第7話.転機は知らずにやってくる

 それは、“かたうで”マックがクイーンな奥様と出会う、何ヵ月か前の話。


 「よぉ、相変わらず、冴えないツラしてるナ。景気はどうだ? 」

 「おまいさんは、他人の顔見て思いやると言う習慣を身に着けたほうがいいぞ。仮にも情報屋なら」

 いつもと同様の悪態を挨拶代りに、マックの隣りにどっかと座り込むカシム。

 「おねーさーん、ポルパ酒とオンソクウオの干物あぶったのちょーだい!」


 カシムのジョッキが届いたところで、とりあえずふたりは乾杯する。

 「クソッタレのオマエと」「シミッタレなお前に」

 「「かんぱーーーーい!」」

 このフレーズは、毎度乾杯の台詞を考える手間を省くために、ふたりがヒネリ出したお決まりの文句だった。


 「プハーーーーーーッ……それにしても、お前、情報屋なんて始めて、食っていけるのかよ?」

 単独でクエストをこなすことが多いマックだが、カシムとは、ともに同じ“師匠”の弟子(もっとも、当の師匠格は、別にふたりを弟子にした覚えはなかったろうが)だったころからの長いつきあいなので、比較的よく徒党パーティーを組む方だった。

 ある意味、相棒と言うのに一番近い存在だった彼が、片目を負傷したからと言う理由でハントマン稼業から退いたのを、ひょっとしたら本人以上に残念に思っているかもしれない。


 「うーん、ま、そこそこの需要はあるゼ?」

 「そうは言っても、王都みたいな大都会ならともかく、こんなチンケな村で、どんな情報を扱うってんだよ?」

 ロロパエは、王都から馬車で1日強、人の足で歩いても丸2日ほどかければ十分到着できる位置にある小さな村だ。

 一応街道沿いにはあるので、王都を目指して徒歩で来る人にとって最後の宿場町という意味での需要はあるが、逆に言うとそれ以外の農業も手工業もお世辞にも発達しているとは言い難い。


 交通の便はよいので商家の品揃えは(村にしては)悪くないが、それだって、どうせなら王都まで足を伸ばしたほうが段違いに便利だ。

 反面、村の住人全員がほぼ顔見知りという条件もあって、治安は極端にいい。物価は安いし、土地も安い。

 つまりは典型的な田舎なのだ。

 イリーガルな儲け話などは、逆さに振っても出そうになかった。


 「おいおい、ひょっとしてオマエ、公園のベンチで鳥にエサやるフリしてこっそり情報売買したり、広場の掲示板に“XYZ”とか書き込んで呼び出したりする、娯楽小説のイメージを持ってるんじゃないだろうナ?」

 「う……」

 まさにその通りだったマックは沈黙する。

 ──と言うか、後者は殺し屋の呼び出し方法ではなかったか?


