二章 友人キャラのピーキー能力 その3


 やけに機嫌の良い毬乃さんと別れ、よく分からない道を足の向くままに歩く。

「五時間か……何しよう」

 現在居る町は世界各国を繋ぐ空港があり、非常に他民族が溢れている。耳が少しとがったエルフも居れば、今すぐ触れてみたい獣耳の人まで居る。

 そんな世界各国から人が集まる場所となれば、お土産物といった商業が発展するのは必然だろう。特に瀧音幸助の居る和国は魔法が発展しており、魔法具を買う客が多い。暇つぶしできそうな場所はたくさんあった。

 訪れた魔法発動媒体専門店では、様々な形の魔法具を見ることが出来た。木で出来た杖から鉄の杖やらミスリルとか言うよく分からん金属の杖。本の形をした発動媒体や、腕輪や指輪タイプの物まで。本型の魔法発動媒体なんかはハードカバーに魔石を入れているらしく、異様に厚くなおかつ重かった。また面白い物だと日傘、ペロペロキャンディ型の発動媒体もある。

 いろんな武器を見ながらふと、今後どんな武器を装備するのが良いだろうかと考える。ゲームでは瀧音幸助は剣と盾だった。瀧音幸助は遠距離が究極的に苦手な超接近タイプであり、いつも魔物に突撃しては脳筋かのように戦っていた。

 瀧音専用と言って良い能力である『第三の手』『第四の手』スキルは接近武器ならだいたいの物と相性は良い。では瀧音幸助に一番向いている装備は何だろうか。

 ウィキに出没した紳士ゲーマー達の一番人気は、攻撃を捨てさせ防御特化にすることだ。

 右手に盾を左手に盾を、第三の手に盾を、第四の手にも盾を。瀧音幸助は専用武器がなかった事もあり、攻撃力がやや不足していた。もちろん腕全てに剣を持たせればかなり攻撃力は上がるが、代わりに防御力が信じられないくらい下がる。ならいっその事『壁』になって貰おう、みんなの攻撃を一手に引き受けて貰おうと考えたのだ。

 第三の手を覚えた頃辺りの瀧音幸助は、鉄壁と行って良いだろう。物理攻撃主体の魔物が多かったし、ほとんどの人が瀧音幸助を使用したはずだ。

 しかしそれは中盤初期までだ。そこから現れるとある鉄壁チートさんと、ゾンビみたいなヒロインに役割を奪われる。無論瀧音幸助も鉄壁チートさんに劣らない位の力はあった。しかし鉄壁チートさんは瀧音幸助にはないチート装備を容易に入手出来るのだ。そしてエロゲにおいてなによりも重要な要素を、鉄壁チートさんはもっている。それも瀧音幸助がどうやったって手に入れられない要素。そう。

 鉄壁チートさんは非常に可愛い。

 鉄壁チートさんは非常に可愛いのだ。

 紳士諸君なら思うだろう、なんでチャラ男使わなきゃいけないんですか、と。

 瀧音幸助を切るのは必然と言えた。俺だって切ったのだ。また瀧音幸助は道具に対してのエンチャントが異様に得意だったこともあって、魔法具開発所に置きっ放しする人も多かった。瀧音幸助が魔法具開発所に居ることで、魔法具開発速度が大きく向上する。ただ魔法具開発所に置いておくとキャラクターがあまり成長しない。よってレベルが上がらない。結局戦闘には使われず、魔法具開発所でずっと労働させられる。

 瀧音幸助君自体は強くなりたいと言っていたし、魔物を倒したいと言うキャラだった。だが一種の神(ゲームプレイヤー)によって本来ある自由が奪い取られ、魔法具開発所で開発に専念する瀧音幸助。もはやブラック企業に勤めるようなものだ。それでいてシナリオでは主人公やヒロインからは、アホなチャラ男として見られ扱われる。なんてかわいそうな子なのだろう。あんなにも不幸で悲惨な人生を送っているというのに。

