(3)

 探し物をするには、高校の昼休みは短すぎる。

 十二時から十二時四十五分までの間に昼食を済ませて空いた時間が休憩タイムだ。もっともその後の十五分間が掃除の時間なので、そこも自由時間に入れることはできる。

 後で女子にめっちゃ怒られるけど。


 普段弁当を食べている場所ではなく、今日は中庭を通りながら松を探して、そのまま旧正門のほうに行こうと相談している。弁当もそこで食べる予定だ。三時間目が終わってすぐ、みんな一緒にダッシュで移動した。

 中庭は食堂からよく見えるので、庭園風に紅葉などが植えられて、綺麗に整えられている。以前はテーブルも置いてあったが、あまり使う人がいないので片付けられて、今はベンチがいくつか置かれているだけだ。

 俺たちがぞろぞろと歩いていると、食堂に来た人たちが不思議そうにこっちを見た。何事かと思うよね。知ってる顔はないから、そのまま通り過ぎる。


「松、あった?」

「なかったね」

「そうだね」


 俺は食堂の方に気を取られてたけど、井上さんと村崎さんがしっかりチェックしていたようだ。三田もうなずいている。

 お、おう。と、一応俺も軽く首を振って、探していた風を装ってみた。

 サボってないですよ。


 中庭を通り過ぎてグラウンドを対角線に突っ切ると、旧正門の所に行ける。学校の敷地を区切るフェンスの手前には、運動部が使っている用具置き場の倉庫がいくつか並んでいた。

 旧正門はコンクリートの門柱だけが残っていて、扉の部分はフェンスで閉じられている。一応小さな通用門のような出入り口がフェンスの途中にあるけど、鍵がかかっていて、長い間だれも出入りはしていないようだった。


 俺たちが旧正門前まで行くと、どこからともなくソウが現れた。そしてそのままの勢いで俺の肩に駆けあがって小声でささやく。


「シュート、私が探した場所には松は一本もありませんでした」

「了解」

「でも気になったものがありますので、後で一緒に見に行きましょう」

「おっけー」


 小声で返事を返す。ソウの報告も気になるけど、まずは弁当だ。


「さっさと食べよう」

「あ、みなさんここに座ってください」

「おおー、井上さん、すげえ」


 グラウンドの隅に、井上さんがレジャーシートを敷いてくれた。

 さすが井上さん。そんなところに気が付くとは!

 普段行ってる公園の方はベンチ代わりのコンクリートの段差があるから、敷物とか全然考えてなかったよ。

 小さめのレジャーシートにみんなでギュウギュウに座ると、さっそく小池がリンゴを差し出す。


「ソウちゃん、これ、おやつだよ」


 越川も弁当箱の中から食べられそうなものをさがして、ソウにあげている。

 ソウは何でも食べるからなあ。こうしてみんながソウ用のおやつを持ってくるようになったので、弁当の時間がすごく楽しみらしい。順々にみんなの膝の上を回っては、愛想を振りまいている。

 こういうところを見てると、普通のカワウソみたいだけどな。

 ……普通ってこんな感じだよね?


 ほぼ一週間ぶりのソウを交えた弁当タイムは、賑やかに、でもいつもよりも急いで食べ終えた。なぜなら今から松の木を探すからだ。

 レジャーシートの上に弁当箱の入ったバッグを置いてから、立ち上がって辺りをざっと見る。と言っても、しょせん高校の校庭。木が植えてあると言っても林と言えるほどの数はない。見ても松らしい木がないのは一目瞭然だ。諦めきれずに歩き回って雑草のような小さい木まで探したが……。


「生えたばかりの小さな木すらないね」

「うん」

「松ぼっくりも落ちてないし」


 松ぼっくりって、林ならどこにでも落ちてるイメージだったけど、やっぱりないのか。

 その時、草むらの中をぐるぐる走り回っていたソウが、急に立ち止まって井上さんのスカートを引っ張っぱりはじめた。


「きゅい!」

「ソウちゃん、どうしたの?」

「こら、ソウ!」

「きゅいきゅい」


 スカートはまずいって。あ、そういえばさっき、気になるものがあったって言ってたっけ……。


「大丈夫。怒らないで、続木くん。ソウちゃんが何か言いたいみたい」

「きゅい!」


 スカートから手を離すと、しゅたっと右手を上げる。肯定のポーズだ。そしてそのままフェンスの方に走る。

 フェンスの脇に立って一度こちらを振り返ってから、今度はその下をくぐって向こう側に行ってしまった。

 そのまま少しだけ藪の中に分け入って、また振り返る。その後で石か何かに登って立ちあがると、今度は両手を上げてばんざいのポーズをした。


「あ、ダメだよ。そっちは学校の外だから」


 小池が慌てて止めるが、ソウはずっときゅいきゅいと鳴いている。


「ちょっと待って、小池。ソウちゃんが立ってるところを見て。もしかして木の切り株じゃない?」


 村崎に言われてよく見ると、石かと思ったそれは、朽ちかけた切り株だ。もしかしてあれが『恋愛成就の松』なのか。

 どうしようかと思っていたら、山口がフェンスを乗り越えて向こう側に行った。

 ほんと、こういう時の行動力は山口にはかなわない。


「おおー、ここから外に出られそう」


 続いてフェンスに駆け寄った越川が、その下の方を指さす。

 越川が見つけたフェンスの破れた穴は、人が一人通るのに丁度いいサイズだった。

 こりゃ、誰かが使ってるね。


「ちょっとだけだから、抜け出してもいいかな」

「わーい、脱走だ!」

「ドキドキするねー」


 探検気分がますます盛り上がって、みんな口々に囃しながら穴を潜って外に出る。


 フェンスの向こうは旧道で、今は周囲から伸びた草に覆われてしまっていた。でもちゃんとアスファルトで舗装されてるってのは一応分かる。

 この道を下に向かって歩けば、俺たちが普段使ってる通学路と合流するんだ。


 道の脇は雑木林になってて、とてもじゃないが中には入れそうにない。

 すごーく奥まで行けば、もしかしたら松の一本くらいは生えているかもしれないけど、たぶん松があるのはそんなに行きにくい場所じゃないだろうと思う。ここから見た範囲には松の木はなくて、ソウも探したけどなかったって言ってた。

 ソウが乗ってぐるぐる歩き回っている切り株は、俺たちがパッと見ただけだと何の木か分からない。でも位置的に松の木の可能性は高いと思う。旧正門のすぐ外だし、ここに大きな松の木が生えていたら、たとえ学校の敷地の外でも『正門の松』って呼ばれてても不思議じゃない。


「じゃあこれが、恋愛成就の松?」

「きっとそうよ!」

「……それはどうかな」


 井上さんと村崎さんは手を取り合って喜んでる。


 だけど俺にはちょっと疑問がある。

 恋愛成就の松の伝説は古くからあるから、最初はここに生えていた松の木がそうだったのかもしれない。残された太い切り株から想像するに、かなりの大木だったんだろう。その木の下で、いくつもの恋の物語があったのかもしれない。けれど今、切り株しかないここで告白したとして、それは果たして「松の下で」の告白になるんだろうか。

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