 「オレが相手にしてるのは、主にハントマン、それも初心者ノービスから下級アプレンティスに上がりたてくらいまでの連中だヨ」

 「はぁ? ハントマン?」

 思いがけないカシムの言葉に、マックは首をひねった。


 「おぅヨ。ひとつ聞くが、オマエさんが初めて戦う獲物の弱点を知りたいと思ったとき、どうする?」

 「そんなの“うぃき”でしらべ…」サクッ!「ちょっ、おまっ、酒場で刃物はご法度!」

 「ふぅー……いいか、この世界にも仁義ってモンがある。それを無視した次元超越メタな発言はいただけネェゾ」

 解体用のナイフを己の左手のすぐ傍に突き立てられては、マックとしてもコクコクと頷くしかない。


 「さて、初対戦の巨獣の弱点を知るには、どうしたらいい?」

 「“はみつー”をよ…」バシュッ!「お前、酒場で投げナイフはシャレになってねーぞ!?」

 「もう、1回だけ、聞くゾ? どうする?」

 流石に今度フザケたら殺られる、と確信したマックは、再三電波の囁きに耳を貸すのは止めて、真剣に考えてみる。


 「ん~~、やっぱ、先輩狩猟士に聞くのが一番じゃねーか?」

 「うんうん、そうだろうそうだろう……」

 ようやく望みの答えを引き出せたのか、満足げに頷くカシム。


 「しかーし! 世の中、親切で経験豊富な先輩ハントマンが必ずしも身近にいるわけじゃない」

 「そりゃそうだ。そう考えると、師匠に出会えた俺たちはラッキーってことか」

 「まーナ」

 ちょっとだけしんみりした空気がふたりの間に流れる。

 ──いや、別にその師匠が死んだりしたわけではなく、今日もポルコ村を拠点に元気に聖鹿獣モノセロンを狩っていたりするのだが。


 「えーと……そこで! そういう未熟なハントマンに、有料で狩りのアドバイスをしてやる人間が必要になってくるわけだ」

 「なるほど」

 ようやく、マックにもカシムがやっている商売の内容が飲み込めた。


 「でもさ、それって何だか……セコくね?」

 「何をおっしゃる! 金を取るからには、弱点部位や有効な属性を教えるだけじゃないぞ。最適な戦い方や使用武器のアドバイスもしてやってるんだ。さらには別料金だが、鍛冶屋に紹介して、顧客の希望に沿った武器防具の見立てやオーダーなんかもやってるんだゼ?」

 狩猟コーディネイターと呼んでくれ、と胸をはるカシム。


 ──やめてよね。本気でケンカしたら、マックが僕にかなうはずないだろ!

 どこからともなくそんな電波(?)が飛んできた気がしたが、あえて無視するマック。

 (実際素手でのケンカは、多分カシムの圧勝だろうしなぁ)

 マックとて上級マスター認定を目前にした現役ハントマンだ。決して腕っぷしの弱い方ではないが、中肉中背のマックより頭ひとつ高い長身と、それに見合ったウェイトの持ち主であるカシム相手では、少々分が悪い。


 「それに、頼まれたら新米ハントマンの手助けもしてるんだゼ?」

 「それも別料金で、だろ?」

 「当然!」

 まぁ、確かにそういうことなら、それなりの収入は得られるかもしれない。この村には、狩猟協会付属の訓練所はないし、仮にあっても、狩り自体の基礎はともかく実戦テクニックにまでは滅多に言及しないし。

 納得したマックは、今日の飲み代を上機嫌なカシムに押しつけることを密かに画策するのだった。


  *  *  *


 「そう言えば、お前、最近よく俺らのクエスト手伝ってくれてるけど、情報屋の仕事の方は、大丈夫なのか?」

 炎獅獣レドグルスを狩りに、火山地帯まで来た俺達──俺、ラン、カシム、キダフの“特狩野郎Aチーム(命名:キダフ)”が、ベースキャンプで打ち合わせをしている時、ふと、あの時の会話を思い出した俺は、カシムに訊いてみた。


 「あー、うー、そのー……」

 答えにくそうに目を逸らすカシムに代わって妻のキダフが答える。

 「──開店休業中」


 「は? だって、以前はそれなりに順調だって……」

 「それがなぁ……」

 「需要と供給の問題」

 相変わらず渋い顔つきの夫に、キダフが言葉をつなげた。


 「なるほどのぅ」

 気の毒そうな表情でランが頷く。


 「どういうことだ?」

 「我が君、カシム殿のお仕事は、確かにそれなりの需要が継続的にあるでしょうな──王都ニアーロなどの大きな街であれば」

 「? ……あっ!」

 毎年千人単位で新たなハントマンが生まれ、1年と経たないうちにその大半が消えていく大都市ニアーロ。そこでなら、確かにカシムのようなハントマン専門の情報屋も、糊口を凌ぐだけの余地があるだろう。しかし……。


 「ロロパエみたいな小さい村じゃ、新米ハントマンなんて月に10人もいればいいほうだ。そして、以前の新米ハントマンは、どんどん力をつけて、情報屋に頼る必要はなくなっていく、か」 

 「は、発想はよかったんだ! 最初のころは確かにそれなりに儲かったし!!」

 「でも、尻下がり。……うかつ」

 言い訳するカシムだが、愛妻に止めを刺されてガックリと項垂れる。


 流石に気の毒になって、それ以上追求するのは止めた俺とランだが、キダフはさらに(心なしか楽しそうに)言葉を繋いだ。

 「──ひとつひとつの業績見通しが甘い。サイドビジネスの予算も情報解析も甘い。だから破綻する」

 ……もうやめて! カシムの(精神的)ライフは、とっくにゼロよ!

 本気で凹む悪友を前に、そう言ってやろうかどうか迷う俺なのだった。 


  *  *  *


Gsyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!


