32 指紋


新型ウイルスが猛威を振るう昨今。


医療現場では特にその影響が出ていると、

ニュースではひっきりなしに報道されています。


早く終息することを願ってやみません。


回復期(リハビリ)病棟で

理学療法士として働くAさんから

こんな不思議な体験を伺いました。


Aさんが働いている病棟では、

現在、一人部屋の病室を隔離部屋に

しているそうです。


その一室に、

80代前半のBさんという女性が

入院されていました。


その方はもともと骨折でこの病棟に来ており

3ヶ月ほどリハビリをして

そろそろ自宅に戻れそうだといった矢先、

感染症にかかってしまい、

隔離室へ移動することになった…。


そんな経緯をお持ちの方でした。



Bさんのリハビリの担当がAさんです。


彼女は感染症さえ治れば退院することが出来るので、体力を落とさないことに重点をおいた運動をしてもらっていました。


感染症があると外には出られませんから、

リハビリはBさんの病室で行っています。




ある日の昼間、

いつものようにAさんはBさんのリハビリをしに病室へ訪れました。


特に変わりもなく運動を終えて、

Bさんの部屋から出たAさん。



振り向いてドアを閉めようとしたとき、

ドアに妙な違和感を覚え、

動きを止めました。



病室のドアは、

木の柄がプリントされたもので、

木材と違い、表面がつるつるとしています。


他は一般的な病室のドアと同じで、

大人の目線ほどの高さに小さな四角い小窓が

ありました。



昼ということもあり、

差し込んだ日光によって

つるつるとしたドアの表面が反射し

光っているのですが、

何故か小窓の周りだけ光っていないのです。



光っていない部分はちょうど、

小窓を中心として

四角錘の展開図のような模様になっていました。



「あれ?」と目を凝らし、

それが何かはっきりと見えたとき、

Aさんはぎょっとしました。



その光っていない部分の正体は

密集した指紋の跡でした。



Bさんは、移動するにも看護師さんの手が必要で、一人で勝手に外に出ることはありません。


いたずらにしては意味が分からなすぎる。


それに、

病院のため定期的に掃除に入っていますから、

ドアがこんなに指紋だらけになるほど

汚れが放置されることはあり得ないのです。





「本当に、それだけの話なんです。」

と、Aさんは話をしめました。



「それは妙な体験ですね。

 失礼ですが、その病棟では心霊現象や

 噂などがあったりしますか?」


こんな失礼きわまりない質問に、

Aさんは「それはないです。」と

きっぱり否定されます。



「回復期病棟ですので、

 ある程度症状が落ち着いた方が来られます。

 亡くなられる方は、

 ほとんどいらっしゃいません。

 Bさんの病室だって、

 10年前に改装して造られたもので、

 いわくなどはないんですよ。」



そうだとしたらいったい何故、

と思うところですが、

Aさんは一つ思い至るところがあると

言います。



「私が今いるC県では新型ウイルスの

 警戒レベルが最高なんです。

 だから、もちろん家族の面会は

 出来ないわけで…。

 Bさんは3ヶ月で退院できるところ、

 それが延びて4ヶ月近く入院し

 その期間家族に全く会えていないんです。

 Bさんは家族思いの方なので、

 家族のことを思って時々泣いてしまう

 ことがあります。

 ですから、私が思うに、

 Bさんの帰りたいという気持ちが

 生き霊となって外に出ようとしたの

 かなって。」





家に帰りたい、でも、帰れない…。


その切なる気持ちが形となって、

小窓から腕をだし、

ぺた、ぺた、と手すりを探って

いたのかもしれません。





Bさんのように帰りたくても帰れなかったり

会いたくても会えない人を

思っていらっしゃる方は多いことでしょう。



一日も早く世が落ち着いて、

大切な人と気がねなく会える日々が

訪れんことを願うばかりです。















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