6-2 現に言葉を書き換えられたのだ。弁解なんて通じない。

6-2 現に言葉を書き換えられたのだ。弁解なんて通じない。 僕たちがサッカー部の部室の前に着くと、既に八人の女子と三人の男子が今利君を取り囲んでいた。その一人は有沢さんだった。取り囲む各人が今までの鬱憤を今利君にぶつける。

「今利君、私ね、今利君はカッコいいと思うけど、別につきあいたいとか思ってないの。それなのに、まるで今利君が好きみたいなこと言わせたでしょ」

「私だって、別に今利君を応援するつもりじゃなかったけど、今利君ばかり応援させられてたし」

「今利、お前、何人の女子に告白させたんだよ!?」

 サッカー部の部室だから瀧君もいる。向かい合う人たちの横から黙ってみている。その表情はとても冷たい。

 今利君が困惑した表情を浮かべるのを僕は初めて見た。何の話をしているのか分からないとばかりに、弁解ではなく問いかけを続ける。

「他人に好きなことを言わせる術って、そんなものあるはずないし、ないものを僕が使うことなんてできないよね。なにか勘違いしてるんじゃないかなあ」

 しかし、だ。今利君が実際に術を使っているとしたら、それはとんでもない演技だ。しらばっくれるのは許されることではない。

 女子の一人が声を荒げるのが先読みで聞こえる。

《あたしだって変なこと言わされたんだから》

 そのときだった。

 その女子のトラックが塗り変わった。

 その子の口がしゃべり出す。

「みんな、ちょっと待って。今利君がやったって証拠はないでしょ!」

 口走ってしまった後で、その子の目が泳ぐ。そして声が大きくなる。

「なにこれ!? あたし、今利君の味方する気ないのに言わされた。今利君、まだ嘘つく気?」

 今利君は困惑の表情を深くする。

「言わせたって、君に僕の味方になるような言葉を言わせるなんて、僕にはできないし」

「だって、今やったもん!」

 なだめる言葉が欺瞞になる。現に言葉を書き換えられたのだ。弁解なんて通じない。

 男子の一人がスマホを突き出した。

「今利、この魔方陣持ってるか?」

「知らない。そんなもの知らない!」

 知らない。その一点だけは今利君に同意する。魔方陣なんて和良差さんと郡山さんから聞いていない。そんなもの、あるのか?

 スマホを突き出した男子の横にいた男子が恫喝する。

「今利、鞄の中を見せろ!」

 今利君は「えっ!?」と声を上げたけれど、両腕を脇から掴まれた。捕まえたのはサッカー部員だった。エースへの信頼? そんなもの、もうない。

 男子は今利君の学生鞄をロッカーから引きずり出し蓋を開ける。中身を放り出すように空にしていくと、一つの白い封筒が出てきた。

 封筒の中には、円と多角形の幾何学模様が描かれた一枚の紙。中身を開けた男子はスマホを持つ男子に紙を渡す。

「これじゃねえか。今利、証拠ならあるだろ!」

 今利君の顔は恐怖に染まる。

「知らない。そんな封筒知らない」

 それは、その場だけ見たら無実の人間に冤罪を被せる現場に見えるだろう。

 でも周りの子はそんな態度を信じていない。

「今利君、やっぱりやってたんだ……」

「見てくれはいいけど、中身は最低ね」

「もう何も言わないで」

 今まで賞賛だけを浴びてきた王子様が受ける罵詈雑言。今利君だけが現実を受け入れられずに取り残される、という演技。

 瀧君はそれを横から見ている。何も言わない。ただ冷たかった。

 有沢さんはここぞとばかりにまくし立てている。思う存分、鬱憤晴らしをしている。

 秡川さんは何も言わなかった。顔が悲しげで、泣きそうに見えた。憧れた王子様の実の姿があまりに薄汚れていることが悲しいのだろう。

 僕は右肩をつつかれた。屋村君だ。

「嘘で作った栄華は脆いな。他人に自分の好きなことを言わせたとして、言いたくないことを言わされたことを相手はしっかり覚えている。不満は次第に溜まるものさ。いつまでも人が従ってくれると思っているのが彼の間違いだったんだよ」

 僕は無言で首を縦に振った。

 僕がするべきこと。それは今利君の術を破壊すること。

 今利君の発言のトラックは、今、灰色のままで頭の上に浮いている。それを殴ればいい。

 殴ればいいんだ。殴ればいいんだ……

 心の中で、手が今利君のトラックに伸びなかった。

 ダメなんだ。ここで終わらせるんだ。彼は言葉をもてあそんだんだ。

 そう言い聞かせても、手が伸びなかった。

 まわりの子から冷たい視線と軽蔑の言葉を受ける今利君を見ていると手が伸びない。

 言葉にすれば、今利君は既に罰を受けた、そう思えた。これ以上追い詰める気に僕はなれない。

 僕はまわりの子が怒り疲れてその場を去り、オーラを剥ぎ取られた今利君が取り残されるまで、その場で見ていた。

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