 深紅のたてがみを逆立てた巨大な“獅子”が吠える。


 「るせぃ、これでも食らいな!」

 普段愛用しているのとは異なるランス・破龍木槍を構えたまま踏み込んだカシムが、側面から炎獅獣レドグルスの頭を攻撃する。

 無論、怒った巨獣は奴を振り払おうと顔を向けるが、それこそがカシムの狙いだった。


──バシュバシュッ!

──ガウンガウンガウン!


 ちょうど背中を向ける格好になった後衛ふたり──愛用のグリューロスガンを構えたランと、珍しく弩砲バリスタではなく“カニバサミ改三”と呼ばれる長弓ロングボウを携えたキダフから、容赦なく麻痺効果のある弩弾と矢が飛び、弱点のひとつである尻尾の付け根に刺さった。

 体内に蓄積された麻痺毒に当てられ、さしもの炎獅獣も、その動きをしばし止める。


 「よっしゃ今のうちに!」

 「承知!」

 先刻まで炎獅獣の前に立ち、隙を見ては顔面に攻撃を仕掛けて注意を引きつけていた俺も、ここぞとばかりに毒性の強い片手剣をふるい、動けぬレドグルスの頭部をえぐる。

 対してカシムは重槍突撃ランスチャージの体勢にすでに入っている。誤って一番獲物の近くにいる俺を吹き飛ばさぬよう、90度ずれた場所から狙っているのは流石だ。ラン達も、素早く移動して俺達ふたりの邪魔にならない位置からできるだけ頭部に攻撃を集中させている。


 ピクン、と炎獅獣の麻痺が解ける兆候に身じろぎした瞬間。


──ズガンンンンンン!!


 カシムが特攻を開始した。しかも、レドグルスの動きを見て俺が後ろに退避したのに合わせて、咄嗟に標的を頭部へと振り変えたのは、さすが経験豊富なベテランと言えるだろう。


Graauuuu…………


 案の定、炎獅獣は頭部に加えられたその衝撃にもんどりうって地に伏している。


 「頃合いかのぅ、我が君?」

 「ああ、派手にブッ放してやれ!」

 俺の許可を得て、ランがその弾をとっておきの滅尽榴弾エクスプロッシブに換装してリロードする。無論、狙いは目の前で悶える炎獅獣の頭部──正確にはその2本の角だ。

 狙い済まされた特大威力の弩弾(というかむしろ爆弾?)が、角の根元に突き刺さるとともに、爆発が生じ……。

 ベキッ、という異音を発して、レドグルスの角は片方が見事に折れ飛んだ。


 「やりぃ!」

 「ナイスだ、ラン!」

 一瞬沸き立つ俺達だったが、「まだ…生きてる」と言うキダフのクールな呟きに、瞬時に落ち着きを取り戻す。


 「そうだな。巨獣相手の狩猟は、9割をもって半ばとすべし、って教訓もあるもんな」

 「じゃが、これでしばらくアヤツも“焔の闘気”はまとえぬはずじゃの」

 どういう原理かは知らないが、レドグルスは、意識を集中することで、身体の周囲に“熱した高温の空気”としか思えない代物をまとうことができる。

 高温と言っても即座に発火・着火するほどじゃないが、それでもお湯が沸きかねないくらいの温度だ。金属製の武具を使っている狩猟士にはキツい。

 ただ、角が折れるとしばらく精神集中が阻害される(そりゃ文字通り「頭が割れるように痛い」んだろうから当然か)らしく、“焔の闘気”は使って来なくなるんだ。


 「ああ、これで近づいて攻撃がしやすくなる点は助かるゼ」

 「──弾や矢も通りやすい」

 「できればもう一本も折っておきたいが、欲をかくのはやめとくか」

 二手に別れて、炎獅獣の突進をかわしながらも、俺達にはそんなことを言い合う余裕が見られた。


 実際、近づく者の体力を奪う高熱のガードさえ剥がしてしまえば、炎獅獣はそれほど厄介な相手ではない。あと注意するべきなのは……。

 「! 散開!!」

 一応リーダーを務めている俺の声に、皆一目散に走り出す。カシムだけは、覚悟を決め、大盾を構えてその場でガード体勢をとった。


──カチッ…………パンッパンッパンッ!


