干支っこ・リリィハーレム!?

雪ノ山 噛仁

1匹目・訳アリの三人と一人

「ねぇねぇ綾芽あやめちゃん~もっとお酒無いの~?」


からになった酒瓶を振りながら酒を要求してくる巳咲みさき

巳咲の周囲には既に中身の無い酒瓶が7,8本転がっている。


「巳咲姉ぇ呑み過ぎ!

 ちょっとは体をいた――ひゃう!?」


「いいじゃないの~子音しおん~。

 あと子音がお酌してくれればお酒が

 も~~~~っと美味しくなるんだけどなぁ?」


巳咲は咎めた子音に蛇が巻き付くが如く抱きつき、子音は小動物の様に必死に逃げ出そうともがいていた。


それを横目で見て溜息を寅乃しんの

再び視線を手元の本へと戻し自分の世界に戻る。

『我関せず』、そういった感じである。


――私、遠西 綾芽とおにし あやめは不安を感じずにいられなかった。


『同じような居候があと九人も来る』


旅行中の母親が残した言葉が頭の中に繰り返し浮かび上がる。


目の前にいる居候達。


そしてこれからやってくる居候達。

皆、同じ問題を抱えているのだ。


「――いい加減にしろぉ!」


どうやらすぐにもその問題が見れる。


「巳咲姉ぇ!!!」


ぽん!


どげしっ!


巳咲を蹴飛ばすと同時に子音の頭とお尻に何かが現れる。

それは動物の、詳しく言えばネズミの耳と尻尾だ。

耳はぴくぴくと動き、尻尾も同じくぴくぴく動いている。


「も~ひどいな~子音は~」


頭をさすりながら起き上がる巳咲。

にんまり笑う口元からはチロチロと蛇の様な舌が出入りしている。

そしてゆっくりと獲物を狙う様、子音に近づこうとする巳咲。


動く事によって長い髪に隠れていた首筋がよく見える。

その首筋には蛇の鱗のようなものが浮かび上がっていた。

さらに左足には蛇の尾が巻き付いている。


「だから来るなっての!」


「やーだよ~、お酌してくれるまで逃がさないよ~」


ドタバタと広間を子音がすばしっこく逃げ、それを巳咲が執拗に追いかける。

流石にやかましいし、ウザったい。

いい加減止めようとして立ち上がろうとするが――


「うーるーさーいっ!!」


今まで静かだった寅乃が獣の様にいや彼女の場合、虎の吠え声の様に叫ぶ。

同時にぽん!、と頭とお尻に虎の耳と尻尾が現れていた。

お蔭で寅乃の声に驚いたのか子音と巳咲がぴたりと動きを止める。


彼女たちとこれからやってくる居候達の問題。

それがこれである。

気持ちが昂ぶるとある動物たちの身体的特徴が彼女たち自身に現れる。


例えそれが怒りでも喜びでも悲しみでも。


しかもそれら身体的特徴は一般人にも見える上、中々消えてくれないそうだ。

そのせいで気味悪がられ普通の生活が送り辛い状態なのでこの家にやって来た。

――まあ何故私の家なのかは後々説明する。


そしてその動物たちというのが――干支えと

十二支とも呼ばれるアレ。

彼女達は皆、憑りつかれているそうだ。


鼠谷 子音ねずや しおん、彼女はネズミに。


蛇沼 巳咲へびぬま みさき、彼女はヘビに。


虎落淵 寅乃もがりぶち しんの、彼女はトラに。



他の人たちも同様、いずれかの動物に憑りつかれているとの事だが――。


気が付けば寅乃が物凄い形相で子音と巳咲へゆっくりと迫っている。

その二人は小動物の如く、部屋の隅でガタガタ震えていた。

――まあ相手は虎だしね。


私は掛けている瓶底メガネをくいっと正し、立ち上がって寅乃に音も無く近づく。

ある程度距離が縮まった辺りで寅乃が私に気付き振り向くが、もう遅い。

素早く私の間合いに入り、そして――。


ぽふ。


「ふにゃ!?」


寅乃の頭に優しく手の平を乗せると、寅乃が猫の様な可愛らしい声を上げる。


「寅乃も静かにしなさい、ね?」


そう言いながら私は寅乃の頭を優しく撫でる。

優しく、優しく。


「ふ、ふにゃあ……わ、分かった……かにゃ……。

 にゃでる、のを……止め……」


だが撫でる手を止めはしない。

こうする必要があるのだ。

次第に寅乃の頬は紅潮し、とろけた表情へと変わる。

すると――


ぽん!


寅乃に生えていた虎の耳と尻尾は音と共に消えて、元通りの寅乃となった。

その寅乃はふにゃ~と床に寝転がっている。


「綾芽おねーさん!私も私も!」


寅乃が元通りになるのを見るや子音がトコトコ私に近づいてくる。


「はいはい、分かってるから」


先程の寅乃にしたように子音の癖っ毛の頭に手を乗せ、優しく撫で始める。


「――ふぁあぁ……」


余程気持ち良いのか、子音もすぐに蕩けた表情になり声を上げる。


――毎度の事ながら何とも言えない心境だ。

身だしなみとか気にしないたちだが一応私は女。

そんな私が同性に対して頭を撫でて赤面させて声を上げさせて……。


ぽん!