「お客様。何かございましたか?」

 あまりに悲痛な顔をしていたのだろうか、茶髪の店員さんが心配そうに俺の顔をのぞき込むように見ていた。

 ここで考え込むのはやめようか。



 毬乃さんとの集合場所は、とても聞いたことのある名前の混じったホテルだった。

「花邑ホテル、か……」

 目の前にそびえ立つ白銀のビル。それは辺りのビルと比べても頭一つ抜けて大きい。富裕層に向けて作られたそのホテルは、煌びやかで近代的でありながら自然とも調和している。ビル横にある美しい庭園の維持には、一体いくらの金が飛んでいるのだろう。

「花邑グループ、ね」

 花邑グループといえば魔法界と財政界の重鎮であり、会長『花邑龍炎』の一声は各国にも大きな影響があるらしい。花邑毬乃は一度家を出たと思うが、今も花邑の名字を名乗っているから、花邑家の一員であることに間違いはないだろう。そして魔法界を背負って立つ一人だ。魔法の実力はもちろん、魔法会へのコネ、そして膨大な資産もある。

 ただ自分はその毬乃の息子になったのだ。ついでに言えば母は花邑家の人間だったのだ。しかし母親のことに関しては色々と情報が無い。ゲームでも、現実となった今でも。まあ花邑家から逃げたっぽいことは、なんとなく察せられたが。

「……時間はまだあるし、カフェにでも行くか」

 そう呟いて振り返った瞬間。それは起こった。

 五感が初めに届けたのは、眩い閃光だった。それから間をあけることなく響く爆音。肌に当たるのは熱気を帯びた風。黒煙と焦げた臭いが辺りに立ちこめ、あたりは混沌と化した。辺りに轟く叫び声、黒煙の中を逃げ惑う人々。火の手が上がった店を、ただ呆然と見ることしかできなかった。

 どうやら近くの飲食店らしきところが爆発したらしい。

 店からは幾人もの人が我先にと出てくる。腕を押さえた者、肩を貸して二人で出てくる者。ハンカチを口に当てた者。とりあえず俺も行動しなければと、視線を店からそらしたときだった。目に付く人物を見つけたのは。

「……なんだ、あの人」

 恐怖に顔を歪め逃げ惑う人々をよそに、彼は無表情だった。それだけでも異様なのに、辺りを見回すこともせず、混乱した様子も感じられない。

 表情だけじゃない、行動も不思議だ。逃げ出した人々が集まる一角には行かず、ホテルに早歩きで進んでいるではないか。何らかの目的があるかのように。

 彼が向うホテル、俺達が宿泊予定でもあるその花邑帝都ホテルからは、焦った人々が我先にと外に出ていた。そして隣のカフェを見て呆然とし、幾人かの人はスマホでどこかに電話している。また一部の人は、その炎上風景を動画で撮影していた。

 そんな人があふれ出ているホテルへ、あの無表情男は入っていく。俺は男の後ろをこっそりついて行った。

 ホテル内は喧騒に包まれていた。客も受付も混乱し、怒声や子供の泣き声があたりに響いている。そんなロビー内を歯牙にもかけず進み、数分ほど歩いてようやく足は止まった。

 彼の目の前には扉、そしてその扉の横に一人のスーツを着た赤髪の男性。彼らは小声で何かを話しているようだが何を言っているのかは聞き取れない。

 少し近づこうと身を乗り出そうとしたとき、扉の向こうから小さな爆発音が聞こえた。

 扉の前にいた赤髪の男性が舌打ちをする音が聞こえる。赤髪の彼はその怪しい灰色髪の男と何かを話していたようだが、一緒に室内へ入っていった。その後ろを俺はこっそり追いかける。

 彼らが入ったのは大部屋の一室のようだった。ビュッフェスタイルの食事会でもあったのだろうか。いくつものテーブルが置かれ、その上には料理や皿が置かれていたようだ。今は無残にも地面に散らばって、高そうな絨毯に汚れを作っている。そして、数人のスーツを着た男性らが、何かを囲んでいるようだった。

 俺は近くのテーブルの下、敷かれているテーブルクロスを捲って、中に身を潜める。そして耳をすまして彼らの声を聞いた。

「この裏切りもの!」

 どうやら若い女性が激高しているようで、誰かを非難していた。人として大切なものがない、恩を忘れて仇で返す、尽きることのない罵詈雑言を聞きながら、テーブルクロスをめくる。そして囲まれて居る女性を見て思わず息をのんだ。

 囲まれて居るのは三人の男女だった。耳のとがったイケメン男にこれまた耳のとがった美女が、一人の女性を守るかのように立ち、各々が武器をもっている。

 あの守られている女性は間違いない。


 メインヒロインの一人じゃないか!


