023:ぽっちゃりヒーロー。


 はァ……はァ……。

 あ、顎が……イカれるて。

 これ以上この剣咥えてたら顎イカれるて……。


 《頑張ってください、ユウナ。自宅までもう少しです》


 いやもう置いていこうよコレ。

 埋めるって選択肢もあるよコレ。


 《ダメです。もったいないです》


 もったいないって……。

 私にこの剣使い道なくない?

 確かにちょっともったいない気はするから、ここまで咥えて持ってきたんだけど。

 ……はぁ、つくづくトカゲにされたことが恨めしい。

 人間だったら今頃この剣で無双状態だったかもしれないのに。


 私をトカゲにしやがって……。

 ざっけんなコラァァァアアア、って叫んでも意味ないから叫ばないけど。

 というかもうそんな元気ない……。


 《いつか必要になるかもしれません》

 

 進化したら使えるようになるのかね?

 ……なんとなく、ならない気がするんだけど。


 《……実はワタシも、なんとなくそう思います》


 だよねっ! 

 やっぱそうだよねっ!

 どこまでいってもトカゲだもんね私!

 

 《で、ですが、何が起こるか分からないのがこの世界です。せっかくドロップしたのですから、やはり捨てるのはもったいないです》


 はぁ……。

 もう嫌や……。


『魔剣レーヴァテイン』


 なんじゃこれ。

 クソいらねーわこんなん。

 確かにさ、これは大当たりかもしれないよ。

 超低確率なドロップアイテムかもしれないよ。

 見るからに凄そうだし。

 全てを焼き尽くす黒炎がどうたらとか説明文に書いてあったし。

 私の牙から今も色んな毒が垂れ流しにされてるのに、この剣はなんともないっぽいし。


 ……だけどさ、小さなトカゲの私からしたらただのゴミなんですが。

 ゴミよ、ゴミ。

 ゴミすぎる。

 

 この剣を咥えて戦えってか?

 ふざけんな。

 顎どんだけ鍛えろってんだ。

 そんなことできんのは、緑色の髪をした三刀流で筋トレ大好きなあの剣士くらいだろ。

 私には無理。


 んー、人類からこの魔剣を奪えただけでも良かったのかな?

 絶対ヤバそうだもんねー、こんな剣振り回す奴いたら。

 でも、四大魔剣ってことはこんなのがあと三本あるんだよね。

 あー怖い。

 こんなものを振り回す奴には出会わないことを祈ろう。


 《文句を言いながらも、ユウナはなんだかんだ運ぶんですね》


 うるさいよっ!

 つぐみさんがもったいないって言うからでしょ!


 ……まあ、否定はできないんだけど。

 なんだかんだ私はこの魔剣という名のゴミを咥えたまま、道路脇の茂みをコソコソと進んでる。

 もうここまで来たら持って帰ろう。

 家まであとちょっとだし。

 警戒はつぐみさんがしてくれてるから心配ないもんね。


 はァ……でも本当に疲れた……。


 《ユウナ、少し止まってください》

 

 つぐみさんの声が少しだけ鋭くなった。

 自然と私の意識も引き締まる。

 

 どうしたの? 


 《大きな反応がここへ向かっています。正面からの戦闘は避けた方がいいように思います》

 

 了解。

 私はそっと咥えていた剣を地面に置く。

 身を隠すスキルは常に発動してるけど、油断はできない。

 意識を尖らせ、私はより一層姿勢を低くする。


 しばらくすると、ブーン、という音が聴こえてきた。

 ……バイクかな?

 私は草の隙間から目を凝らす。


 正解だった。

 遠いけどバイクに乗った人間が見える。

 どんどん私との距離が縮まっていく。

 大丈夫、気づかれている様子はない。


 近づいてくると同時に、当然容姿もハッキリと見えてくる。

 小型のバイク。

 ヘルメットを被り、何故かゴーグルまでかけているデブった中年の男。

 しかも上下は緑色のジャージ。

 背中に2本の剣をバッテンに背負ってるのが最高にダサい。


 なんだろう。

 10年ぶりに外へ出てきた引きこもりって感じ?

 それくらいふざけた見た目をしてる。

 


 それなのに───コイツ普通にめちゃ強い。



『ノブオ 自宅警備員 Lv.12』

『状態:正常 HP:227/227 MP:216/216』


 いや、うん。

 いろいろツッコミたいことはあるんだけど……。

 自宅警備員って……やっぱ引きこもりじゃねぇか。


 でも何?

 なんでこんな強いの?

 レベルは私より低いけど、HPは私より高い。

 MPも高いし、何より〈危機察知〉がめちゃくちゃ反応してる。

 見た目以上にヤバそうだよコイツ。


 ノブオはブーンという音と共にそのままどんどん近づいてきて、どういうわけかちょうど私の正面でバイクを停めた。

 気づかれた、と思ったけどそんな様子はない。

 だから私はこのまま茂みに隠れておくことにした。


「この辺りでいいか」

 

 ノブオが独り言を呟いた。

 え、なんかすんの?

 すごく怖いんだけど。

 私は警戒し、身構える。

 ノブオは両手を口元に当てて───


「どなたか隠れている方はいませんかぁぁあああ!! 助けに来ましたぁぁあああ!!」


 叫び始めた。

 

 …………はい?


 ん、うん、ちょっと待って。

 まじで何やってんのコイツ?

 そんなことしたらモンスター集まってくるよ?

 分かってんの?

 馬鹿なの?


