助手のうそくん

早瀬翠風

所長さん

 お嬢さん、うちに何か御用かな?

 まあ入り給えよ。そんなところに突っ立っていては冷えるだろう。

 さあさあお座り。飲み物は何にするかね?

 生憎今は助手が留守にしていてね。難しいものは作れないよ。僕は本業以外はてんでポンコツでねえ。うそくんが居なければお手上げなのさ。


 ああ。うそくんというのが僕の助手だよ。これが何でも出来る優秀な子でねえ。ちょっと口煩いところが玉に瑕かね。


 うん? 紅茶にするかい? 

 任せておくれ。あれは簡単だよ。何せティーバッグにお湯を注ぐだけだからね。ちょっと待っておいで。


  ☕


 ねえ君。ちょっといいかな?

 些か困ったことになってねえ。

 ほらこの缶。これが紅茶だと思うんだよ。蓋を開けてごらん。すごくいい香りがするから。

 だけど君。これはティーバッグじゃあないよね? 


 道理でこの頃紅茶が美味しくなった筈だ。不思議だなあとは思っていたんだよ。どんな魔法を使ったらあのぴらぴらしたティーバッグからこんなに素敵な香りが立つんだろうって。うそくんが茶葉からいれてくれていたんだねえ。本当に出来た子だよ。


 ところで君。これってどうやっていれるのか知っているかい? いやいや。僕だって葉っぱにお湯を注ぐんだろうくらいは知ってるさ。でも君、うそくんがいれる紅茶は最高に美味しいんだよ。下手なことをして台無しにしたくはないじゃないか。


 え? いれてくれる?

 いやいや。お客様にそんなことさせられないよ。僕がうそくんに叱られてしまうよ。ここだけの話、うそくんはちょっと説教臭くてね。

 本当にいいのかい? うん。そうだよね。どうせなら美味しい紅茶が飲みたいよね。実は僕もそう思うんだ。でもうそくんがねえ。


 君の言う通り内緒にするのもアリだと思うよ。でもね君。嘘っていうのは結局暴かれるものだ。よく覚えておいで。

 それにね。僕はうそくんのお説教が嫌いじゃないよ。一生懸命喋ってて何だかかわいいからねえ。


 おや。もう出来たのかい? 君もとっても手際がいいね。うそくんに愛想を尽かされたら君を雇ってもいいかな? だめ? それは残念だ。うん。でも僕もうそくん以外には考えられないな。誘っておいて御免ね。


  ☕


 ところで御用は何かな、お嬢さん?

 え。うそくん? 何と。うそくんに御用だったのかい。それは失礼したね。


 だけどさっきも言ったようにうそくんは今留守にしているんだよ。僕がお使いを頼んでしまってね。まあ、紅茶を飲みながら待っているといい。

 追いかけて行くって?

 おやまあ。そんなに急ぎの用事なのかい。それはお引き留めして申し訳なかったね。でもやっぱりここで待ってはどうだい? 行き違いになっても面白くないだろう。

 きっと三十分もあれば戻ってくるよ。いや。もしかしたら今日はもう少し掛かるかな。


 そうかい。そんなに言うのなら。

 ちょっとだけ待っておいで。うそくんが立ち寄る店のリストを作ってあげよう。この街の地図は分かるかな? そう。それなら安心だ。

 ほらこれだよ。気をつけて行っておいで。


 

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