これは男のロマンか、それとも女の傲慢か

「単刀直入で、何でそんなウブなの?バカなの?」

 美里愛ちゃんが加減なく僕の核心を突く。

「だって、しょうがないじゃん。僕、女子のそれを見ると、それを見ると……」

「パンツ?」


「ちょっと待って、それ言ったらまた鼻血が出ちゃうから!」

 僕は慌てて壁際の勉強机とベランダの窓に挟まれたゴミ箱に頭を突っ込んで避難する。

「アンタが桃色と桜色のパンツに刺激を受け過ぎたから、見せパンで配慮したつもりなのに」

「柄言わないでえ~」


「アンタが必死で小銭拾っている間に先に帰って、見せパン履いたのにな。やっぱりこれ重症だ。つーか重症すぎて呆れるわ」

 美里愛ちゃんが呆然としたトーンで僕にダメ出しした。


「もう、なんであのとき、スカートの中見ちゃったんだろう。僕すっごい苦手なんだよ」

「童貞らしい発言、はっきりしちゃったね」

「だってしょうがないだろ、僕、怖いんだもん」

「何が?」

「女の子の、その、スカートの中の!」

 僕はテンパりながらゴミ箱から振り向き、彼女のスカートを指差す。


「これ?」

 美里愛ちゃんが三度、スカートをめくる。

「だからめくっちゃダメ!」

 僕は勢い任せに彼女に注意した。


「うるさいわね。大体、なんでそんなに女子のスカートの中が苦手なの?」

「だって、恥ずかしいじゃん。女子だってスカートの中、男子に見られたら恥ずかしいじゃん」

「そういう人もいるわね」

「そういう人もいる?美里愛ちゃんは恥ずかしくないの?」


「別に」

「平気なの!?」

「だって、スカートの中見られたぐらいでキャッキャ言ってたら、海で水着になれないじゃん。ほら、水着だってあんな感じでしょ?Vみたいというか、ブーメランというか」

 美里愛ちゃんは独特な理由で羞恥心がないことをさらしているのか。だとしたら、僕は美里愛ちゃんの神経をちょっと疑う。


「僕は恥ずかしいよ。もちろん自分がズボンを脱がされても恥ずかしいし、なんていうか、人が絶対に見てはいけない禁断の領域を見てるみたいで。そしたらなんか、すげえ罰が当たる気がして。怖いんだよ」

「そういえば私のスカートの中のパンツ、二回見たわね」


「あー、言っちゃダメ!」

 僕は再びゴミ箱に避難する。幸いにも止まった鼻血がまた流れ出してはいない。


「言っちゃダメだよ、言っちゃダメだよ。いたいけな人間が自分の下着の特徴を口にするなんて。それは自分の中だけにしまっておきなさい。大事な宝物のように心の中にしまっておくんだよ」

「うわあ、童貞の言い訳にしても異常だわ。そういうところが放っておけないんだけどね」


 美里愛ちゃんの意味深な言葉に、僕はゴミ箱から顔を上げ、彼女に疑いの目を向けた。

「僕を、放っておけない?」

「何ていうか……」

 と前置きした美里愛ちゃんの顔に、奇妙な笑みがこぼれる。


「こんな可愛い男の子初めて。風でスカートがめくれたのを見るだけで鼻血流すって壮絶にウケる」


 今、美里愛ちゃんは何を言いました?僕をからかいました?僕の鼻血を笑いました?自分に起きたアクシデントを気にすることなく、僕のアクシデントを笑いました?

「アンタこのままじゃ大人になれないわよ。いや、せめて高校生らしく精神的に成長して欲しいものね」


「何、急に自分がすげえ大人みたいに言っちゃってんの」

「アンタの精神年齢が低すぎるの。まるで幼稚園児みたい。明日からブレザーじゃなくてスモッグ着たら?」

「高校生のスモッグ見たことあるのかよ」

「オーダーメイドしてもらえばいいじゃん」

「スモッグにオーダーメイドないだろ」


「じゃあどうするの?明日からの高校生活。そのとてつもない童貞ぶりじゃ、色々大変じゃない?クラスの男子にからかわれたりもするし、女子だっていつどこでアクシデントが起きてパンチラするかわからないよ」

「やたらめったら恐怖を煽らないでくれよ」

「私が証人なの。風が吹いてスカートめくれた瞬間、アンタ二度も間近で見たんでしょ」


「しょうがないじゃん、アクシデントなんだから」

「さっきから『しょうがない』言い過ぎ」

「しょうがないだろ、口癖なんだから!」

 僕は腕をブンブンさせながら抗議した。


「やっぱり、高校生にしてはウブで可愛すぎる」

 美里愛ちゃんの冷静な評価に僕は押し黙った。

「そうだ、ちょうど私のスカートアクシデントを二度見た責任として、明日からちょっと手伝ってくれない?」


「何を手伝うんだよ?」

「明日公開」

「映画みたいに言わなくていいよ。プランあるんでしょ?もったいぶらないで言ってよ」

「わかりました。3、2、1……」

 無駄なカウントダウンを重ねる美里愛ちゃんに、僕は興味を持ってちょっと身を乗り出した。


「コスプレ研究会」

 ちょっと意味がわからない。美里愛ちゃん、今度は何を考えているんだろう。そのドライな表情からはうかがえない。

「コスプレ?」

「私は生まれた頃からたまらなくコスプレがしたくてたまらない人なの」

「言い回しクドッ」


「だから、同じ高校の生徒たちにコスプレの素晴らしさを広める活動をしていきたい。アンタにはその手伝いをしてもらいたくてね」

「僕が?」


「はいこれ」

 美里愛ちゃんがブレザーの内ポケットから取り出したのは一枚の紙だった。上部には「契約書」と銘打たれていた。

「け、契約書!?」

「研究会スペシャルアシスタントに任命するわ」


「ちょっと待って、僕が美里愛ちゃんのあんなコスプレとかこんなコスプレとか、全部拝んじゃうの?」

「それ以外何がある?」

 美里愛ちゃんはあっけらかんと返した。


「もしかしてその、セ、セ、セ……」

「セクシーっぽいのもあるわね」

 美里愛ちゃんが意味ありげに目を逸らしながら語った。

「うわあああああっ!」

 僕は再びゴミ箱に顔を埋めた。その背後で、ペンをバンッと契約書に叩きつけるような音が聞こえた。


「プリーズ・リターン。早くサインを求む」

 僕は膝で歩きながら契約書に近づく。律儀に詳細な内容が上から下までパソコンの文字で書かれている。3ページ分がホッチキスで留められているのがわかった。正直読むのがめんどい、1割も頭に入る自信がない。マジで大人が賃貸契約のときとかに交わすそれと一緒じゃん。

「一番下の名前書く欄にサインしてくれたらいいから」


「マジかよ。ちなみに断ったら?」

 美里愛ちゃんはいきなり立ち上がると、またスカートのファスナーを下ろした。

「もうやめてくれ!」

「サインする?」

「します……」

 僕は震える手で自分の名前を書いた。おかげで文字もブルブルしていて締まりがなかった。


「白滝清太、確かに契約同意を受けました」

 僕は引っ越したばかりの変態隣人に支配されている現実が受け入れられず、悶々としまくっていた。こうして僕の人生には、長い嵐が訪れることになった。少なくともそれは、3年間続くんだ。

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