挿話1.クイーン奥様劇場

※別名、番外編的小ネタ集


*その壱*


 例の一件以来、ヒルデガルドはたびたびマック&ラン夫妻のところに遊びに来るようになっていた。


 「ところで……ひとつお聞きしたいのですけれど」

 ──モグモグモグ……


 「ん? 何だ、ヒルダ?」

 ──パクパクパク……


 「お兄様の通り名は、どうして「かたうでマック」なのですか?」

 ──モグモグモグ……


 「ふぅむ、それはわらわも気になっておったところじゃな」

 ──ホジホジホジ……


 今日はこの村に泊まるとのことなので、マックの友人のカシム夫妻も呼んで、夕飯に5人で滅多に手に入らない豪鋏蟹ギガルカータの寄せ鍋を囲んでいるところだったりする。


 ──ガツガツガツ……

 「ああ、ほれふぁな……」

 「――カシム。ダメ」 ペシッ!!

 「イテッ!」

 情報屋ことカシムの頭をポコンと叩いたのは、彼の妻キダフ。彼女も元ハントマンで優秀な弩砲バリスタの使い手だった。ただし、夫の引退に合せて自身も現在は主婦業に専念している。


 「口に物を入れたまましゃべるの、行儀悪い」めっ!

 「あーー、すまん、キダフ」

 痩せぎすとは言え2プロト(≒メートル)近い長身の、いい歳した男が、パッと見、せいぜいヒルダと同年代にしか見えない幼妻(属性:小柄・貧乳・褐色肌)にたしなめられる様子と言うのは、ある意味情けないが、考えかたによっては微笑ましい光景かもしれない。


 ──ゴックン!

 「それで、マックの奴のあだ名についてだよナ」

 「うむ。別に我が君は、肉体的に片腕がないわけでも、片手が不自由なわけでもないしのぅ」


 「あ! もしかして、片手剣グラディウスを愛用しているからですの?」

 「あぁ、まぁ……そんなところだ」

 妹の言葉に対し、バツが悪そうに口をモゴモゴさせているマックを尻目に、カシムはチッチッチと指を振って見せる。

 「たしかに、それも一因だがナ。ところで、おふたりは片手剣や打槌メイスならではの利点って何だと思う?」


 カシムに問われて、話題の人物の妻と妹は考え込む。

 「準備速度が速い。構えた状態でも素早く動ける。取り回しが比較的容易。手数が多い。攻撃後の隙も少ない……こんなところかのぅ」

 「それと、盾を着けた手の方で道具が使える点ではありませんでしたか?」


 「正解だ、妹ちゃん。利き手に武器を構えたままでも、反対の手で大概のアイテムが使える。それが攻撃力のやや低い片手剣や打槌の最大の利点なんだが、こいつは昔からアイテムの扱いが下手でネ~」

 「ほっとけ」プイッ!

 もうすぐ24歳になろうとしている男がスネても、あまり可愛くはない。


 「片手武器ならではの利点、左手で道具を使える特長を使いこなせない。故に“かたうで”か。成程なかなか上手いこと言うのぅ」

 「ちょっと、お姉様! いくら事実でも、それではお兄様があんまりじゃ……」

 慌ててフォローしようとするヒルダだが、いまいまちフォローになっていない。


 「なぁに、我が君のアイテム扱いが多少まずかろうと、一向に構わぬよ」

 静かに箸と取り皿を卓袱台に置いて、マックを真っ直ぐに見つめるラン。

 「この妾が、我が君の背中を守っておるのじゃ。道具類が必要とあらば、妾がいくらでも使いこなしてみせるわ」

 「ラン……」 「我が君……」

 感動のあまり両手を握りしめんばかり──いや、本当にランの両手を取るマック。ほのかに照れながらも、視線を外さないラン。


 見つめ合うふたりを放置してに、ほかの3人は再び蟹鍋あさりに取り掛かる。

 (((はいはい、バカップルパカップル……)))

 白けた気分がまさにシンクロした3人だったが、ふとキダフが箸を止めて首をヒネった。

 「──でも、回復薬とかは、自分で使うしかない」


 ポツリと漏らすキダフの言葉に固まるバカップル夫妻。

 「……我が君、ぜひ“薬効広域化”のスキルを取りましょうぞ!」

 「お、落ち着け、ラン。スキルの方あれは習得難度が高い……って言うか手順が面倒過ぎる」

 「ええい、なれば、ちと恥ずかしいナースガーブひと揃えでも構わぬ!」

 「看護士服姿のランと言うのは、俺も個人的にちょっと見てみたい気もするが、アレは流石に趣味装備だからダメだ。いくら後衛でも防御力が低過ぎる」

 「そんな……それでは妾はどうやって我が君をお守りすれば……」

 涙ぐむ妻の様子に狼狽えるマック。

 「あ~、わかった。わかったから、とりあえず落ち着いて飯食おうな、な?」


 そんなこの家の主人夫妻の様子を尻目に、「ヤッテランネー」とばかりに客人3人は蟹鍋の〆の雑炊を堪能するのだった。



*その弐*


 5人で鍋を囲んだ日の次の夜の話。


 「くっ……イ…イクぞ、ラン………!」

 「ああっ、キて、キてたもれ……あっ、あっ、あっ……ああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 いつもの“夫婦の営み”のあと、抱き合ったまま荒い昂ぶりが収まるのを待ち、ようやく呼吸と心拍が平静に近づいたところで、名残惜しげに抱擁を解き、布団の中に並んで横たわる。


