3 決戦!第3新海老名駅

「フラッシュ炊いて何言ってんの!」

 よく通る女の子の声に、御波は一瞬、迷惑鉄がまた何かしているのではないかと思い、身構えた。

「なんだろう?」

「うむ、おそらく紛争の発生なのだな。征こう。ホームのあの端にいる駅撮りの撮り鉄がモメているのはさっきすでに先駆的に察知していた」

 総裁は口の端に笑みを浮かべている。

「憂慮していた周辺事態ではあるが、これはいずれ振りかかる火の粉。迅速に駆けつけ警護を実施、然る後すみやかに鎮圧鎮火あるのみ」

 号令する総裁。

「総員、戦闘配置。両舷合戦用意!」

「なんでそうなっちゃうの。ヒドイっ」


 海老名駅上りホームの小田原側。ここからは厚木駅に向かうストレートを走る列車がよく撮れる。

 そこでカメラを置いて腰に手をやった背の高い女の子が、別の2人の撮り鉄相手に、そのポニーテールの髪から湯気が出そうな、凄まじい剣幕で怒っている。

「いい大人が接近する列車の前面に毎回フラッシュ炊いて! 通る列車の運転士さんみんな眩しくて困ってるじゃない!」

 すると、言われた2人は言い返している。

「何を上から目線で言ってるんだよ。それにいるんだよな、ちょっとしたミスで『迷惑鉄いましたー、ヒドイですー、拡散してください!』って嬉しそうに写真アップするやつ。ウザイよな」

「話をすり替えないで! それに『ちょっとしたミス』って何!? あなたたちベテラン気取ってるのにやってることめちゃめちゃじゃない!」

「生意気なんだよ。ふざけんな! お前みたいなの、ムカつくんだよ」

 2人は実力行使しそうな剣幕になっている。

 負けずに言い張る彼女も必死だが、2人の荒ぶってたてた物音で、一瞬その顔に怯えが走る。相手は男二人。いくら背が高くても彼女は女の子だ。

「何だお前、ここでビビッてんのかよ」

 ヘラヘラと嘲りながら2人がにじり寄る。

 絶体絶命!


 だが、その時!


「だまりゃ!!」


 総裁の声が風景を真っ二つに切り割いた。

「この卑怯なる敵潜水艦ども!」

 総裁が続けて言葉を放った。

「潜水艦?!」

 2人はそういった総裁に一瞬虚をつかれて呆然とした。

「鉄道写真を取るのになぜフラッシュが必要なのだ? いまどきのカメラの感度なら十分にこの日中の日差しなら綺麗にとれて当たり前。まして撮り鉄に出かけるとしたら、予めフラッシュは基本的に使わぬように設定してこその準備というものであろう。

 準備不十分で赴くのは、駅にも、列車にも、そして鉄道そのものに対しても、まっこと失礼千万!! テツ道の風上にはおけぬ」

 総裁がその視線で2人を捉えている。その後ろにツバメと御波もいるのだが、その腰はすっかり引けている。

「何だこいつ……!」

「なめてんのか!」

 すぐに先頭の総裁を威嚇し始める2人だが、総裁は少しもひるまない。それも恐怖に耐えると言うより、恐怖をさっぱり理解していないような様子だ。

「不届きな敵潜水艦ども、このわが駆逐艦隊、ブリキネービーに九四式対潜爆雷を雨あられと落とされ圧潰して水底に沈まぬうちに退散するのが良かろう! すみやかなる撤収を勧告するぞ」

 なおも総裁は言い放つ。

「どけってことか! 何の権利があって!」

「権利は天からもたらされたと解釈するのなら、その権利は平等に我々にもあるのだが、それを濫用して、鉄道の安全運行に支障するのはロッテのホカロン、いや、もってのほか! 助さん格さん、ここは鉄研として懲らしめてやりましょう!」

 いつのまにかツバメと御波は『水戸黄門』の助さん格さんにされてしまった。

「喧嘩すんのか!」

 緊張が極に達した。

「ところが喧嘩とまではならないのだな」

 総裁の言葉で気づくと、何が起きたのかと他のホームのお客さんたちが、不審そうにざわざわしながら遠くから見ている。

「この状態でなおも言いつのるのであれば、この海老名は小田急の地区主管駅である。駅員さんも多めにいる。そして神奈川県警鉄道警察隊の詰所もあるのだ。

 そして潜水艦諸君は2、対して我々は4。この数的劣勢を打開せんとするならば」

 なんと用意がいい! ツバメはこの展開を察していたのか、その手にしたコンデジの動画撮影機能でこの一部始終を動画にとっていた。御波もケータイの動作中の録音画面を見せつける。腰は引けているのだがちゃっかりこう行動しているのがいかにもこの2人らしい。

「実力を行使するのもよかろう。しかしその場合は我々も防御砲火で対抗する上、官憲に諸君を脅迫その他もろもろでこの動画を添付して告発するぞよ」

 総裁のその声に、みなは一斉に一歩迷惑鉄に迫り、追い詰めた。

「くそっ」

 2人の迷惑鉄は舌打ちし、悪態をつき動作を荒げながら去っていった。



「ありがとうございます!!」

 迷惑鉄2人が去った撮り鉄のその背の高い女の子は、その後で足をガクガクと崩して震えだした。

「1対2なのに、なんであんな事言っちゃったんだろう、ぼくのバカ! 見て見ぬふりすればよかったのに。引込みもつかなくなちゃって……。正直、怖かった」

 御波とツバメは『え、この子、ボクっ娘?』と目を見合わせている。

「うむ。確かにああいう撮り鉄の現場で、迂闊に不法行為を強く指摘するのは、大変危険なことであるな」

「ほんと、助かりました!」

「いいのよ。ちょっと危なかったけど、正しくて勇気ある行動だと思った!」

「それに私たち、もう仲間だもん!」

 ツバメと御波が言う。

「え、仲間?」

「あなたも海老名高校の子でしょ? 私たち、鉄研作ったの! まだ同好会だけど」

「だから、まだ撮り鉄するネタがなければ、場所移しましょう! ヒドイっ」

「へ?」

 彼女は急展開に戸惑っている。

「ともかく、カフェへ行きましょうよ!」

「うむ。駅のホームはまたカフェへも通ずであったのか。これは早速、筒井康隆センセーに報告せねばのう」

 問答無用に彼女をつれて鉄研の3人は階段を上がろうとする。

「ええええ! なんで!? なんでぼく、キャプチャーされちゃうの?!」

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