第4話 めっちゃ美人

「……」


 ポポポ女から完全に逃げ出した後、俺は公衆電話を探していた。

 公衆電話は、110番などの緊急ダイヤルの場合は無料で使えるのだ。

 

 そんなこんなで公衆電話を探し、直ぐに公衆電話を見つけられたわけだが……。


「……電話が繋がらない?」


 110番でいくらコールしようと、警察に繋がる気配がない。


「……」


 決して実力派とは思えない魔法召喚師がこの学校に侵入できているという尋常ではない事態。故に、全く考えていなかったわけではないが……。


「……はぁ」


 予想したものと実際に降りかかる不幸では重みが違う。

 既に魔力は尽きかけ。全力で校舎を走り回ったおかげで身体もヘトヘトだ。

 

「……」


 全く光明の見えない現状。

 身体的にも精神的にも……そろそろキツイ。


「……どうしろって言うんだよ……」


 思わずその場にしゃがみ込む。

 と、しゃがみ込んだところで何かを見つけた。


「……なんだ、これ」


 思わず手に取ってみる。

 L字型の形をした手のひらサイズの……。

 なんか、どこかで見たような気がする形をしている。


「……」


 がちゃがちゃといじくってみるが、何も起こらない。

 ……なんだっけこれ。いや、絶対見たことが有るんだけど……。


「……あ、ジュウか」


 そうだ。思い出した。

 百年ほど前の……まだ魔法召喚師が主流ではなかった頃の、いわゆる旧世代の武器だったはずだ。

 しかし、それがなぜこんなところに。


「危ないな……誰だよこんなところにジュウ置きっぱなしにしたやつ……」


 より早く、より簡単に破壊を撒き散らせる魔法召喚師が現れてから使われる事が無くなったというジュウだが……それでも十分に人を殺める力はあるのだ。

 絶対に学校にあっちゃまずいやつだろ。


「……」


 そんなことを思いながら、無言でそれを見つめる。

 

 俺は一瞬だけ辺りを確認すると、そのまま懐にそれをしまい込んだ。


「……」


 だって……なぁ?

 こんなところにジュウが置いてあったら……不味いだろ?

 誰かが……。そう、誰か邪な考えを抱いている奴の手に渡ったら事だ。


「……」


 だからここは俺がしっかりと責任をもって先生なりなんなりに届けるさ。

 

 もっとも護身のために多少発砲する可能性はあるかもだが……。


「……よし、行くか!」


 一切武器が無かった先ほどよりも少しだけだが前進した状況に、俺はわずかにはにかみながら黄昏時の校舎を進んだ。



「……」


 校舎を歩くこと十分ほど。

 もう、日もだいぶ沈み始めた。そろそろ本格的に暗くなり、夜がやって来る。

 そろそろ本気でこの状態から抜け出す方法を考えなければならない。

 だというのに。


「……」


 俺は……この廊下から更なる違和感を感じていた。


「……」


 確か、この先は校長室しかない筈だ。

 そこにも何かいるのか?

 

「……」


 無言で懐からジュウを取り出す。

 正直使い方はおぼろげにしか分からないが、何も持ってないよりもましだろう。

 脅しくらいには使えるはずだ。


 俺が感じた違和感。


 それはこの道だけ何かが通った跡が有るのだ。具体的には埃が積もっていない。今までの使用された形跡すらない所とは違う。

 

 何かが居る……可能性が高い。


 だが釈然としない。まだ何か見落としている気がする。

 拭いきれない違和感を胸に、ジュウを構えながら進もうとした──その瞬間だった。


『ポポポポポ』


 すぐ後ろから、あの声が聞こえてきた。

 

「なっ──ッ!?」


 反射的に振り返り、ジュウを向ける。

 やはりというか、そこにはポポポ女が立っていた。

 魔力量の少なそうな顔に怒りの感情を浮かべていた彼女は、俺の驚き顔ににんまりと似合わぬ笑みを浮かべると、長い腕を恐るべき速度で繰り出してきた。


「がぁっ……!?」


 腹部を襲う強烈な衝撃。

 俺の体はあまりの衝撃に吹き飛ばされ、廊下の窓を突き破って外に叩き出される。


「げっぇ……かっ……っ」


 ゲロゲロと胃の中身が口から流れ出る。

 思えばポポポ女の攻撃を直接食らうのは初めてだった。

 二度も食らったら死ねるぞこれは。


 血と、食べた覚えのない肉の塊が混じっている胃液を見ながらそう確信する。


『ポポポポポ!』


 どこか嬉しそうな声色ではしゃいでいるポポポ女。


 本当に……最悪の気分だ。


 俺は吐き気をこらえながら、ジュウを彼女に向ける。


 ジュウこれの使い方は何かの本で見ただけのもの。本当に銃弾が入っているかも分からない。そもそも壊れている可能性だってある。

 だがこれが最後の希望だ。


 撃鉄を起こし、狙いを定める。


「……」

 