 「のぅ、旦那様……」

 ランが、あおむけになったマックの胸に擦り寄り、ふと思いついた疑問を投げかけた。


 「昨夜の晩餐での旦那様の字名あざなの話じゃが……もしかして、あれは嘘ではないかえ?」

 「──はぁ? えらく唐突だな。何か気になることでもあったか?」

 「最初、カシム殿が理由とやらを話そうとされた時、旦那様はエラく慌てていらした。それなのに、いざカシム殿が話し始めると、それほど嫌な顔をされていなかったからのぅ」


 己れの腕の中で上目使いに見上げてくる妻の顔をしげしげと眺めたのち、マックは溜め息を漏らした。

 「……ふぅ~、言葉にしなくても表情でわかる仲ってのも、良し悪しだな」

 「されば……?」

 「しゃあねぇ。話してやるけど、ほかの奴らには内緒だぞ?」

 とくにヒルダにはな、と念を押してからマックは真相を語り始めた。


 「とは言っても、アレはアレで嘘ってわけじゃない。ただ、それ以外にも理由があるってだけだ。

 俺が元貴族のボンボンで、半ば家出したような状態でハントマンになったってことは、知ってるよな?」

 「うむ、ヒルダより、聞き及んでおりまする」

 「実家にいたころは剣の腕には多少自信はあったんだ。親父がその辺りはけっこう厳しい人でな。貴族の次男坊とあっては、学業か武術のいずれかが優れていなければ、この先身を立てていくのは難しかろう、ってな」

 勉強嫌いの落ちこぼれは、必然的に剣の鍛錬にのめり込んだのだ、と自嘲する。


 「とは言え、所詮は実戦も知らないお坊ちゃん剣技だ。それに右も左もわからぬハントマン稼業に足を踏み入れたら、剣以外にも覚えないといけないことは沢山あるしな」

 かつての自分は、例の飛鴨美人と結婚した後輩ハントマン以上の三流狩人だったなぁ~と、遠い目をする。

 「ハントマンになってひと月ぐらいしたころは、クエストの成功率が半分を切っててな。さすがに自信喪失して王都に帰ることも頭を横切るようになったさ」


 そんな時、マックにこの稼業のイロハを叩き込んでくれた年配の狩人がいたのだと言う。

 すでに初老と言っても差し支えない年齢にも関わらず、ウォーバッシャーと呼ばれる巨大な鉄槌を豪快に振り回すベテランハントマンだった。


 「その人と組むようになって以来、当然っちゃあ当然だが、請ける依頼はことごとく成功でな」

 彼にとっては有り難い話であるはずなのに、マックは徐々に引け目を感じるようになってしまったのだ。


 「まぁ、それほどの古強者にとっちゃ、俺のような下級ハントマンの受けられる仕事なんて、まさに朝飯前だったんだろうが」

 身に着けた装備の質は、もちろん違う。

 しかしそれ以上に、狩りを積み重ねた経験と、そこから得られた知識が段違いだ。


 「でも、その時の俺には、そんなことがわからなくてな」

 その人がいともたやすく数々のモンスターを屠れるのは、手にした武器が強いからだとばかり思いこんだ。

 ようやくラプタントダガー(一番弱い走竜ラプタンの素材で作った片手剣だ)を改良したばかりの彼は、つい酒場でそのことを愚痴ってしまったらしい。


 彼の戯言を耳にした老ハントマンは、黙ってマックを鍛冶屋に連れていき、彼の目の前でただの鉄短剣アイアンクックリを作らせた。その場で買った一番安物の防具に身に着け、新品の短剣を手に彼を連れ、大飛鴨クックルティモス狩りの依頼に挑んだのだ。


 「単身ソロ向けの弱い個体ならともかく、徒党向けの強めのクックルティモスだぜ? それを俺には何もさせずに、半日どころか半刻足らずで、自分ひとりだけで倒しちまいやがった」


 回復薬を使い切り、ボロボロになりながらも、倒した大飛鴨を背に、ニカッと笑った老狩人の笑顔は、強烈な印象をマックに残した。


 「『敵を知り己れ知れば、百戦危うからず』」

 「東方の軍略家ソンシィの教えですな?」

 「らしいな。『全てのハントマンの基本は、己れの武器の特性と、モンスターの特性を知ることよ。さらに狩り場の地形を利用し、適切な戦法で挑めば、必ず勝てるもんじゃ』って一喝された」


 それ以来、「狩猟王」と呼ばれた老狩人のせめて“片腕”分くらいの働きはできるようになりたいと、マックは彼に熱心に師事するようになった。

 その想いを酒場でふと漏らしたことからついた呼び名が「かたうでマック」の起源らしい。

 「まぁ、そうと知って呼ぶ奴も、今では少なくなっちまったがな」

 と、照れ臭そうにマックは締めくくる。


 「なるほど。「人に歴史あり」とは申しますが……よい出会いをなされたのですな」

 優しい色を瞳に浮かべて、自らの夫を両腕できつく抱き締めるラン。

 「おいおい。いつになくベタ甘だな」

 「申し訳ありませぬ。なぜだか旦那様をギュッとしたくなってしまいました故……」


 彼の顔に僅かに浮かんだ郷愁の色を見て、胸が締めつけられたのだ、とは口にしない。

 しかし、言葉にしなくても気持ちは伝わったのだろう。彼女の夫も抱き返してくれる。

 しとねに暖かな空気が流れ、そのほのかな温もりに包まれたまま、ふたりは眠りについたのだった。

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