第11話 留まった怨念

 午前3時を回って2台の車は戻ってきたが、トンネルからではなく、来た時と同じ峠道を上ってきてだった。

「おいおい、予定と違うだろう?」

 と三津木は文句を言い、紅倉も

「臆病ねえ」

 と呆れたが、

「冗談じゃないですよ!」

 と、丹羽に青い顔で逆ギレされた。他のスタッフも同様にげっそりやつれた顔で恨めしく三津木と紅倉を見ていた。その中には峠の途中で拾われた小沢マネージャーも含まれていた。

 岡田美羽はと言うと、

 あそこで気を失って、こちらへ戻ってくる間にようやく目覚めたが、自分に何が起こったのか分からず、まだぼんやりしていた。

 2台の車は、後ろにもう1台引き連れていた。

 トンネルの出口で道を塞いでいて、あやうくセダンに激突されるところだった軽自動車だ。

 いったい何がどうなっているのやら、

 三津木はまず丹羽とカメラマンからトンネルで何があったのか聞いた。

「そりゃあすごいじゃないか!」

 と、大喜びでVTRを見てみたが、どのカメラで撮った映像も画面は真っ黒で、音声はヒステリックなノイズの嵐で、思わず顔をしかめてしまった。

「なんだこりゃ。全然放送に使えやしないじゃないか」

 あからさまにがっかりされて、丹羽たちスタッフは

(自分は安全な所にいて、何言いやがる)

 と、ますます恨めしく三津木を睨んだ。

 三津木には

「こっちのVを見てみろよ」

 と、芙蓉がふわふわした霧相手に格闘パフォーマンスの一人芝居をやっている映像を得意そうに見せられて、

(なんだよこれ?)

 と、彼らは彼らでその映像の価値が分からずに白けた顔をした。確かに、残念なことに三津木の目同様、VTRにはただ霧がゆらゆらうごめくだけで、小沢マネージャーや重永ADが騒ぎ立てる「人の姿」は映っていなかった。

 まあ、たいがいの心霊映像というのはこんなものだ。


 さて、あまりいい雰囲気とは言いがたいが、一応落ち着いたところで、紅倉の解説が始まった。

 その前に、一つの事実として、トンネル内でのVTRだが、彼らは

「少なくとも10分以上は確実に走っていた」

 と、ワゴンがクラクションを鳴らして走り出してからの時間を主張したが、そこからVTRは乱れ出し、真っ黒になり、「危ない!」と2台が急ブレーキで止まった、トンネルの外に出たところから通常に戻ったのだが、彼らが主張するその間の「10分以上」だが、テープはどのカメラも1分弱しか回っていなかった。

 さて、紅倉の話が始まった。



「今回の取材、ことの始まりは番組ホームページ宛に送られてきた一件の、心霊スポットの噂に関する調査依頼でした。

 数年前、大学生のグループが幽霊の噂のあるトンネルに車で入って行ったが、彼らはそれっきり戻ってくることはなかった。

 ねえ? 鈴木達也さん?」

 鈴木達也は、なかなか自分に呼びかけられたとは気がつかずに、スタッフたちの視線で、

「え? 俺ですか?」

 と、慌ててキョロキョロした。紅倉が怪しくニヤニヤして訊き直した。

「どうしました?鈴木達也さん?」

「いや、あの」

 鈴木は困った顔で紅倉およびスタッフたちを見回した。

「俺、鈴木じゃないですよ。佐藤です。佐藤優斗」

 はあ? と、スタッフたちが顔をしかめた。

「何言ってんの? 君、自分で鈴木達也って名乗ったじゃないか?」

「え? いや、そんな名前、名乗った覚えはないですけど?」

 鈴木(佐藤?)と丹羽たちスタッフはお互いに、何言ってるんだ? と険悪に睨み合った。

 丹羽が疑り深く言った。

「やっぱり君があのメッセージの送り主なんだろう? それで、どうやってか今日ここでロケが行われるのを知って、我々をからかってやろうと仲間と芝居を打ったんじゃないのか?」

 その情報をリークしたのはやっぱりあなたでしょう? と丹羽は三津木も睨んだ。

「知らないよそんなこと。なあ?」

 佐藤を名乗る鈴木?は3人の仲間たちに同意を求め、彼らも

「そうですよ。俺たち、ここでテレビのロケがあるなんて全然知らなかったですよ」

 と、疑われることが心外であるように答えた。もちろん彼ら三人が鈴木の言っていた「トンネルに入って行ったきり戻ってこない」仲間たちである。三津木は、

「もちろん、俺の仕込みじゃないよ。俺は人のやらせは面白がるが、自分ではやらないよ。で、つまり、どういうことなんですか?先生?」

 と、解答を紅倉に求めた。


「まず、鈴木達也は実在の人物です。

 実際に数年前、5年くらい前になるでしょうか、テレビのオカルト番組でこの幽霊トンネルが取り上げられているのを見て、

 お、この地元じゃないか。行ってみようぜ?