 火打ち石を叩き合わせたような音とともに、巨獣の周囲の空気が突然爆発し始める。


 「わ、忘れてたぜ、レドグルスはこれがあったんだっけ」

 一部の巨獣・怪獣の吐息ブレスとは異なる、レドグルスが持つもうひとつの厄介な火炎系の技が、この“炎塵爆破”と呼ばれる特技だ。

 獅子に似たタテガミから振り撒かれた可燃性の粉(一説にはフケともいわれている)に、牙を打ち鳴らして火花を飛ばして発火させるんだが、この粉が巻き散らかされた範囲と量によっては爆発に近い現象も起きるから、イヤらしい。

 もっとも、コレは自分自身も巻き込む可能性の高い、半ば自爆技だから、滅多に使ってはこないんだが、今回みたく劣勢に追い込まれると、ヤケになって発動することもあるんだよ。


 何とか誰もダメージを受けずに済んだが、火山地帯にいるからばかりでない、ちょっと嫌な汗をかいちまった。


 「とは言え、角が折れたことから見て、あやつの体力も残り僅かじゃろうて」

 「だな。よし、もうひと踏んばりいくとしましようぜ!」

 ランの言葉に俺が頷くと他のふたりも同意し、各自めいめいのベストポジションを求めて散っていった。


  *  *  *


 「うぅ~、今回は流石に肝が冷えたナ」

 激戦をくぐり抜け、何とかレドグルス討伐を成功させた4人は、無事に村へと戻って来た。


 「ほんに。次回からは、ナース装備で皆様の体力回復を主眼にしたほうが、安全に戦えそうですのぅ。我が君、いかがいたしましょうぞ?」

 「ん~、ランがもうちょっと回復アイテムの扱いに慣れたらそれもアリかもな。ただ、その場合、キメの滅尽榴弾撃つのはキダフさんに任せることになるけど、いいか?」

 「──問題ないわ」

 比較的下位とは言え、怪獣を倒せた高揚感に任せたまま、酒場に入る4人。


 「おねーさーん、白金麦酒の冷えたの、ふたつちょーだい!」

 「あ、俺は、ロサルカ産のエール。大分汗かいたし、今日はランもここで冷たいモンでも飲んで、ちょっと涼んでいけよ」

 「お心づかいに感謝致しまする。では、ワインクーラーを」

 普段は先に家に帰る妻ふたりも交えて、珍しく4人で酒を酌み交わす。


 「しかし、奥さんもハントマン歴半年ちょっととは思えないくらい様になってきたね」

 「──後衛の射手として、とても優秀」

 カシム夫妻の賞賛に、照れ臭そうに頬を染めるラン。


 「そう言っていただけるのは有り難いのぅ。しかし、妾はまだまだ未熟者。いまの妾があるのも、我が君とお二方の力添えがあったからこそ」

 「いや、確かに最初のころは、俺達も全力でフォローしてきたけどな。ここ1、2ヵ月は、旦那の欲目なしに見ても、弩使いとして十分背中を預けるに足りると思うぜ」

 「こ、これ、我が君そのような誉めていただけるのはうれしゅうございますが、いささか恥ずかしいですぞえ」


 「いやいや、嬢ちゃん。謙遜するこたないぜ。今日の働きぶりはなかなかたいしたものよ」

 「「「?」」」

 ランの背後から聞こえてきた男性の声に振り向く3人。ちなみに、キダフだけは着席した配置上、振り向くまでもなくそちらを目にしている。


 「よォ、ヒヨッコども。ちったぁ男の顔になったじゃねーか」

 「「せ、せんせェー!?」」

 先生……と言うことは、この老人が、初心者時代のマックとカシムのお師匠様か、とランは目を細めた。


 背丈はマック以上カシム以下といったところか。現役ハントマンにしてはやや痩身ではあるが、無駄なく鍛えられた筋肉が全身を覆っていることがわかる。

 真っ白な髪と日焼けした肌に刻まれた皺の数は、確かにその老齢を物語っているが、逆にそれさえなければ中年といっても通りそうな、かくしゃくとした男性だった。

 身に着けているのは竜鱗系──いや、未知の素材でできた軽装備か。背には、以前、マックに聞いたとおり、巨大なハンマー、ウォーバッシャーをしょっているようだ。


 「ま、とりあえずは、お前らふたりとの再会と、そちらのお嬢さん方との出会いを祝して乾杯だ!!」

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