 引き金を引く。

 カチッという音だけが辺りに響いた。


『……?』


 それだけだ。何も起こらなかった。

 どうも……このジュウに弾は入ってないようだ。


「……はは」


 だらりと、力なく腕を下ろす。

 もう逃げる気力も体力もない。そうか、俺はここまでか。

 

『……ポポポポポ!』

 

 俺が諦めた事を察したのか、彼女は嬉しそうにこちらへと近づいてくる。

 しかもゆっくりだ。嫌らしい奴め。

 俺が逃げないことを確信している。


「……」

 

 ちくしょう。

 殺されるならせめて、美形に殺されたかった……。

 

 そうして、俺が完全に諦めかけた時だった。


「──おヤ。随分と懐かしい物を持っているネ。君」



「……誰……?」


『……ポポ……?』


 この時だけはポポポ女の言葉が分かった。

 誰だ?


 声の方に視線を向けてみる。

 そして声の主を見て、俺は思わず目を剥いた。


「私が誰かだっテ? そんな事どうでもいいじゃないカ。それよりも、君、そのはそうやって使うモノじゃないヨ」


 彼女は語尾の音を微妙に外すという独特な喋り方をする人だった。

 しかし。喋り方よりも何よりも、目を引くのはその容姿だった。


 めっちゃ美人だった。


「……ン? このニホン語、あってるよネ? 無反応はやめてくれタマヘ」


 いや……すげぇ美人……マジ? 神さまレベルだよこれは。

 魔力量多そう。

 

 ここまで言葉を失うほどの美貌の持ち主に会うのは初めてだった。

 思わず零れ落ちた言葉は、自然畏怖の念が籠められたものだった。


「……恐ろしいまでの美貌……高名な魔法召喚師とお見受けする。先ほどのご無礼をお許しください」


「エ?」


「叶うならば、先ほどの言の意味のご教授を願います……」


 魔法召喚師の間において、相手の容姿を褒める事は最上級の褒め言葉である。

 パンフに乗っていた教師陣の中に彼女の写真は無かった事から、彼女が不法侵入者である事は間違いないが……格上の魔法召喚師に対して、無作法が有ってはならない。


「……あ、あア……?」

 

 彼女は俺の反応がまるで予想外とばかりに若干ドギマギしていたが、すぐに朗々とこのジュウについて語りだした。


「その銃が使えない理由は簡単。然るべき弾丸が装填されていないのサ」


 そして、と。彼女は黒色の髪をなびかせながら続ける。


「弾丸とは魔法サ。見た所、多少の心得は有るようダシ、使ってみなヨ」


 魔法が……弾丸?


 そんなジュウ初めて聞いた。だが……彼女がこの場でわざわざ嘘を吐く必要性も薄い。おそらく、このジュウは本当に魔法を弾丸としているのだろう。


「──あいにくですが、既に魔力は尽きているのです。不躾ながら、ご助力をお願いしたく……」


 俺の魔力は既に底をついている。

 魔法を使う事などできない。


「おヤ……ならしょうがないネ」


 すると、彼女は無造作に腕を振るった。

 何を──。

 

 俺がそう思った直後だ。


『ガッ、ガァアァァァッッ!?』


「どうせなラ、懐かしき魔銃の輝きを見たかったんだガ。魔力が無いのならしかたないネ」


 膨大な魔力が渦巻いているのが分かる。

 顔にたがわぬ恐ろしい魔力量だ。


……。君の身長をこれ以上縮めるのは非常に心苦しいヨ……」


 そして彼女が呟く。

 すると、何故かピクリともしていなかったポポポ女に異常が現れ始めた。


「なっ!?」


 バキボキと、人体が壊れる音が鳴り響く。

 ポポポ女の足がぐちゃぐちゃにひしゃげ始めた。

 まるでだるま落としのように、足で自重を支えられなくなったポポポ女は腰をついた。


「ここを荒らすのはよしてくレ。分かったネ?」


『ポッ……ポポポポポ……』


「分かったのならいいサ」


 俺の攻撃では精々軽い火傷くらいにしかダメージを追っていなかったポポポ女を軽くあしらいやがった……。


 一体どんな魔法を召喚したと言うのだろう。

 術式すら見えなかった。


 魔力量だけでなく技量も凄いという事か。

 

 ボコボコにされたポポポ女が、足をかばうよう地を這いながらこの場から離れていく。

 

