2 7月の疲れた日


今から15年ほど前のこと。

実家を離れ一人暮らしを始めたMさんという

男性が体験したお話です。


あまり高給取りではなかったMさん。

借りた部屋も立派と言えるものではありません。



シングルベッドで半分が埋まってしまう

狭いワンルームの部屋でしたが

家賃も安く、駅が近いということで

満足していたそうです。


働き始めということもあり、

疲れもありましたが、好きな仕事に就け

毎日充実した日々を送っていました。


7月とは思えないほど暑い日。


その日は非常に疲れており

シャワーで軽く汗を流し、

すぐにベッドに横になりました。

その疲れは

目を閉じただけで深い眠りにつくほど。



なのに、はっと目が覚めてしまいました。


体も動かず目も開けることができません。

ただ、今が夜中であるということだけは

分かりました。


(いけない、動けない!これが金縛り!?)

初めてのことに混乱する頭。

なんとか動こうとしますが

びくともしません。


その時です。



ドドドドドッ



玄関の鉄製の扉を

拳で勢いよく叩きつける音が響きました。


その音から、

明らかに敵意があることが

伝わってきます。


(誰か来た!こんな夜中に?)



突然のことに跳ね上がる心音。

それでも体はびくともしない。

部屋はしーんと静まり返りました。



ヒタッ…ヒタッ…



誰かが裸足でこちらに歩いてきている

足音が聞こえてきます。

ドアは開かなかった、でも

何者かが入ってきている…。

それは歩みを進め、

Mさんの頭のすぐ側で立ち止まりました。


壁と反対、左側にある圧迫感。


何も見えないけれど、

そこにはたしかに人が立っている。

それは、こちらをじっと見下ろした

長い黒髪を垂らした、細い女性。


確実にそこにいると

肌の感覚で伝わってきます。


(何か分からないけれど、すごい敵意を感じる…。なんとかしなきゃ。)


そう頭では分かっているのに

余計に体は固まるばかり。


さらに追い討ちをかけるように

自分の両の足首を

突然上から掴まれた。


痛みは感じなかったが

強い力で足首を掴んでくる。


「…はあ!はあ、はあ…。」


今まで抑えていた力が

栓を抜いたように弾かれ

バネのように体を震わせながら起き上がると、

そこには誰もいない。


いるのは、真っ暗な部屋の中に

汗をびっしょりとかいた

自分だけだったのでした。



「今話してて気づいたんだけれど

 足を掴まれている時も、

 顔の横に人が立っていて、

 上から覗かれていたんだよね。」


Mさんは身長が高い人です。

顔の側に立ち、見下ろしながらその場から動かずに足首を掴むのは

到底出来ないことでしょう。


少なくとも、人間には。



Mさんが金縛りにあったのはこれが

最初で最後だったそうです。

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