 伸ばされた金色の髪に碧目の女性。怒りのためか目はつり上がり、少しだけとがった耳がピコピコと動いている。あのエルフは間違いない。

 ゲームパッケージに映るメインヒロインの一柱(ヒトハシラ)で、人気投票で常に上位

だったリュディヴィーヌ・マリー=アンジュ・ド・ラ・トレーフルだ!

 長く覚えづらい名前のため、彼女の友人や紳士諸君からはリュディと呼ばれている。

 ただゲーム内のリュディに罵って貰うことに快感を覚えた、リュディ病患者と呼ばれる一部の特殊性癖を所持する者にとっては、彼女をフルネームで言えることは当然である。無論俺だってフルネームで言えるし、昔流行ったラノベヒロインでピンク髪ツンデレ貧乳の正式名称だって言える。なぜ長ったらしい名前を覚えるのが得意なくせして、勉強では暗記が苦手なのだろうか。

 さてリュディはどんなヒロインだったか。

 原作では彼女は男性恐怖症、いや人間恐怖症のような女性だった。基本的にはとてもクールで、他者に対しての言葉が辛辣。それも特に男性に対して。そのため彼女に近寄ると、私から離れなさい、と怒気を込めた声で言われる。ただし、それは初めだけ。とあるイベントを経てつきあい始めると態度が百八十度変わる。

 デレッデレになる上に超尽くしてくれるのだ。

 しかしそのためには彼女のとあるイベントを起こし、事件を解決しなければならない。

 また、件のイベントを経ても、主人公以外の男性には対応が酷く、瀧音幸助に至っては羽虫以下の扱いを受ける。ただそれが紳士諸君の独占欲を刺激するのか、とてつもない人気を誇っていた。後ほどアペンドディスク(追加パッチ)などでヒロインが十二人から二倍以上に増えるも、その人気に陰りはなかった。

 では、なぜリュディは人を、特に男性を嫌うのだろうか。もしかしたら俺はその原因となった現場にいるのかもしれない。

 追い詰められたリュディ達は、異形の銃を突きつけられる。先ほどカフェにいた怪しい人物も一緒になって銃を構えていた。

「お嬢様は勘違いされてるな。俺らは裏切ってなどいないよ、最初からこっち側だっただけさ」

 リュディにそう答えるスキンヘッドの男性。状況から察するに、どうやら彼らはリュディに仕えていたらしい。怒りからか顔をゆがませ歯がみするリュディ。にじり寄る人々によって壁際に追い詰められるも、彼女の瞳に諦めの色はない。

 その様子を見ているうちに、開発者ブログに書かれていた内容を思い出す。そこでは、『リュディがあんなにも男性を毛嫌いするのには、ちゃんと理由があったんです。ただその設定だと非処女になるんですよ。そしたら上司が「富士山級の苦情が来るから、非処女だけは何が何でも絶対に天変地異が起こっても死んでも生まれ変わっても次元が変わっても邪神に体を乗っ取られても止めろ」といいましてw。まあ結局いろいろあった設定で処女という事に落ち着きましたw』

 と、シナリオライターは俺達紳士エロゲユーザーにケンカを売るような設定を考えていたはずだ。

 また、ゲームでリュディと仲良くなるにつれ、明かされていく過去の出来事も、今の状況と一致している。『私、前に信じていた人たちに裏切られたの』と、泣きそうな顔で打ち明けた姿は俺の脳に刻まれている。今まさにこの場面のことだろう。

 ならば俺はどうするのが良いのだろうか。

 ここで彼女を助けることは物語を大幅に変える可能性がある。彼女の敵対する組織は序盤から中盤にかけて重要な敵役として出現するのだが、そのイベントが発生しなくなる蚊もしれない。しかし、このまま放置して良いのか?

