第14話 拒絶

「……」


 どうもモンスターが出ているというのは学校周辺1キロらしく、駅組と家組に分かれての下校となった。

 しかしモンスターが出たという割には、いつも通りで普通な光景が広がっている。周りに軍の人がいたという事を除けば、学校からの帰り道はあくまでも普通の帰り道だった。


 ──そしてつつがなく帰宅することとなった。

 

 ◇


『──では次のニュースです。本日、オオツ市に現れたモンスターですが、依然としてその存在を確認できず、軍は──』


 大した情報も得られそうにないな。

 そう思いながらテレビの電源を落とす。

 どうしたものか。


「……ほてぷ」


 あいつ……結局あいつは何なんだ……?

 『八尺』の事も何か意味ありげだったし……それに。


「……」


 思い返すのは別れ際の発言。

『お前を殺せなかった』、だ。


 あまりに唐突な殺害衝動の暴露。しかも『また』だ。また殺せなかっただと?

 今まで殺そうとしていたのか……俺を?

 そんな素振は全く感じなかった。いや、なんなら俺の事を思いやるような態度ばかりが目に付く。

 というか、初対面の時に俺の事を助けてくれた。


「……」


 ほてぷは……いつも殺意を抑えて俺と話していたというのか?

 だとしても、如何ともしがたい歯切れの悪さが有る。


 まだ疑問はある。ほてぷの喋り方の変化だ。ほてぷは何時も喋るとき、語尾の音を絶対に外してくる。変な癖だなと思っていたけど……逢魔が時を迎えてからのほてぷの声は全ての音が外れて聞こえてきた。

 そこに喋り方以上の変化が有ったのかは分からない。だけど俺は正直……八尺よりもその時のほてぷの方が怖かった。

 もし八尺かほてぷのどちらかと戦わなくちゃいけなくなった時……俺は一も二もなく八尺の方に行くだろう。それぐらいの差を感じた。


 あの時。確実にほてぷの中で何かが変わった。


「……」


 ほてぷ……お前は……。

 

「……」


 いや、これ以上ほてぷの事を考えても仕方がないか。

 今起きている問題は大きく二つ。


 一つは『八尺』。以前、ほてぷの話していた夢界の存在が持つ特性が真実であるのなら……今巷を騒がしているモンスターというのは奴で間違いないだろう。モンスターよりもモンスターみたいな見た目だしな……。


 そして二つ目は京垓さんとの決闘。これは明日平謝りしてどうにかしよう。京垓さんだって勢いで決闘と言ってしまっただけで、本来は決闘大好きな野蛮人ではないだろうしな。

 というかそもそも、明日学校に行けるのかどうかすら疑わしいが。


 そして問題というか、謎が一つ。ほてぷだ。

 俺に対して脅してくることはあったが実害はないので現時点では放置。


「……よし。寝よう」


 最近というか、昨日から寝るだけで謎の世界に連れていかれるからな。

 寝るだけで少し覚悟を決めなくてはいけないという辛さが有る。


「……」


 殺す云々が有った直後だけあってほてぷに会うのも気まずい。

 可能な限り夢界には行かないようにしよう。


 そうして俺は眠りに落ちていった。


 ◇


 窓から伸びる朝日を浴びながら目が覚める。朝になった。早めに寝たつもりだけど、寝不足感が凄い。

 ちらっと壁掛け時計を見てみる。

 

「……くそぉ……」


 また遅刻じゃん……。

 時計は、既に一時限目が始まる時間を指し示していた。


 俺は昨日の様に全力で着替え、また全力で走る。

 流石に二日連続はやばい。というか最近やばい。全然起きられない。

 おかしい。中学の時も一人暮らしだったけどこんなに起きられなかった時なんてなかったはずだ。


 と、丁度目の前にバスが見えた。

 バス! よかった、丁度出るタイミング!


「っ、はぁっ、はぁっ……!」


 よし。これで授業まるまる休む羽目にはならない……!