「もう大丈夫です!! 怯える必要はありません!! 私が助けに来ました!! どなたかいらっしゃいませんかぁぁあああ!!」

 

 叫び終えて、ジャージ中年デブ男のノブオはふぅーと息をついた。

 ふぅ、じゃねぇよ。

 本当に混乱するわ。

 理解不能すぎる。


 ……もしかして、まじで純粋な人助けをしているのだろうか。

 こんな自分の命さえ危うい状況で。

 ヒーローにでもなったつもりなのか?

 世界を舐めてるとしか思えんわ。

 今の東京にどんだけ化け物がいると思ってんだよ。


 確かにお前は強いけど、1番じゃねぇよ?

 なんか無性に腹立ってきたわ。

 トカゲにされて必死に生きてる私が馬鹿みたいじゃん。

 なんなら私が襲ってやろうか。


 私がイライラしていると、少し先の方でガチャりとドアの開く音がした。

 この辺は住宅街だ。

 立て籠ってたやつが居たんだろう。

 

 ギィーという門が開く音。

 そして、小さな女の子がチラチラとコチラを覗く。


「やはり居たか。もう大丈夫、安心してくれ。助けに来たよ」


 ノブオは優しく頭を撫で安心させようとするが、女の子は怯えきっていて一言も喋らない。

 今まで色んな怖い目にあったのだろう。

 こんな小さな女の子が1人で出てきた時点で、ある程度想像できる。


 

 ───ま、どうでもいいけど。



 私は自分が生き残ることに必死で、他人のことなんて考えてられねー。


 《ユウナ、こちらへ近づいてくる反応が7つあります。かなりの速度です》


 ほら、あんな大声で叫ぶもんだから魔物が集まってきちゃったじゃん。

 どうすんのよノブオー。

 

「ん、この音は。お嬢ちゃん、少し待っていてくれ。どうやらお客さんが来たようだ」


 ……ウザい、そしてダサい。

 『お客さんが来たようだ』って……軽く鳥肌立ったわ。

 でもちょうどいい。

 コイツの戦いを観察できる。


 そのまま草むらに身を潜め様子を窺っていると、以前見た狼の魔物が現れた。

 7匹のシャドウ・ウルフ。

 全然脅威は感じないけど……数が多い。

 1人で、しかも女の子を守りながら7匹を相手にするのはさすがにキツくね?


「ガルルルルル……」


「ガゥッ! ガゥッ!」


「フッ、所詮は獣か。彼我の戦力差も理解できないとは」


 そんなウザいセリフとともに、ノブオは背中に背負った2本の剣を抜いて構えた。

 ……コイツいちいちイタいな。

 イタいセリフを言わないと何もできんのかい。


 私がそんなことを思っていると、1匹のシャドウ・ウルフがノブオに飛びかかった。

 それを皮切りに、戦いの火蓋は唐突に切って落とされた。

 

「フンッ! 甘い!」


 ノブオはヒラりとそれを躱し、シャドウ・ウルフの首を両断する。

 そのデブった身体からは想像もできないような華麗で俊敏な動きだった。

 

 ……え?


 次々に襲いかかる狼。

 それを次々と返り討ちにするノブオ。

 ノブオの戦いは舞を踊っているのかってくらい綺麗だった。

 回転を攻撃の基軸とした二刀流。

 いや、うん。

 普通に強い。

 っていうか、とんでもなく強いんですけど。


 これはアレだな、蝶のように舞い蜂のように刺すってやつだ。

 ヤバいなノブオ。

 自宅警備員ってこんなに強いの?

 自宅安泰すぎるだろ。


 5匹の狼があっという間に魔石へと変わり、残りの2匹は逃げていった。

 ノブオ……恐るべし。

 

「フッ、他愛もない。───お嬢ちゃん、もう大丈夫だ。悪い魔物は全て私が退治したからね」


「…………」


「いいんだよ、無理に喋ろうとしなくて。私は渋谷から来たんだ。渋谷にある……えっと、なんとかっていう大きなビルがあるのだが、そこは安全なのだ。魔物が入ってこない」


 女の子は虚ろな目のまま、少しだけ驚いたように見開いた。

 

「今は戦う力を備えた一部の者たちで、君のような逃げ遅れた者を手分けして救助しながら戦力を集めているところなんだ。だからもう大丈夫。君は1人じゃないよ」


 そう言ってノブオはまた女の子の頭を撫でた。

 女の子はしばらく戸惑うように硬直していたが、しまいには火がついたように泣き出した。

 今まで我慢していたものを吐き出すように泣き出した。

 それからノブオは女の子をバイクに乗せ、またブーンと元来た方向へ走り去っていった。


 ……ふぅ。

 私は息を吐き出す。

 良かったー、バレなくて。

 本当は何回か噛み付いてやろうかってタイミングがあったんだけど、やめといた。

 なーんかヤバい気がしたんだよね。

 ノブオはそれくらい強キャラ感が漂ってた。


 《ワタシもそれで良かったと思います。安全第一です》


 だよねー、つぐみさん。

 危ない橋はもうまっぴらだっての。


 ……それにしても、『渋谷』ねぇ。

 ノブオが言ってたのは、恐らく『魔物不可侵領域』ってやつのことだよね。

 戦力を集めてるとも言ってたし。

 なんか不安だな……。

 でもまあ、今の私にできることなんてないし放置かなー。

 頭の片隅には置いとこ。


 よし、帰ろう。

 いい加減疲れた。


 …………。


 またこのゴツい剣咥えるのか。

 憂鬱。





【後書き】

アルマジロトカゲをベースとして、全身が硬い甲殻に覆われており体色は黒。全長は60cmほどで細長い。前脚と後脚が発達し、凶悪な爪を持つ。歯は基本全て鋭く尖っているが、他より少し大きめの牙が上下に2本ずつある。仕上げに邪悪な魔物感とファンタジーを多少トッピングしたらできあがり。───今のユウナの見た目はこんな感じです。

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