第6話 トンネルの怪談

 紅倉が到着した。

 セダンとワゴンは食堂前の空きスペースに縦に並んで置かせてもらっている。芙蓉の運転するハイブリッドはその後ろに余裕を持って止まった。

 三津木が様子を見に行く。

 ルームライトがつき、芙蓉が後ろを向いて話している。三津木も後部座席を覗き込み、コツコツとノックすると、駆動音と共にガラスが下りた。

 紅倉は予想よりずっと大丈夫そうに見えた。三津木はほっとして報告した。

「今岡田美羽ちゃんのリポート撮りを始めるところです。後半先生にご登場願いたいんですが、よろしいでしょうか?」

「はいはい。よろしいですよー」

 本人も覚悟していたよりだいぶ楽だったようで、調子よく言った。もっとも、完全に健康な状態とも言えないが。

「ではお願いします。それと、早速ちょっとした怪事件が起こっているんですが、まあ、これについても先生の見立てをお願いします」

 と、三津木は今の段階では詳しい説明は控えた。

 先に下りた芙蓉がドアを開けてやり、紅倉を頭に気をつけるようにして降ろさせた。

 紅倉は、すー、はー、と深呼吸した。

「やっぱり山の空気は美味しいわねえ」

 と富士山の方に向かって言い、視線を道の先のトンネルへ転じた。

「こっちの方は、カビの生えたぞうきんの臭いがする」

「先生、そのコメント、カメラの前でお願いします」

 三津木は紅倉の好調ぶりにほくそ笑み、二人を収録へ誘った。



 トンネルを30メートルほど背後に、岡田美羽はトンネルにまつわる怪談を話し出した。


「皆さん今日は。岡田美羽です。

 わたしは今、Y県にあります、旧御山トンネルに来ています」


 道路照明一つなく、美羽に当てたライトでぼんやりと護岸のコンクリートが見え、点々と、トンネル天井の白い蛍光灯が並んでいる。

 昼間見れば、ちょっとした西洋のお城の門のようなコンクリート壁にレンガに縁取られてかまぼこ型の入り口が開いている。手前の左右はつっかえ棒のように苔むした厚いコンクリートが斜めに踏ん張って、上に覆い被さるように木々の枝の伸びた山の斜面が崩れ落ちてこないように護っている。


「この旧御山トンネルは地元では知らない人がいないという有名な心霊スポットで、幽霊の目撃例、トンネル内で実際に怪異を体験したという話が数多くあります。


 夜中、ちょうど今わたしがいる辺りで若い女性が立っているのが発見されました。

 発見した若者のグループが

『こんな時間にこんな所でどうしたの?』

『彼氏とケンカでもして置いてけぼりにされたの?』

『こんな所にいたら危ないよ? 町まで乗っていきなよ?』

 と誘うと、女性は素直に車の後部座席に乗ってきました。

 若者たちは相手が若い女性なので張り切ってあれこれ話しかけましたが、女性はうつむきがちで、曖昧な返事を返すばかりでした。

 トンネルを走っていき、助手席に乗った一人が場を盛り上げようとこんな風に言い出しました。

『ねえ、知ってる? ここ、幽霊が出るって有名な所なんだよ?』

 他の二人も

『おいおい、やめろよ、怖がるじゃないか』

『おまえ、時と場所を考えろよな』

 と言いながらもわいわい楽しそうでした。

 すると、それまでうつむいていた女性が顔を上げ、すうっと、前を指差しました。

 すると突然、バン! と、ルーフに何か降ってきて、皆わっと驚きました。

 ルーフに降ってきた物が、ゴロッと、フロントガラスに滑り降りてきました。

 若者たちはぎゃあっと悲鳴を上げました。滑り降りてきた物、それは、逆さまの、血まみれの女性の顔だったのです。

 それも、どこかで見覚えのある顔でした。

 あっ、と気付いて振り向くと、後部座席の女性が頭から血を滴らせ、ものすごい顔で若者たちを睨みました。

 再び若者たちは悲鳴を上げ、車を止めると、外に飛び出し、大急ぎでトンネルの外へ走り出ました。

 怖くてとても車の所に戻ることが出来ず、朝まで震えながら待って、辺りが白々してきてからようやくトンネルの中へ入っていきました。

 車はドアが開いたまま空っぽで、女性の姿はありませんでした。

 ルーフにもフロントガラスにも異変はなく、前後の道路にも、車の下にも、血まみれの女性が転がっていることもなく、あれが本当にあったことなのかどうか、誰も断言できませんでした。