 

「……」


 と、バスに乗ってようやく気付いた。

 そもそも今日学校やっているのか? と。焦り過ぎて昨日考えていた事がすっかり頭から抜け落ちてたぜ。

 とりあえず携帯端末を確認してみる。何かあればそこに連絡がされているはずだ。

 

「……何も来てないな」


 確認してみても何の連絡もなかった。おかしい。普通に学校やるって場合でも連絡位するよな……? 昨日の帰りの段階で明日どうなるかは聞いていない。


 ニュースを見ていないので八尺がどうなったのかは分からないが……ネットでも八尺がどうなったかの情報は特に書かれていない。

 こんな状況で登校すべきか判別がつくか? まぁ連絡がないという事は登校しろという事なんだろうけど……少し不親切だよな。

 

 だがすでに遅刻している身。八尺は気になるが登校するしか──。


「……え?」


 バスが発車する。その直前。


 彼女が乗り込んできた。


 いつになく暗い顔をして俯いているほてぷだ。


「……あ」

 

 予想外の邂逅。

 しかしこれで確定した。

 また夢界だ。


 ◇


「……」


「……」


 バスの車内では気まずい雰囲気が流れていた。

 俺たち以外に乗客はいない。故にこそ、存在が強調される俺とほてぷ。

 どうする。ここで無視し続けるのは厳しいぞ。

 しかし殺意申告されたばかりの相手にどう向き合えばいいんだ……?

 いっそのことこのまま寝て現実に帰るか……?


「……」


「……」


 沈黙は続く。そうしている間も、バスは学校へと近づいていく。

 もうあと数分もしないうちに学校前のバス停に到着するだろう。

 っと、あと数駅という所でほてぷが立ち上がり、こちらに詰め寄ってきた。


「……なァ」


「……な、なんでしょうか……ほてぷさ──」


 気まずさからよそよそしく対応してみると……何故かほてぷは、今にも泣きそうな表情を浮かべた。


「……」


 あまりに唐突な事に体が一瞬固まる。だがすぐに思い出した。ほてぷのお願い……敬語を使うな、だ。


 それが彼女にとってどれほど重要な意味を持つのかは分からない。だが、少し距離を取っただけでこの反応と考えると……


「……なんだ、ほてぷ」


 取り敢えず今まで通りの接し方で喋りかける。

 すると途端に喜色満面の笑みを浮かべる。


「あ……ああッ! す、少し降りないカ? ほラ、ここら辺喫茶店とかあるシ……」


 彼女の心が読み解けない。一体どういう心境なのだろう。

 何故そんな風に、俺の馴れ馴れしい態度で恍惚とした表情を浮かべる? 何故少し距離を離しただけで……そんなに悲しそうにするんだ?


 彼女に対して浮かんでくるのは……やはり疑問と疑念。


 ──だけどそれ以外にも、浮かんでくる感情がある。


「喫茶店の店員とかはいないけド……お茶くらいなら入れられるゾ!」


「……」


 俺は……コロコロと変わっていくほてぷの表情を見て、思うことが有った。


「……なあ、ほてぷ」


「な、なんダ?」


「俺達、友達にならないか?」


 ◇


 出会った時から……いや、会った時はそうでもなかった。しかし会うたび……ほてぷは必ず寂しそうな表情を浮かべる時がある。


 俺と別れる時だ。初めて会った時も、二回目に会った時も……そして三回目も、怒りが浮かぶ前は寂しそうな表情だった。


 ほてぷは表情をころころと変える。人生で一番きれいだと思わせる程の笑顔を見せる時も有れば……心に残るほどの怪しげな笑顔を浮かべる時もある。

 どこか妖艶な雰囲気を醸し出している時も有れば……部屋はビックリするほど少女趣味だったりする。

 なるほどと思わせるような説明をしたかと思えば……何も語らず黙り込み何か心配したかのような表情を浮かべる。


 ──そして俺を助けたかと思えば、殺したいと、言う時だってある。


 俺は彼女の容貌を覚えることが出来ない。だけど、彼女が多くの側面、表情を持っていることは分かる。


「……エ? ナッ……なァッ!?」


 そして今も。今まで見せたことが無い表情を見せてくる。

 顔を真っ赤にして、驚愕に目を剥きながらわなわなと震えている。


 想像以上の反応だった。

 俺そんなに変な事言ったか?