「さテ……」


 と、彼女がこちらを向いた。


「君は……もう、時間切れのようだネ」


「……時間切れ?」


「君がに居れるリミットが近いという事サ。身体をみてみなヨ」


「……っ!?」


 彼女に促されるまま体に視線を向ける。

 するとどうしたことか、体が透けていた。


「な……!? これ、は──」


「気にする事は無イ。そろそろ、が終わるというだけの話。君という異物ガ……この『夢界』からはじき出されようとしているのサ」


「お、逢魔が時……? 夢界? 一体何を──」


 訳の分からない事を一方的に言いつけてきた彼女は、どこか嬉しそうな表情を浮かべながら俺に近づいてくる。そひめその綺麗な手で透明になりかけている俺の顔を掴むと、息が掛かる距離まで覗き込んできた。

 

「久方ぶりの来客サ。ここで乱暴したのは、本来であれば許し難いガ──今回は許そウ」


「……」


 その美貌に、思わず息を飲む。そして同時に、本来であれば抱くはずのない感情を抱いていた。


 恐怖だ。


 彼女のその整いすぎている綺麗な顔に、俺は確かに恐怖を感じている。


 何故。疑問が頭をよぎるが、すぐに答えが異常と共に現れる。


「っ……」


 覚えられないのだ。彼女の顔が。

 今も目の前に居ると言うのに……少しでも目をそらせば彼女の顔がどのようなものだったのか、忘れてしまう。

 

 なんだこれは。一体、何が──。


「またここにおいデ。ちゃんと静かに来てくれれバ……今度は、お茶くらいは出そウ」


「待っ──」


 俺は思わず叫び……



「……あ、れ?」


 ガタリと音がして、思わずびくりとした。先ほどまで何度も死線をくぐったからか、どうも過敏になっている。

 音の方へと視線を向ける。

 どうも、後ろの席に座っているクラスメイトが椅子を引いた音の様だった。


「……?」


 クラス……メイト? あれ、皆もう帰ったんじゃ……。

 あれ? とあたりを見渡してみると、目が覚めた時は閑散としていた筈の教室にクラスメイトが埋まっている。

 ……いや、一人立っている人がいる。

 魔力量の多そうなイケメンだ。


 なんだ、この状況は。俺は頭を傾げる。

 何故か皆俺を見ていた。


「……一亜門くん。どうしたのだね。君の自己紹介はまだの筈だが?」


「え……はい?」


 声を掛けられた。

 声の方へと視線を向けると、厳しい目をしためっちゃ美人の女教師が居た。

 誰だ……。


「……はぁ。まあいい。早く座りなさい」


 そう言われては、座る他ない。

 取り敢えず椅子に座ると、イケメンが何やら喋り始めた。


「邪魔が入ったが、続けて」


「えっと、はい。阿僧祇数弥あそうぎ かずやと言います。趣味は──」


 ……なにやら、自己紹介を始めた。

 これは……アレか? クラスの初顔合わせにやる自己紹介か?


 ……あれ? という事は、えっと。

 俺は寝ぼけて、阿僧祇くんの紹介の時に立ち上がっちゃったって事か。

 ……凄い申し訳ない。やっちゃったよ完全に。

 ごめんね阿僧祇くん。


「……」


 俺は顔を赤くしながら、悶々とする。

 畜生やらかした。後で阿僧祇くんに謝っておかないと。

 自己紹介で出鼻くじかれるのは相当きつかっただろうし。


「……」


 しかし……寝ぼけるほどぐっすりと寝ていたとすると、さっきまでのも全部……俺の夢だったという事か。

 ポポポ女も、あの恐ろしいほどの美人も、全部。


 ちょっと複雑な気分になる。

 特に微妙な気持ちになるのは最後に出てきた謎の魔法召喚師周りの事だ。

 もしかしてだが……俺が彼女の顔を覚えられなかったのって……俺の想像力の無さと人間関係の薄さが理由だったりしないか?


 彼女の顔を覚えられなかったのって単に、めちゃくちゃ美人、という設定だけが先走って、俺の脳が処理しきれなかったのではないか……?


「……」


 それが正解な気がしてならない。

 だって、美人な知り合いとか殆どいないし。テレビもニュースくらいしか見ないから、俺にとっての美人の最高ランクはニュースキャスターのお姉さんだ。


「……」


 ちょっと悲しい気持ちになり、しょんぼりする。


「……ん?」


 と、内ポケットのあたりに何か違和感を覚えた。

 ごつごつとしていて、何か硬くてそこそこデカい物が入ってる。

 こんな所に何か入れたか? 手を突っ込んで取り出してみる。


「──ッ!?」


 思わず声が出そうになった。


 手には夢の中で見つけた筈のジュウが握られていた。

 

 ……まさか……夢じゃ、ない?

 

「はは……」


 現実と夢とが混ざり合う。日常に非日常が流れ込む。

 もはや、乾いた笑いしか出てこなかった。

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