 いや落ち着こう。そもそも、そもそもだ。今の俺は、彼女を助けられるのだろうか。

 彼らが持つ未知の武器を今ある装備で耐えきれるのだろうか。有るのはストール一枚と予備用にもっていたマフラー一枚のみだ。もしこのストールが貫かれたら……。

 そして実戦なんてしたことがない俺が役に立つだろうか。戦いらしきものなんて学生の頃にした柔道くらいで、あとはからっきしだ。そんな俺が彼女を助けられるか?

 それにもしゲーム通りなら、リュディを助けた人は毬乃さんという設定だったはずだ。俺ではなく毬乃さんなのだ。それはゲーム中の台詞で明らかになっている。

 じゃあ仮に俺がここで出しゃばって状況を悪化させてみろ、毬乃さんは余計に動きづらくなり、最悪の場合デッドエンド直行かもしれない。何事もなかったかのように引き返すのが良いだろうか。

「もう諦めたらどうだ?」

 スキンヘッドの男がリュディにそう言う。しかしリュディは首を縦に振らなかった。

「こちらにはクラリスがいるわ、確かに今は不利かもしれない。けれど長引けば長引く程あんたたちが不利になるんだからっ!」

 クラリスとは彼女の斜め前に立ち、剣を構えている女性だろうか。ゲームでは見た覚えはない。スキンヘッドは彼女をちらりと一瞥すると、肩をすくめた。

「やれやれ。お嬢様は俺たちが何ら対策をしていないとでも思ったのか?」

「どういう……えっ?」

 スキンヘッドがそう言った瞬間だった。リュディの前をなにかが通り過ぎ、クラリスが崩れ落ちたのは。

 リュディの前を通り過ぎたのは、クラリスの横に立っていた男性、リュディ側に付いていたと思われるイケメンだった。クラリスは腹に拳を受けたようで、腹を抑え崩れ落ちる。その彼女の体をイケメン男性は踏みつけた。

「アギィッァァァ」

 何度も、何度も踏みつけた。クラリスはそのたび声にならない悲鳴を上げ、苦痛の表情を浮かべる。

「うそ、うそよね。うそでしょう……。オーレリアン、貴方もなの」

 裏切られた反動もあるのだろう、あんなにも強気だったリュディの顔は崩れ、今にも泣き出しそうだった。離れている俺が分かるくらいに手足が震え、逃げ場はないのに後ずさっている。

 そして壁に足がぶつかり、後ろを向く。退路がないことを彼女は理解したようだ。

「ククッははははは、はぁぁぁっはっははははあ」

 それを見たオーレリアンは大声で笑い出す。腹に手を当て心底おかしそうに、狂ったように笑っていた。

「その顔が見たかったんだっ! はは、何のために何年もガキのワガママに我慢してたと思ってたんだ。全部このためだよ。さいっこうだ!」

 電池が切れそうな人形のようだった。現状を理解できずゆっくりと

 じり、とスキンヘッド達が一歩前に出る。全員がリュディに銃を突きつけゆっくりと近づいていく。

「おいおい、お前らまだ撃つなよ、殺す前に少し楽しんでからだ」

 オーレリアンはへらへら笑いながらそう言う。するとスキンヘッド以外の周りの男性は小さく歓声を上げた。

 俺は持っていたマフラーの予備を取り出すと、顔が隠れるように頭全体に巻く。そして目線が確保出来るようにマフラーを動かした。そして身体強化魔法、マフラー、ストール、衣類にエンチャントを施す。