そんな事を考えている内に子音に生えていた鼠の耳と尻尾が消えている。


「おねーさんありがと♪」


「どういたしまして」


子音の屈託の無い笑顔と感謝の言葉に照れくささを感じ、ついそっぽ向いてしまう。

昔からそうだ。

人付き合いが苦手でたまにお礼を言われても、ぶっきらぼうな態度を取ってしまうのだ。

今現在もそんな状態が続いているが――


「ねぇねぇ綾芽ちゃ~ん」


「――っ!」


唐突にがばっと抱き着いてくる巳咲。

酒臭い息が私の顔に掛かるぐらい近い距離。


「私にも~なでなでぇ~してほしいなぁ~?」


そう言いながら何故か着ている衣服を脱ぎ始めようとする。


今現在この中で一番厄介なのは彼女である。

巳咲は、なんていうか、男女どちらか好きかと言えば即答で『女』と答えた人だ。

その上『年下』が好きとくる。


自分の年齢よりも下であればオールオッケー。

色んな意味で本当に厄介なのだ。


ちなみに巳咲は25歳、私は20歳。

つまりは、私も範囲内で現在進行形で危険な状態である。


「頭だけじゃなく、色んな所を、ね?」


妖艶な笑みで迫る巳咲。


だが――


「子音、寅乃」


慌てる事も無く他の二人の名前を呼ぶ。

寅乃は呼ばれるまでふにゃ~としていたが、しゃきっ!と背筋を正しすぐさま私から巳咲を引き剥がし床に転がす。


子音は待ってましたと言わんばかりに、何処からともなく取り出した布団で巳咲を巻きにする。

巻き終わると寅乃が荷造り紐でさらに巳咲を締める。


「……ありゃ?」


瞬時に行われた事に巳咲は理解が追い付いていないようだったが、

簀巻き状態から抜け出そうとのったんのったんもがく。


しかし、その上から子音が飛び乗る事で完全に動きを止める。

……おそらく気を失っただけ、多分生きてる、はず。


その隙に私は巳咲の頭を撫で始める。


「……ん、んん……」


巳咲の口から微かに声が漏れる。

良かった生きてる。

とりあえずそのまま撫で続ける。


「……もうちょっと、胸の方へ――」


薄目を開けてこちらを見やる巳咲。

どうやら死んだふり、もとい狸寝入りだったようだ。


「え?寅乃も乗っていいですって?」


そう言うと巳咲は口をきゅっと閉じる。

暫く撫でているとぽん、と音がする。

巳咲の首筋にあった蛇の鱗は消えていた。

舌も元に戻った様だ。


「……ハァ、やっぱり綾芽ちゃんはテクニシャンだねぇ」


「その言い方、止めて下さい」


頬を赤らめ恍惚の笑みを浮かべている巳咲。

私は巳咲に巻かれていた布団などを解き、巳咲をそこらに転がす。

時計を見れば10時丁度。


「はいはい、明日も朝早いからみんな部屋に戻りなさい」


ぱんぱんと手を叩きながら促す。

翌日にはまた別の3人がこの家にやってくるのだ。

それまでにそれぞれが使用する部屋を軽く掃除しておきたい。

そしてゴロゴロしたい。


巳咲は渋々立ち上がり、寅乃もそれを追う様に立ち上がる。

子音はと言うと――


「綾芽おねーさんっ♪」


私の胸に顔をうずめる様に抱き着いてきた。


「おっと」


思いの外、力強い抱き着きに倒れまいと踏ん張る。

それと同時に子音を優しく抱きかかえる。


「どうしたの子音?」


「えへへ、綾芽おねーさんとおやすみのハグ、したかったんだ~」


満面の笑みでそう答える子音。

こういう所は昔と変わらないな。

そう思っていると――


「――それと、」


瞬間。

私の唇に何かが微かに触れる。

眼前には子音の顔。

しかしすぐに子音の顔は離れ、はにかんだ。


「おやすみのチュウもね♪

 それじゃ綾芽おねーさんまた明日ね~」


そう言ってぱっ!と私から離れ笑顔で手を振りながら離れへと走っていく。

子音の事だから、なんかの本とかテレビに影響されての行動だと思われる。

多分。

呆気に取られていたがなんとか右手を動かし、子音の姿が見えなくなるまで手を振り返す。


そして残された私と巳咲、寅乃。

最初に声を上げたのは巳咲だった。


「いいな~いいな~綾芽ちゃん。

 私もチュウしてほしいな~チュウ~」


体をクネクネ揺らしながら唇を突き出しながら迫りくる巳咲。

……寧ろ子音の行動はこの人の影響ではないのか?と思う。

兎に角迫りくる巳咲に対し、


「じゃあこれを私だと思ってチュウでもなんでもしてください」


と私は新品の焼酎の瓶を巳咲の眼前に突き出す。


「綾芽ちゃんのイケズ~!

 お酒ありがとう~!」


文句とお礼を交互にブーブー言いながらも、しっかりと焼酎の瓶を大事そうに抱えながら部屋へと戻っていった巳咲であった。

さて残るは寅乃だが……。


「……はぁ」


溜息を一ついてから部屋へと向かおうとする。

顔がほんのり赤いのは気のせいだろうか?


「どうしたの寅乃?

 体調でも悪い?」


寅乃の顔を覗き込むように話しかけるが、寅乃は私の方とは反対方向に顔を逸らし――


「いえ、気にしないで」


と一言。

クールと言うか、素っ気ないと言うか。

まあ本人が気にしないでと言うのだから気にしないでおこう。

そのまま歩き出した寅乃を見送り、部屋には私一人になる。


「……くっはぁぁぁ~、疲れたぁ~……」


ちゃぶ台の近くに座り込み、そのまま突っ伏す。

本当なら両親が帰ってくるまで趣味にのめり込んで引きこもり生活ができる、

はずだったのに。


「あと九人かぁ……」


そう言って軽く眩暈めまいを覚える。

どうしてこうなったのか。


事の発端を少し振り返ってみる――。


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