 と言う仲間たちに誘われて、嫌々ながら一緒に来てしまいました。

 しかし直前でやっぱりやめようと言い出し、車を降り、仲間たちにもやめるよう言いましたが、彼らは彼を置き去りにしてトンネルに入って行きました。

 さて、

 その後どうなったのでしょう?

 トンネルに入った三人は1時間ほどして、今スタッフの皆さんがしたように新道のトンネルをくぐって、同じ道を上がってきました。もしかしたら臆病な友人が途中まで下りてきているんじゃないかと思ったのです。

 ところが、友人には途中で出会うこともなく、彼と別れたトンネルの前に戻ってきても、彼の姿はありませんでした。

 おかしいなと思ったのですが、1時間ですから、別れてすぐに山を下りたのだとすれば、もう下り切っていてもおかしくはない時間でした。

 彼らは、まさかあの臆病な友人が、自分たちの後を追ってトンネルに入ったなどと、考えはしなかったのです。

 友人が一人で帰ったのだろうと思った三人はUターンして、山を下りました。麓に行けば友人にも携帯で連絡がつくだろうと思ったのです。

 麓に下りるまでもやっぱり友人の姿を見ることはありませんでした。

 もう通じるだろうと携帯にかけてみましたが、反応はありませんでした。『お客様のおかけになった番号は電源が切れているか、電波の届かないところに』と電話局のアナウンスが流れるばかりです。

 彼らは慌てました。ようやくまさかと思って山を上り直し、トンネルに入って行くと、はたして、中央辺りに彼が倒れていました。

 呼びかけると目を覚ましたのでほっとしました。しかしどうしてこんな所で倒れているのか訊いても覚えていないと言い、とにかく車に乗せて急いで山を下り、彼を彼のアパートへ送って行きました。

 彼らは、確かに彼がアパートの自分の部屋に入って行くのを見たのです。

 けれど、それっきり、彼らが彼に会うことはありませんでした。

 その日以来、彼は行方不明となり、警察でも捜査しましたが、現在も見つかっていません。

 当然最後に一緒にいた三人が重要参考人として事情聴取されましたが、彼らも確かに彼をアパートに送ったと証言し、それ以降彼がどうしたかは知らないと言いました。

 何らかの事件に巻き込まれたのか、それとも何かの事情で自分から失踪したのか、なんの手がかりもなく、失踪者としてリストに載ったまま、現在はもう捜査もされていません。

 そういうことですよね? 小沢真人さん」

 一瞬みんな紅倉が誰のことを言っているのか分からず、え? と思い出して、岡田美羽のマネージャー、小沢を見た。

 小沢はそれまでとはガラリと変わった恐い面相で紅倉を凝視していた。

「あなたはその三人のお仲間のうちの一人です。当時は大学4年生で、就職の内定も決まって、浮かれていた時期ですか? ああ、けっきょくすぐにやめて芸能事務所に転職したんですか。

 あなたはずうっと失踪した鈴木達也さんのことが気になっていた。自分たちのせいではないと思いたい一方、やっぱり自分たちのせいなんではないかとずうっと気に病んでいた。

 岡田美羽さんのマネージャーに就いて、彼女がオカルト系のドラマでチャンスを掴み、これからの方向性を考えていた時、鈴木さんのことを思い出した。

 そうだ、今こそ長年の疑念に決着をつけよう。

 そう思ったあなたは鈴木さんの名前でオカルト番組にメッセージを送り、首尾よく取材が行われることになると、さりげなく自分の担当タレントを売り込み、ロケに参加することに成功した。

 ああ、話の中で失踪したのが鈴木さんではなくトンネルに入った全員にしたのは、そのままではメッセージを送ったのが鈴木さん失踪の事情を知る関係者であると疑われるのを恐れたからです。まあ、鈴木さんの名前を出しているわけですから、あなたとしては最大限の良心を振り絞ってのことだったのでしょうね。スタッフがもっとしっかり調べれば、同じ名前の失踪者がいる、これはもしかしたら関係があるんじゃないか? と考えるように。あんまり真面目に調べなかったようですね。残念でした」

 紅倉はトンネルの方を向き、皆もそちらを向いた。

「あなた方がトンネルで倒れているのを見つけた鈴木さんが、生身の体だったのか、魂だけの死者だったのか、わたしにも分かりません。もう既にお亡くなりになっているのだけは、残念ながら、確かなようです。その遺体がどこにあるのか、どうしてそうなってしまったのか、本人も混乱していて、読み取れません。ここで、よほど恐い目に遭ったようです。かわいそうに」

 紅倉は悼ましそうに言うと、気の抜けた顔を皆に向けた。

「今回はね、わたしも色々反省しているんです。色々悪いことを考えている人たちがいるので、ついわたしも悪乗りしちゃったんですが、やっぱりこういう場所でふざけたことをしては祟りに遭いますね。反省です。皆さんも、反省してくださいね?」

 と、特に三津木を「むん!」と言うように睨んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る