 三人は車に乗り込み、言葉少なに帰りの道につきましたが、明るい所に出て、気付いた一人があっと声を上げました。

 フロントガラスにくっきりと、人が逆さまに顔面をこすりつけたような跡がついていたのです。

 それは、あの女性の顔のようでした」


 丹羽の奴、ずいぶん脚色してるなあ、と三津木は内心苦笑した。

 実はここは5年前にも番組で取り上げている。「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」が始まった、初期の回だ。

 その時にかなり念入りにリサーチしたが、似たような話はあったが、こんなに面白い話ではなかった。

 丹羽はドラマ制作の仕事がしたかったらしく、バラエティーである「ほん恐ファイル」に配属されたのはやはり不本意だったらしい。

 それでこんな面白過ぎる話をでっち上げたのだろうが、三津木に丹羽を叱るつもりはなく、むしろニンマリした。

 丹羽がどうしてもと望むなら上の方にドラマ班への配置転換を掛け合ってやってもいいが、自分としてはもっともっと色々やらせてみたい。

 岡田美羽のしゃべりも上手い。時折ドスの利いた低音を出して、なかなか怪談のツボをとらえている。

 深夜ドラマでは謎を秘めた影のあるヒロインを演じていたそうで、いかにもそういう役柄が似合いそうな、かわいいより綺麗系の、ちょっと目つきのきつい顔をしている。現在もグラビアが主な仕事で、プロポーションもなかなかのもののようだが、本人はまじめに女優を目指しているのかも知れない。そうなるとこうして色物系の使い方をするのも気の毒な気がするが。

 放送では再現ドラマを挿入するつもりだが、彼女のリポートは割愛したりしないでそのまま流すことにしよう。

「また、こんな話もあります」と、リポートは続いた。


「別のここを通りかかった車が、やはり入り口の所で血まみれで手を振る作業服姿の男性を見かけました。

 そのドライバーは怖くなってそのままトンネルに入り、先を急ぎました。

 すると、ガラガラガラッ、と轟音が響き、ルーフに大量の土砂を含んだ水が降ってきて、ゴロゴロ、フロントガラスを転がっていく岩石の中に、いくつものバラバラの手足や生首が含まれていました」


 おいおい、そんな画、ゴールデンタイムに流せねえぞ、

 と、三津木はまた嬉しくなった。


「しかしトンネルを出て調べてみると、車には土砂が降り掛かったような跡はどこにもないのでした。

 このトンネルは工事中いくども溢れ出す地下水に悩まされ、天井が崩れ、幾人もの作業員が亡くなったという痛ましい歴史があります」


 これは本当だ。だからあんまりおもしろ可笑しくでたらめなことをやっていたら祟りに遭うのだが。


「更にこんな話もあります。

 やはり入り口の所に老婆が立っていて、それを無視してトンネルに入ると、急に車が重くなって、スピードが落ちてしまいました。

 どうしたのだろうとバックミラーを見ると、先ほどの老婆を始め、老若男女、幾人もの亡者たちが車にすがりつき、引きずられているのでした。

 この旧道が開通するまで、峠のあちらとこちらの行き来は険しい峠道を徒歩で超えていくしかありませんでした。

 特にお年寄りにはきつい道で、途中転落事故などで命を落とした人も多くいたのかも知れません」


 そういうこともあったかもしれない。

 あまり重い話になっては視聴者が離れていってしまうが、心霊現象にリアリティーを持たせる為にある程度の動機付けは必要だ。

 それにしても、なかなかVTRを作るのが楽しくなってくる絵面だ。予算の割当増をプロデューサーに掛け合わなくてはならなくなりそうだ。


「このように、幽霊の目撃例、怪異の体験談は枚挙にいとまがありません。

 今回、わたしたちは怪奇現象の最も多発している深夜2時に合わせて、トンネルの中で実際に怪奇現象が起こるのか、検証する為に訪れました。

 ところが、現地にやって来て、わたしたちは既に怪奇現象に遭遇してしまった、ある一人の男性と遭遇したのです」


 丹羽がオーケーを出した。最後の部分は今ここで急遽作ったセリフで、この後はさっき実際に本人を取材したVTRをつなげる。

 三津木も一緒に美羽のVTRを確認して、オーケーを出した。

 時刻は1時30分。

 再び美羽を位置につかせ、今度は紅倉と芙蓉にも入ってもらい、これからいよいよ検証に突入するということで、まず紅倉に入り口からトンネルを霊視してもらう。芙蓉は特に役割はないのだが、美人なので、画面が華やかになる。

「ハイ、では行きまーす。5、4、」

 女性ADが後のカウントは指で示し、カウント0で美羽がしゃべり出した。

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