 じりじりと近寄っていくスキンヘッド達。ニヤニヤ笑うオーレリアン。

 あと十メートルもない、と言うところで、リュディの瞳から一筋の線が出来た。そして反対側の瞳からもぽろりと滴がこぼれ落ちる。

 ああ、不思議な感覚だ。怒りで頭が沸騰しそうだけど、なぜか思考はすっきりしている。矛盾しているけれど、そんな感じなんだからそうとしか言い様がないが。

 さて、行こう。

 『展開が変わるから助けない』だとか、『自分が危ないから見なかったことにする』だなんて選択肢は、微塵も残っていなかった。

 オーレリアンがクラリスを蹴飛ばすと、ずかずかと大股でリュディに向って歩いて行く。そして彼女に手を伸ばした瞬間、俺はその場を飛び出した。

 俺は真っ先にスキンヘッドを狙った。近くにあったテーブルを第三の手(ストール右側)で持ち上げ、スキンヘッドらが居る場所にぶん投げる。

 テーブルにのっていたガラス食器が割れるのと、オーレリアンがリュディのスカートを破るのはほぼ同時だった。そっちに意識の行っていた彼らは、俺の投げたテーブルに反応が遅れた。

 幾人かの人間がテーブルによって吹き飛ばされる。俺はリュディの元に走りながら、すぐに第四の手でテーブルを掴む。そして人が固まっているところに投げた。

「なにものっ、どわぁぁぁぁぁあ!」

 全て叫ばれる前にそいつは吹っ飛んでいった。俺は走りながら第三の手で倒れていたクラリスをひろうとすぐにお姫様だっこに持ちかえる。そしてすぐさま第三の手を硬化させ、飛んできた銃弾を弾いた。

「くっ」

 頭に衝撃。大きく首に圧力が掛かる

 全て弾くことが出来たわけでなかった。いくつかの銃弾はしっかり第三の手が弾いたものの、一つが頭に当たったらしい。

(マフラー巻いていて良かったな……)

 すぐさま体制を立て直し、オーレリアンに向かって走る。そして第四の手で振りかぶると、呆然としている彼の横っ面を本気で、それはもう粉々にするつもりでぶん殴った。

「ぎゃああああぁぁぁぁあ」

 俺はすぐに第三と第四の手を広げながら、片手でクラリスを支え、反対の手でリュディをひろう。そして三人が隠れる位にストールを広げた後、魔力を大量に送り硬化させる。

 ガンガンと雨のように銃弾がストールに降り注ぐ。なんども銃弾を弾く音が聞こえるが、ストールは微動だにしない。どうやら破られることはないようだ。しかし、手詰まりであることもしっかり自覚している。ストールから視線を外し、二人を見つめる。

 リュディは混乱しているのか、呆然と俺を見つめていた。そしてクラリスの方は体中がボロボロではあるが、なんとか意識はあるようだ。

 さて、こんな二人を抱え俺は何が出来るだろうか。そもそも自分一人でさえ立ち回れるか不安だというのに。

「あんた、回復魔法は使えるか?」

 俺は右腕に居るリュディに訪ねると、彼女はびくりと震え、首を横に振った。

「そうか……」

 想像できてはいた。彼女は遠距離攻撃特化の魔法使いで、回復魔法は基本使えなかったはずだ。無論俺も使えない。普通にプレイしていれば中盤ごろに入手出来るアイテムや、とあるイベントで覚えさせれば、リュディ、そして俺も回復魔法が使えるのだが、無い物ねだりしても仕方ない。

 どうすべきか考えていると、背中からほんの少しの熱を感じ取る。

「おいおい、やめてくれよ……」

 どうやら今度は火魔法を使っているらしい。なんとかストール盾は耐えているようだが、すぐにでも止めさせたい。このストール盾がどれくらいの強度があるかも分からないのに、黙って攻撃を受け続るなんてそんなバクチしたくない。

 いや、現状を考えればバクチにでるしかないような状況ではあるのか。

 もしかしたら相手の攻撃を全て防ぎきれるかもしれない。だけどこのままずっと防御に徹していても俺の魔力が尽きたら終わりだ。まだまだ余裕そうではあるが、尽きたらコレはただの布で、俺は役立たずだ。

