実家で祖母の話を聞いた ーあの桜の木でー

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このお話はご遺族のこともあるため、

若干のフェイクを入れ、

ぼやかした表現を用いさせていただきました。

ご了承くださいませ。


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一つ話に区切りがついたので、私は何気なく外を眺めていました。

怪談好きの私ですが、少し疲れが出たので、気分を変えたかったのです。



「朋、あそこの木、見えるか?」



祖母は私にそう声を掛けると、ある方向を指さしました。





レースカーテンを左右に振り分けた窓からは外の景色がよく見えます。


我が家から公園まではまっすぐ伸びた歩道があるのですが、

その道は桜の木が等間隔に植えられた並木道でありました。



祖母が指をさしたのは、道の先、三又に分かれる丁度角のところに生えた1本の老木でありました。


それは厳密に言えば老木ではないのかもしれません。


しかし、他の桜の木は真っすぐと太い幹で、枝を天に向かって伸ばして瑞々しい葉を日光で輝かせているのに対し、

その木だけは、幹がねじれており他の木より背が低く、一つの太い枝がぐっと横に伸びてなんとも歪な形であり、生えている葉もどこか黒くくすんでおりました。


木に詳しくない私からすれば、その木の佇まいが杖をついた老人のように見え、老木だとしか思えないのです。



昔、犬を飼っていた時には散歩のコースでその木の側を通ったのですが、

枝が横に伸びているせいか頭上に妙な圧迫感があり、いつもきまって視線が下に向いてしまい、

その木から離れるまでは地面を見て歩いたのを覚えています。



家から少し離れた位置にあるその木は、中指ほどの大きさにしか見えないのですが、ぱっと目につきました。




「うん。見えるよ。あの木がどうしたの?」


私がそう返すと、祖母は目を細めてゆっくりと口を開きました。




「昔な。あの木でな、人が首を吊って死んだんよ。」



穏やかな口調で語られた突然の告白に、私は頭の中が真っ白になりました。


「え?」



困惑する私に、

祖母はあの木で起きた事件と、

自身が体験した奇妙な出来事を教えてくれました。









今から約数十年前のことです。


その時にはもう祖母は東京から今の土地に移り住み、一軒家を構えていました。



社交的で近所付き合いが上手な祖母が、当時一番仲良くしていたのはAさんという女性。


Aさんとは夫婦ぐるみのお付き合いがあり、よくお茶をしたりしていたそうです。



祖母曰く、Aさんは良いところの出で少し世の中のことを知らないところがありましたが、

彼女が苦手な市役所手続きや保険のことは旦那様がしっかり管理をされていたそうで、

苦手なところを補い合う関係の二人が、

祖母の目にはおしどり夫婦に映っていました。





ある日、祖母の元へ衝撃的な知らせが届きました。


なんと、Aさんの夫が自殺したというのです。


その場所は、自分の家から公園に向かって伸びる並木道の端にある、歪んで生えたあの桜の木。


明け方、その木の枝で首をくくって亡くなるなっているところを発見されたのでした。


知らせを聞いて祖母は真っ先にAさんの元へとんで行きました。


祖母はAさんの側で、葬儀の手配などのサポートを行いました。





さて、Aさんの旦那様の葬儀が執り行われた日の夜から、祖母は不思議な現象に悩まされるようになったのです。



寝室である和室で祖父と一緒に南枕で寝ていると、何の前触れもなくぱっと目が覚めました。


足元にある壁掛け時計を見ると、

時刻は1時45分であります。



(変な時間に目が覚めちゃったな。)



そう思って周りを見渡し、あるものを見つけ、祖母は目を見開きました。



自分の足元、数メートルの高さに、Aさんの旦那様の首だけがぼうっと浮かんでこちらをじっと見ていたのです。


彼と目線があった祖母はさっと血の気が引いてしまい、何も出来ず目線を反らすことも出来なくなってしまいました。


旦那様は何も言わずただこちらを見つめ、数分経ってからふっと消えてしまったのでした。




これはその日限りではありません。


毎晩毎晩繰り返されるのです




夜中、ぱっと目が覚める。


時刻を確認すれば1時45分。


足元に浮かぶAさんの旦那様が、何も言わずにじっとこちらを見て、数分経つと消える。



こんなことが毎日続くと、怖さは次第に薄れ、祖母は冷静に彼の顔を観察できるようになったと言います。


一週間が経つ頃には、彼の目を見つめながら「一体何を伝えたいのだろう。何故、私の元に現れるのだろう?」と考えるようになりました。


考えて、考えて、祖母は、

(ああ、Aさんのことが心配で出てきているんだ。)という結論を出しました。



何かと旦那様のことを頼りにされていたAさん、彼女のことが心配で出てきているのだと、祖母は何も言わない旦那様の表情から感じたのです。



ですから、祖母は、彼が現れるとじっと目を合わせて

(大丈夫、あんたの後は私がAさんの世話を焼くから安心しなね。)

と、必ず心の中で語りかけるようにしました。





日が経ち、旦那様の四十九日を迎えました。


祖母はAさんと共に仏送りと法要を執り行ったのですが、不思議なことに、

必ず毎晩現れていた旦那様は、この日を境にぱったりと姿を現さなくなったのでした。





今となっては、彼がどんな思いで首をくくったのかは分かりません。


ただ、自ら命を絶つほど苦しまれていたというのだけは、人生経験の浅い私でも想像出来ます。



あの桜の木の下で、明け方まで一人でいた彼が成仏するまで思っていたのは、残した妻のことだと考えると、なんとも居たたまれない気持ちになりました。

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