きゃっきゃ言いながら楽しんでいました。



すると、突然にピンポーンとインターホンが鳴りました。



「先生かな?」

「えー、でも9時じゃないし、そんなにうるさくしてないけどな。」

と大人しくなった私達をかき分けて、

リーダーとサブリーダーが玄関に行きました。



襖の隙間からこそっと見ると、

そこにいたのはBグループのHちゃんともう一人。


どうやら隣の部屋には声が響いていたらしく、「きゃーきゃーうるさいよ!」と怒る声が聞こえてきました。


リーダーは勝ち気な子で

「そんなにうるさくしてないじゃん!まだ9時じゃないのに何!?」と応戦したので、

玄関先で言い争いが始まりました。


タイミングが悪く、こんな時に限って見張りの先生が不在だったのです。


さすがにまずいと思って仲介に入り

それぞれ引き離しまして、

仲のいいHちゃんに謝りました。



Hちゃんの怒りはおさまらず、

「べつに朋ちゃんが謝ることじゃないよ。

 だけど声が響いてうるさかったんだよね。」

とむっとした顔で帰っていきました。





私が部屋に戻る頃には5、6分経っていたと思いますが、リーダーの怒りはおさまっていませんでした。



「そんなにうるさくしてないよね。」

「先生は9時って言ってたのに。」

など文句は言っていましたが、

うるさい自覚があったらしく、

彼女の呼び掛けで枕投げは中止に。


そして、まだ9時前だけど寝ようということになり、私達は布団の中に入りました。




ただ、「真っ暗なのが怖い。」という子が数名いたので、9時になるまで電気をつけておくことに。



煌々と蛍光灯が灯り、部屋全体が明るいというのに、私達は話すこともせず、静かに横になっていました。



部屋に戻るのが一番遅かったので、私は部屋の一番下手側、襖の近くに敷かれた布団で横になりました。





しばらくして、ぽつぽつと寝息が聞こえはじめた頃。






ドンドン……ドンドン……







ドアをノックする音が聞こえてきました。




まどろんでいた私達はしばらく状況が読み込めなかったのですが、止まぬノックに徐々に目を覚まし、ざわつきはじめました。




「ねえ。ノックの音聞こえる。」

「なんだろう?先生かな?」

という言葉が出た時に、リーダーが立って出ようとしましたが、

ある子が「隣の子が何か言いに来たんじゃない?」と言ったのを聞くと、その場に座り込んでぐっと口を結びました。



その間も鳴り止まぬノックの音。



一番玄関に近い私には、

その音がだんだんと大きくなっていることが分かりました。



ドンドン!……ドンドン!……


2回打って少し間を空けて、また、2回打つ。


それをなんども繰り返しているのです。





「なんなの!?」

「しつこいね。」


寝ようとしたときに起こされたこと、

ついさっき喧嘩をしたばかりで気が立っていたのもあってか、部屋の空気が悪くなっていたので、私は耐えきれず「出るね。」と声をかけて襖を開けました。




玄関に出ると、その音が余計に強く感じられます。



外扉を強く叩いているらしく、重い金属特有の鈍い音が響いていました。





(うるさいなあ。いったい誰かな。いたずらにしてはだいぶ悪質だよね。先生は何してんだろう。)




私はドアノブに手をかけて、ガチャリと引きました。




が、そこには誰もいませんでした。



いや、正確にいうと、見張りの先生が少し離れたところに座っていたのですが、ドアを叩ける位置には、誰もいなかったのです。






椅子に座り、腕組みをしていた先生は、私に気がつくと顔を上げて腕時計を確認しました。



先生が何か言う前に、私はすかさず尋ねます。



「先生、今、部屋に誰か来ましたか?ドアを叩いている人を見てませんか?」



先生は思わぬ質問に驚いたらしく、目を丸くすると、珍しく歯切れ悪そうに「いや、誰も。」とだけ答えました。



私は「そうですか。すみませんでした。」と言って部屋に戻り、ようやくそこで鳥肌が立ったのです。




先生は真面目な人で、ふざけるような人ではありません。

ましてや、嘘をつくこともないでしょう。



ドアは確かに叩かれていたはずなのに、誰もいなかった。


このおかしな状況が現実のものだと知り、私はゾッとしたのです。





襖を開けて部屋に戻ると、口々に「どうだった?」と聞かれたのですが、私は上手く答えることができませんでした。



ただ、「誰もいなかったよ。」と言うと、小さな悲鳴が上がりました。



怯える子を見てリーダーがきっとした顔をして、「あのね。ここは大きなホテルだから反響があるの!きっと男子がうるさくしたんだよ!もう寝よう。ね?」と気丈に言いきってくれたので、私達は安心してまた布団に入りました。





