第1話(裏).奥様は女王蜂(ヴェスパーナ) その一

 密林のキャンプで我が君と結ばれた翌日、わらわは我が君ことマック殿に連れられ、そのご自宅のある村へとやって来て……いや、“帰って”きた。これから、ここが妾の第二の故郷となるのじゃからのぅ。

 無事にマック殿を篭絡できた(まぁ、それと引き換えに妾自身もその虜になったのじゃが問題ないわえ)のはよいが、さて、これから如何すべきか……と思い悩む妾の手を引いて、我が君は村で一番大きな建物に入ったのじゃ。


 「こんちわ~、村長、いるっスか?」

 扉の開け放たれた玄関口から我が君が叫んだところ、肌に幾つも皺が刻まれてはいるが、まだまだかくしゃくとした印象の壮年の龍人種ドラッケン男性が姿を見せた。察するに、この男性がこの村の長なのじゃろう。


 「なんや、マック? そろそろ上級昇格試験を受ける気ィになったんか?」

 僅かに西方なまりの混じった伝法な口調の村長殿の言葉に、苦笑する我が君。

 「ああっと……近々そのつもりだが、今日の要件は違う」

 ポリポリと頭をかく我が君の様子を見て、村長殿は大げさに肩を落とした。


 「カーーッ、情けないのぅ。“近々”とか“もうじき”とか言うてるあいだは、いつまで経っても先へ進めへんで。そんなヘタレやから、いつまでたっても“かたうでマック”は女に縁がない素人童貞のままなんや」

 「大きなお世話や! 素人童貞言うな! ……てか、なんであんたまでそんなこと知ってるんだよ!?」

 ……? はて、“しろうとどうてい”とはどういう意味かのぅ。


 「情報屋のヤツから聞いたわぃ。もっとも他人に聞くまでもなく、お主はそうじゃろうとワシはニラんでおったが」

 「shit! この村にゃあ、独身男性に対するプライバシーの尊重という言葉はないのか……」

 忌々しげに罵声を吐き捨てた我が君じゃったが、ふと手を握っている妾のことを思い出したのか、一転して明るい──見ようによっては邪笑とも呼べるような──表情を浮かべる。


 「ふっふっふっ……だが、その蔑称はもはや過去のものよ。俺はすでに一段大人の階段登って、マイシンデレラを手に入れたのだ!」

 「──何を恥ずかしいこと口走っとるねん」

 「やかましい!」

 自分でも妙にポエミーな台詞を言ってしまったという自覚はあったのか、村長の冷静なツッコミに、ちょっと赤くなる我が君。うむ、照れてる顔も、なかなからぶり~じゃ。


 「やい、村長。今日は暇か? 暇だよな? てか、何が何でも暇にしろ!」

 「あ、ああ、確かにこれと言った急用はないが……一体何の騒ぎや?」

 ハイテンションな我が君の口調に押されてタジタジとなる村長。

 

 「こいつが、俺の嫁さんだ」

 妾は、グイと手を引かれ、村長殿の方に押し出された。

 そのご紹介はなかなか心弾みますが、我が君、少々乱暴ですぞえ。


 「話が見えんのやけど……」

 「ええぃ、それくらい察してくれよ。結婚式を頼むって言ってるんだ!!」


 * * * 


 ……といった問答のおよそ半刻後。妾は村の民家の一室で着替えをしている最中じゃった。

 一応人の暮しを目にしたことはあるとはいえ、なにぶん“人間の女”として振る舞うのは、今日で2日目。正味、丸一日も経ってはおらぬ。

 そんな状況でいきなり「結婚式をしよう」と言われては、妾も戸惑うばかりじゃ。


 ──念のため断っておくが、夫婦になれること自体は、飛び上がりたいほどうれしいのじゃぞ?

 「末永く可愛がれ」と自分では申したものの、正直妾の立ち位置は、我が君にとって愛人めかけか、あるいは情人せふれと言う位置づけじゃろうと思いこんでおったからのぅ。

 それが、プロポーズもなしに一足跳びに“結婚式”とは……。やはり我が君はどこか抜けておる。

 そこがまた愛しいのじゃが♪


 「んー、ドレスはこんな感じかな? ララミーさん、どう思う?」

 「よろしいんじゃないでしょうか、シャルルさん。よくお似合いですよ、奥さん」

 そんなわけで、妾は今まさに目の前の女性ふたりの手で花嫁衣裳の着付けをされておる最中なのじゃ。

 ここは女性のひとり、シャルル殿のご自宅で、ドレスも彼女のお古をお借りしておる。


 突然の我が君の申し出に、ひっくり返るほど村長殿は驚かれたものの、いざやると決まったら、できる限り迅速にコトを勧められるよう、村人達にもいろいろと協力を要請してくだされた。

 井戸端会議に興じていたこのお二方も、村長殿の頼みをふたつ返事で引き受けて、妾の支度を手伝ってくださることになったのじゃ。


 「それにしても、ウェストがコルセット使わなくても全然余裕で入るのね。流石は元・大鬼蜂メガヴェスパー!」

 「羨ましいです。わたしなんか、娘を産んで以来、ちょっぴり太り気味で……」

 はて、そう言うものかのぅ?