 しかし、だからといって攻勢に出ることも出来ない。

「……こんな欠陥があったとはな、どうすりゃ良いんだ」

 思わず呟く。ストール全体を半円形に覆っているせいか、全く前が見えない。

 ストール壁は確かに頑丈だ。しかし覆うように広げることは、視界をふさぐという事でもある。大きな漆黒の傘を広げて前につき出すようなものだ。ビニール傘みたいなものだったら相手が見えるというのに。

 いや、しかしだ。逆に言えば今の俺たちの状況が相手は分からないわけだ。策を講じるにはうってつけなのかもしれない。何らかの用意をして相手の不意を突ければ……。

 でも、どうすれば良いんだ。策を講じようにも、俺が戦闘で使えそうな魔法は、ストールを使った第三の手、第四の手ぐらいだ。他はほぼ練習していない。奴らを潰すには接近するか、何か投げるものを探さないとダメだ。しかしそれをしたら……。

 ストールから目を離し二人を見つめると、不安そうな瞳でこちらを見るリュディと目が合う。

 今ここで俺が攻勢に出ても、彼女達に危険が残る。せめて俺のストール盾をここで発動しっぱなしに出来れば問題はないのだが……。いや待てよ。

 抱き寄せている手でクラリスの体を軽く揺する。

「おいアンタ、頼む力を貸してくれ!」

「ヴうぅ……ぅう」

 クラリスが防御系の魔法を唱えることが出来れば、話は変わってくる。彼女にリュディを守ってもらうだけで、ここを任せて攻勢に転じることが出来るであろう。

 彼女は苦しそうな表情を浮かべたまま、ゆっくり口をひらく。

「うぅ……お前、は何、者だ……」

 思わず舌打ちが出た。そんな事を話している暇はないのだ。もし後ろで魔法の一斉射撃をされ、俺の盾が耐えきれなかったら? また別の手段で攻撃をしてきたら? いやな想像が脳裏をよぎり、苛立ちが募る。

「ちんたら自己紹介してる暇はないんだ。ハイかイイエで答えてくれ。お前は今後ろのあいつらから身を守る魔法を使えるか?」

「……ガァッ」

 彼女の体を強く揺すると、苦悶の表情を浮かべた。どこか骨を折っているのだろうか。やってしまった、不用意に動かすべきではなかったと後悔したがもう遅い。

「クラリスっ!」

 リュディは心配そうにクラリスのことを見つめる。クラリスはリュディを見つめながら、

「なん、とか、使え、ると思、う。ただ、長くはもた、ない」

 と言った。

「じゃあ頼む。それとお前は動かず、死んだふりをしながら魔法を使ってくれ」

 今度はリュディに向き直る。

「お前が防御魔法を使っているように仕向けろ、魔力を活性化させて『アイギス』を唱えるふりをするんだ。呪文を叫べ。だがフリだけだぞ。お前が使うのは……目くらましだ」

 リュディはクラリスから視線を外し。不安そうな顔で俺を見つめる。

「めくらま、し?」

「ああ、そうだ。『フラッシュ』ぐらい使えるだろ。『ライト』でもいい。不意を突いてほしいんだ。後は俺がなんとかする」

 悪いが彼女達にはオトリになって貰う。今彼らが一番に処分したいのは間違いなくリュディとクラリスである。いきなり登場した瀧音幸助ではないはずだ。

 だったら真っ先に彼女達を狙う。一部が俺に来るかもしれないが、それは少数だろう。

 そしてリュディが盾魔法を使っていると臭わせておきながら、目くらまし魔法を唱える。上手くいくことを祈るしかない。

「よし、確認だ。アンタは俺が行った瞬間に盾魔法。そしてアンタは魔法使うふりをして、皆が魔法を打ち終わったころに灯りの魔法で目くらましでも何でもしてくれ。分かったな。悪いがすぐに行くぞ。十秒だ」