さっきまで冷や汗が出るほど怯えていた私は、(そっか。反響であんなにも音がするんだな。)とすっかり安心しきって目を閉じました。






その数十分後。








タンタン……タンタン……




微かに、音が聞こえてきました。





タンタン……タンタン……





2回だけ打ち、少しだけ間を空けて、また。

私は寝たまま目を開けて、音がする襖を眺めました。


(嘘、だよね。)

ですが、確かに襖から音がするのです。




タンタンッ……タンタンッ……





その音は徐々に、徐々に大きくなっていました。

この時にはもう、寝ていた子も身を起こして、音が鳴る方へ注目しています。




そしてー




バンバン!バンバン!



今までより一層強い力で襖が叩かれました。


一番近くにいる私には、その襖が音に合わせて大きくしなっているのも確認できました。



勘違いじゃない、確実に、たった今襖の向こうにいる何かが、強い力で叩いているのです。





本当に驚いたとき、人は悲鳴もあげられないのですね。




皆、息を飲み目を見開き、中にはがっしりと友達同士で抱き合って、すっかり怯えきっており、誰も声を出すことも、動くこともできませんでした。






今にも打ち破らんと揺れる襖に、とうとう我慢ができず、私は手をかけました。




制止する声もあったかもしれませんが、極限状態にあった私には、周りの声は聞こえておらず、とにかくこの状況から抜け出したい一心で、バンバン!という音の最中に、勢い良く襖を開けてしまったのです。





が、そこにあったのは、電気のついていない真っ暗闇の玄関のみ。




人の姿など、どこにもなかったのです。





何もないことを確認してからも、私達は動くことができませんでした。





皆、呆然として、何も考えられなかったのです。




たしか、リーダーだったと思います。

「もう、寝よう。」と言ってくれたおかげでようやく体が動かせました。





みな、静かに寝支度を整えて眠りはじめました。

ただ、さすがに2回も妙なことがあったせいか、さっきのようにすんなりと寝息は聞こえてきませんでした。


疲れていて寝たいのに、目がさえてしまって眠れない。

そんな状態です。



そこからまた、2、30分した頃、インターホンが鳴りました。


ただ、この時、ノックと違ってドアの向こうからHちゃんの声が聞こえてきたので、私達は少し安心していました。





「もうなんなの!」とリーダーが怒ってドアを開けると、やはりそこにいたのはHちゃん達。




彼女達はずかずかと部屋の中まで押し入って、

部屋をぐるっと見渡し私達を睨み付けてこう言いました。






「さっきからドタバタドタバタうるさいんだよ!何時だと思ってんの!?」




私達はぽかーんとしてしまいました。



たしかにノックのことがあった時、

ひっと悲鳴を上げた子もいましたが、

そんなに大きな声はあげていません。


それに、先程書いたように、みな本当に肝を冷やしてしまって固まってしまい、体を動かすことができませんでした。



それだけ、私達の部屋は静かでした。



にも関わらず、隣の部屋には、ずっと、部屋の中をドタバタ動き回る音が聞こえていたというのです。





 




そこから先のことはよく覚えていませんが、たしか、リーダーが何か安心できるような声掛けと、寝る号令をかけてくれたおかげで、その後何事もなく、ようやくぐっすり寝むれたんだと思います。





翌朝になっても疲れはとれておらず、折角出された、朝食の日本料理の味が砂のように感じられました。


 




ただ、ノックが近づいてくるという体験でしたが、今までもこれからも、これを越える怪奇現象に会うことはないだろうと、思っています。




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