2 新学期、新入生

「まさか同じクラスとはね。冗談というかラノベチックというか、というかこれはラノベそのものよね」

 ツバメは真新しい制服の金色のネクタイを指でいじくっている。この高校の制服は最近の高校の制服にしては、かなりシンプルで地味目の制服である。

「これ、ほんと地味な制服よね」

「でも制服でこの学校を選ぶ人、少ないと思うなあ」

「そうかも。というか、この話も著者がむりやり慣れないラノベの文体にしてるような、って。ヒドイ!」

 ツバメはやたらと『ヒドイ!』とセルフツッコミをする。それは彼女のクセらしい。

「もう。話始まっていきなりメタ展開しちゃダメよ」

「確かにそうよね。ヒドイっ」

「でも、この高校入れてよかったわ。私、受験のとき、志望校下げろって何度も言われたから」

「どうなのかなあ。私もそのクチだけど、同じ学区だったらずっと昔からの名門・厚木高校があるでしょ。なんとなく、厚木高校の滑り止めでここ選んできたような顔もちらほら見える。ヒドイ!」

「ひどくない、ひどくないから」

 御波は自然にフォローに回ってしまった。

 田んぼの真中にあるこの高校。小田急・相鉄の海老名駅とも小田急・JR相模線厚木駅からも同じように微妙に遠いところにある高校で、近くに海老名市役所・神奈川県警海老名署・海老名消防署がある。海老名駅前は高層マンションが立ち始め、商業施設のビナウォークもあり、ららぽーともできて栄えつつあるのだが、高校の周りはいまだに田んぼだらけである。土地があるはずなのに高校の建物が5階建てなのも、この一帯の古くからの田んぼを埋めた軟弱地盤にあるため、地盤改良にお金がかかるので狭く上に建て増すしかなかったのだという話を聴いた。

 それでも最近その真中にコメダ珈琲ができて、御波とツバメは放課後そこに行ってみようかとさっきまで話していた。

「でも、この高校に鉄研、鉄道研究部ないのよね。ほんとざーんねん。大昔あったらしいけれど、結局後継者がいなかったんだって聞いた。まあ、仕方ないわよね。このクラスも34人学級だし。

 昔は1クラス48人とか50人オーバーだったってオトンに聞いたけど、どんなシートピッチ詰めた波動輸送用の遜色急行なのよ、って。ヒドイ!」

「ひどくない、といいたいけど、少子高齢化ってほんとよね」

「私たちがお母さんになる頃には、日本の自治体は半分になるんだって。そもそも私達がお母さんになれるかどうかすら、全くわかんないけどね。でもなー。うわー、恋愛とか面倒臭いー。あー、一生鉄道趣味だけやってたいー。ヒドイ!」

「ひどくないわ。でも、鉄道趣味、私はもう、悲しい思い出のほうが強いから、遠慮しようかな、って」

「あれ、ドン引きしちゃった? ごめん!」

 ツバメは手でゴメンネの思草をした。

「いや、そうじゃなくて。なんか、迷惑鉄と、迷惑鉄を話題にするひとたち見てたら、悲しくて胸が痛くなっちゃって」

「そうよね、悲しくなるわよねえ。紳士の趣味、って言っても、実際はあれだもんねえ。落差でかすぎだもん。まあ、英国紳士も実際はレディーファースト言いながらアヘン窟とかロリペド趣味に通ってたっていうから、鉄道趣味が今こうしておおっぴらに言えてる時代のほうが稀なのかも」

「そうなのかも」

 御波は遠くを見た。

「でも、小さい時から、鉄道好きだったから。余計悲しくて。田舎のおばあちゃんとこに行くときはいつも上野発の寝台列車に、おばちゃんと一緒にA寝台でだっこされてた」

「小さいときはベッド一緒で乗れるのよね。乗ったのは寝台特急『あけぼの』?」

「そう。でも、もしかすると『鳥海』かな」

 御波は思い出している。

「時代的にそれはあんまりないと思うけど、上野発の夜行列車、もうなくなっちゃうもんね。東京上野ラインで上野駅はもう完全に通過駅になっちゃうし」

「昔だったら上野駅、寝台列車が多くて楽しかったのに。寝台列車の発着で有名な上野駅13番トーサンバンホームもどうなるかわかんないわね」

「でもあのホーム、今北斗星広場っていう待合広場あるけどラーメン屋さんとトイレしかなくて旅情がイマイチで」

「あ、そう思ってた? 私も! せめてラーメン屋さんより蕎麦屋さんよね!」

「そうそう。駅といったら蕎麦屋さんよね。あの鯖節のきいたお出汁にくたくたの蕎麦が美味しいのよね。それに七味ドバっとかけて。北へ旅立つ長距離夜行列車に乗る前に一杯さっと食べていくのがいいのよね。その湯気がホームにも漂うのがいかにも冬の旅って感じで」

 うっとりする御波。

「その湯気と列車の蒸気暖房の蒸気が揺らめくなか、あの頭端式ホームに機関車に押された客車が推進回送で入線してくるのよね」

「蒸気暖房って私たちの時代じゃないけど……でもなんだか憧れちゃうなあ」

 御波はさらにうっとりとする。

「きっとその列車は青の車体に白帯の20系客車で、最後青森で北海道に向かう青函連絡船に乗り継げるのよ。その機関車はEF58ゴハチよね」

「すごくド演歌の時代じゃない。でもそういうの、一度乗ってみたかったなあ。国鉄時代とかバブルの時代って私あんまり知らないけど、憧れはあるわ」

「あの時代、鉄道が華々しかったものね。じゃあ、帰りに海老名駅の『箱根そば』行く? あそこのコロッケそば美味しいのよ」

「コロッケそば……蕎麦にコロッケ入ってるの?」

「え、普通でしょ? 我孫子駅の唐揚げそばよりはメジャーなメニューだと思ってたけど」

「そうだっけ」

「箱根そばとそれに対抗する独立系の相鉄ホームのお蕎麦屋さんどっちにする? どっちも美味しいのよ」

 

 その時だった。


「なんか、キモーイ鉄オタがいるわね」


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