 と俺が言うとすぐに動いたのはクラリスだった。彼女がぶつぶつと何かを言いながら魔力を活性化させているのが分かる。

「十、九、八……」

 リュディも自身の魔力を活性化させる。

「七、六、五」

 俺も行き渡らせてストールの魔力を変質させる準備を始める。そしてクラリスを死んでいるかのように横たわらせた。

「四、三、二」

 俺はリュディを立たせるために彼女の腕を掴む。そして。

「一、リュディ、立てっ! 盾魔法だ」

 俺は彼女を立たせると同時に大声で叫んだ。

「アイギスッ!」

 光属性の盾魔法がはられるのと同時に、俺はストールのエンチャントを一度解除する。そしてあたりを確認した。どうやら彼らは散開していたようで、ひとまとまりになっているところはなかった。俺の突撃に一瞬戸惑っていたようだが、すぐにスキンヘッドが命令を下した。

「トレーフルを狙え!」

 やはり予想通りトレーフル家のリュディを狙うようだ。ただ俺の一番近くのヤツは、こちらに銃口を向けていたが。

 すぐに第四の手を広げて防御を作り、第三の手で彼を殴り飛ばす。ちょうどそのとき室内が眩い閃光に包まれた。どうやらリュディが目くらましを行ったらしい。ただ明るい室内だからか、効果はあまりなかったように見える。しかし、隙を作ることには成功した。すぐリュディを狙う奴らに詰め、一人を第四の手で掴むと勢いよく投げ飛ばした。

「ぎゃぁぁぁあああ」

 オーレリアンを介抱していた男性が吹き飛ぶのを見ながら、第三の手で壁を作る。飛んでくる銃弾を防ぎながらなぎ倒していく。

 俺はテーブルなどを投げつけ、彼らが動かないかを確認。そして急いでそいつらをひとまとめにする。そして近くにあったテーブルクロスに魔力を込めて広げると頭にかぶせ、かなりの魔力を使って硬質化と固定化のエンチャントを施した。

 これで一安心だろう。

 ため息をつきながらリュディ達に視線を移したところで、思わず息をのむ。

(やっべ、そういやスカート破られてたな)

 視線の先に居たリュディは、あられもない姿になっていた。

 俺の視線に気がついたのか、彼女は顔を真っ赤にしながら手で隠そうとする。しかし白色でかわいらしいリボンがあしらわれたそのショーツを隠しきることは出来なかった。白色の肌ととてもよく合っている下着で、彼女にしては少し可愛らしすぎるような気もしないでもない。そして……いやこれ以上は止そう。

「み、見ないでっ!」

 そ、そうだ。俺は何を凝視してるんだ?!

 真っ赤で泣き出しそうな彼女から視線を外し、慌てて何かを探す。しかし見つかったのは破りられて踏まれた痕のあるスカートの一部だ。こんなの余計に羞恥心をかき立てるだけである。そしてふと思う。

 そうだ。わざわざ探さなくとも、俺が巻いているストールがあるじゃないか。

 急いでストールを外すと、彼女から視線をそらしながら、早歩きで近づく。

「あっ」

 視線をそらしたのが悪かったのか、慌てていたせいだろうか。俺は下に落ちていた皿を踏んで思い切り滑ってしまった。そして手に持っていたストールが奇跡的に顔へひっかか

り、前が見えなくなりながらも、俺の体が倒れていくのが分かった。

 ヤバイと思ったがもう遅い。とりあえず体を守ろうと、手を前に伸ばす。

 手に衝撃が来ると思っていたが、痛みはなかった。ふよぉん。と温かくそして柔らかい何かが俺の手に当たる。

 それも両手だ。右手はほんの少しの固さはあるが幸せになる柔らかさで、先端には何かが付いている。そしてもう片方はとても弾力があって、まるで波打つプリンのような……なんだコレともう一度手を動かす。

「きゃぁぁぁぁぁあ!」

「ンァァッ!」

 と女性二人の叫び声が耳元で響く。そして俺は何を触っているのかにようやく気がついた。それど同時に顔に引っかかっていたストールがずり落ち、前が見える。

「うわあああ」

 掴んでいたのはリュディの胸とクラリスの尻だった。俺は真っ赤になったままのリュディの顔を見てすぐに手を離す。そして勢いよく飛び上がるとストールを彼女の下半身に向かって投げ駆けだした。

「すすす、すいませんでしたああぁぁぁ」

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