 妾に着せていただいたドレスとやらを見下ろす。

 密林で目にする女狩猟士たちの衣裳とはかけ離れた形状の白い服。確か“ワンピース”とか言う代物じゃったか。最近たまに見かける女性弩砲使いが、これと似たシルエットの装備を着ておったが、色は黒が主体じゃったしのぅ。


 「ああ、それは“黒メイド”シリーズ防具──いわゆるエプロンドレスですね」

 「となると、あの娘のことねー。最近、彼氏ができたみたいだし、あの子もそろそろ落ち着いてくれるといんだけど……」

 おお、あの黒服眼鏡嬢とはお知り合いであったか。世間は狭いものよ。

 物の本によれば、“嫁”と言うのは、年中無休かつ無給でこき使えるメイドと同義らしいから、格好が似ているのもむべなるかな、と言う所かのぅ。


 「そ、それは物事を斜めに見過ぎじゃあ……」

 「でも、一概に否定はできないわね。もっとも、そこに愛情があるのが大きな違いだけど」

 ふむふむ。やはり既婚者のお言葉は参考になるのぅ。

 ──それにしても、お二方とも、妾が元は人間でないと主張しても、特段驚かれぬのじゃな?


 「あら……」「だって……」

 「「ねぇ?」」

 顔を見合わせ、クスクス笑う、シャルル殿とララミー殿。


 ──なぜじゃろう?

 おふたりはとても楽しそうなのに。

 おふたりともとてもご親切なのに。

 本能的に妾は背筋が震えるのを抑えきれなんだ。


 「まぁ、その辺の事情はおいおいお話しさせていただきますわ」

 後日、お二方がとある巨獣と怪獣の化身じゃと聞かされて、さもありなんと納得するのじゃが、それはさておき。


 「さあさ、花嫁さんの準備はこれで大方終了。あとはお化粧だけど……」

 「ん~、奥さんは目鼻立ちもハッキリしてるし、過剰なお化粧はしなくていいんじゃないですか?」

 「じゃあ、軽くお白粉はたいて、唇に紅を乗せるだけにしとこうか」

 「髪はこのままにします? ホーステール風に結ったほうがよくない?」


 結局、このあと小半刻近くにわたって、妾はお二方の手でいろいろいぢり回されることとなった。

 多分、彼女達なりに善意で世話を焼いて下さったのだと信じたい──ノリは等身大着せ替え人形だったとしても。


 正直、初めての盛装と初めての化粧に軽く気疲れもしたのじゃが、集会所の前で、パリッとした服装に着替えた我が君が目を丸くして、「見違えたよ」と言ってくださっただけで、そんな疲れも吹っ飛ぶのじゃから、我ながら現金なものよ。

 式の立会人は、村長殿が務めてくださった。


 「あ~、さて、長ったらしいお説教なんぞは、誰も望んどらんやろうからカット。式の肝だけリキ入れるで。

 ──新郎ならびに新婦。汝らは今より後、

 幸福な時も幸福でない時も、

 富める時も貧しい時も、

 病める時も健やかなる時も、

 死がふたりを分かつまで、互いを愛し、慈しみ、変わらぬ想いを捧げることを誓うか?」


 「「誓います!」」


 この日、妾は初めて、人は嬉しいときにも涙を流すものだと身をもって知ったのじゃ。



【HMFワールド豆知識(2)】

◇大鬼蜂メガヴェスパー

 地球で言う蜂に似た昆虫種の生物。全体的な形状はスズメバチに似ているが、後翅が前翅に近い大きさで、飛行時も独立して動かせるほか、6本の足の中で前の一対がいちばん長い。いちばんの違いは大きさで、通常種であっても体長は50センチ以上あり、女王蜂ともなれば1メートルを超えることも珍しくない。1.5メートル以上の女王蜂は大型獣扱いで討伐依頼が出されることも。

 ミツバチなどと同様に女王蜂を頂点とした社会を形成する。ひとつの巣にはおよそ50、60匹が棲んでおり、狩猟士にとっても侮れない脅威となる。

 雑食性で、自分より小型の虫や小動物を捕らえて餌にするほか、グランビスケスなどの大きめの花から蜜を採り巣に集める習性もある。巣から採れる蜂蜜は“カイゼルハニー”として珍重される。

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