14.悲鳴のあと

JR線Y駅近くのガード下にある飲み屋でのんびりと日本酒を飲んでいた。

肴にモツの煮込みと漬物をつまみながらいると、U-Maが何かを思い出したのか話し始めた。


 今から20年ほど前、仕事の内容が大幅に変わり、JR線O駅付近の大手IT会社が勤務場所となった頃だ。

当時の俺はK県K市にある会社の寮に住んでいたのだが、新しい仕事は不慣れなこともあって残業も多く、毎日の帰りも当然遅くなっていた。

このペースが続くのは色々と負担も考えられたため、職場近くに引っ越そうと、職場から徒歩15分ほどの京急線H駅付近のマンションを借りることにした。

国道15号、通称第三京浜沿いに建てられた築20年ほどの物件だったが、道路沿いであるために常に車が走る音が住んでいる7階の部屋にも聞こえるくらいの騒音だった。

それさえ除けば、そこそこ広い間取りだし、駅は近いし、食べるところに困らないし、職場も自転車で走れば5分とかからないところだったのでそこそこ満足していた。


 そのマンションに住み始めてから1年近く経った時のことだ。

丁度、正月休みに入り、誕生日を新しい部屋で迎えることとなった。

12月31日の夜、もうすぐ1月1日になるが、日が変わる前に寝ようと思い床に就いた。

寝る直前に窓を開けてベランダに立ち、夜風に身震いしながら第三京浜を見ているとひっきりなしに車が走っている。

こんな日くらいは静かになってほしいななどと埒もないことを考えていたが、それもすぐに飽きて眠りについた。


 寝入ってからしばらくした後、俺は夢を見ていた。

何となく夢だと自分で分かるくらいだったから、恐らく眠りは浅かったんだと思う。

ただとても恐ろしい内容ではあった。

単純明快、とりあえず「堕ちて」いただけだったのだが、深く暗い闇に向かって、ただひたすら堕ちているのだった。

自分自身の身体も認識することができず、あるのは堕ちる感覚だけだった。

俺は夢の中で悲鳴を上げていた。

堕ちる感覚の中で悲鳴だけが唯一の俺自身の間隔として認識できていたのかもしれない。

ただ現実でも悲鳴を上げていたようだった。

やはり眠りも浅かったのだろう。

自分の悲鳴の大きさにビックリして飛び起きたのだった。

全身、汗ビッショリ掻いた状態だった。

ふと時計を見ると午前2時を少し回ったところだった。

眠ってから1時間ちょっと経ったくらいだろうか。

ただ暗い闇の中に堕ちていくだけではあったものの、妙にリアリティのある夢だったと思った。


一息つけたい。


そう思ってベランダに出ようと窓を開けたところで身体が固まってしまった。

ベランダにいるはずのない者が立ってこっちを見ていたからだった。

全身真っ黒で影が立っているようにも思えたが、顔と思われる位置に黄色がかった血走ったような目がギラギラとこちらを見ていた。

しばらくそのままだったと思う。

ふと我に返ると影のような者の姿はなかった。

時計を見ると目が覚めた時間からほとんど経っていなかった。

まるで凝縮された時間を過ごしたような感覚だった。

その時以降同じようなことはなかったが、今考えるとたまたま正月で彷徨っていた御仁が通りがかりに俺の悲鳴を見物していたのではないかと思う。


言っておくが、事故物件だとは最初から聞いてなかったぞ。


聞き終えた後、追加で冷やしトマトを頼んだ。

私はそのマンションはまだあるのかと聞いたのだが、一言「さあ」と返ってきただけだった。


そういえばとふと思い出す。

どこかで聞いた気もするが、地縛霊の他に浮遊霊というものがいるそうで、その時の影は浮遊霊の一種だったのだろうか。

何気なく考えているところに、次何を飲むかと聞かれて同じものと反射的に答えていた。

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