「と、友達っテ……昨日の事をもう忘れたのカ!?」


「昨日の事……?」


「いヤ! 殺す殺さない云々だヨ!! お、お前……自分を殺そうとしてきた相手と友達になろうっていうのカ」


「いや……実際に殺されたわけじゃないしな」


「っ……あの時の私ハ……本気だっタ。本気で君を殺そうとしていタ!」


 彼女は、そう叫びながら、目を瞑ってまるで叱られるのを待つ子供の様に俺の言葉を待った。


 まただ。また、彼女は新しい側面を見せてくる。


「友達ってのは、一緒に居たいって思える相手となるもんだろ?」


「……」


「まぁ、友達にも色々とあるんだろうけどさ。……ほてぷ。俺はお前といると退屈しないんだ。お前さえよければ……友達になってくれ」


 これは俺の、心のままの本心だった。

 数弥には友達とは自然となるものだ、なんて言ったけど……今では数弥が何故俺に話を持ち掛けてきたのかが分かった気がした。


 ほてぷといると退屈しない。常に新しい感情が湧いてくる。湧いてくる感情にも良い時と悪い時もあるけれど……そういう風に心を搔き乱される人には初めて出会った。


 俺にとって友達というのは、一緒に居たいと思える人。

 数弥と友達になった時もそうだ。数弥はクラスで明らかに浮いていた俺に声を掛けてくれた。その行動に裏があろうと、俺はそれがうれしかった。

 だから友達になりたかった。


 ほてぷ。

 ……まだ、俺は君の事を心から信じられない。自分自身でも不思議なほど、俺は君の事を疑っている。

 でも、君に助けられた事もまた事実なんだ。そして何より、君との会話は新鮮で、心地よくて……楽しかった。

 俺は君を信じたい。友達になりたいと、思うんだ。


 俺の言葉にほてぷは顔を赤くしたまま、一拍間を開けた。

 そして。


「ッ!」


 バスが停車した瞬間に外に駆けだしていってしまった。

 

「……」


 ──自然と体は動いていた。


「──ほてぷ!」


「!?」


「言いたくないことが有るなら言わなくたっていい! 何か後ろめたい事が有るならそれだっていい! 俺は別に何とも思わない!」


「ッ……」


「もしよければ……俺と友達になってくれ」


「……」


 ほてぷは、一瞬立ち止まったかと思うと、こちらをジトッと見つめてくる。

 そのまま何度か口を開こうとして、閉じるを繰り返す。


「……もウ。私に関わらないデ」


「……」


 そして、たっぷり時間を掛けて出て来たのは、拒否の言葉であった。


「夢界にモ、極力来ないデ。それでモ……もし来てしまったラ……可能な限り学校には来ないデ」


 ほてぷは淡々と告げてくる。

 いや……淡々としているのは語り口調だけで、その表情は恍惚としたような、それでいて苦しそうな表情をしていた。

 どうとっても普通の表情ではない。

 

「ほて──」


「っ、もウッ、話かけないでくレ!」


 ほてぷは、自身のその恍惚とした表情に気付いたかのようにハッとすると、今度こそ走り去ってしまう。立ち止まることなく。

 

「……」


 俺は動かなかった。

 ほてぷの再三にわたる忠告。それが、本気で俺の事を気遣っての事だと確信が持てたからだ。

 そして何より、女性からの本気の拒絶に少なからず俺は傷ついた。京垓さんとは違って、初対面ではなく普通に仲良くやれていた女性からのそれは凄いダメージだった。


 俺はほてぷの忠告に従い、とぼとぼと家に帰って……寝た。

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