14

「さて、秋山。先に風呂入れよ。」


食べ終わってゴミを片付けていると、坪内さんは言う。


「先になんて使えませんよ。」

「遠慮とかしなくていい。俺はまだやることがあるから。」


そう言って、坪内さんはノートパソコンを開いた。

残業して、更に家でも仕事するつもりなのだろうか。

でもやっぱり先にお風呂に入るのは気が引けるよ。

そこは遠慮しちゃうでしょ。


ぐずぐずしていると、坪内さんはいたずらっぽく笑いながら言う。


「入らないんだったら俺が入れてやろうか?」

「あり得ないです。」


ピシャリとお断りし、先にお風呂をもらうことにした。

坪内さんは私に使い方を一通り教えると、さっさとリビングへ戻っていく。


他人の家のお風呂を使うだけでもドキドキするのに、自分とは違うボディーソープ、シャンプーの香りに更にドキドキする。

坪内さんが普段使っているものを私も使うんだと思ったら、なんだか恥ずかしくなってしまった。


待たせてしまっているのが申し訳なくて、ささっとシャワーを浴び、髪も乾かさずに出た。

ドライヤー使うと時間かかるし。

タオルで拭いて自然乾燥でも問題ないし。


「お先でした。」


リビングで坪内さんに声を掛けると、「早っ」と突っ込まれた。

おもむろに私へ近づいてくると、髪を一掬いする。

その仕草が色っぽすぎて私は固まってしまった。


「髪、濡れてる。」

「い、いいんですよ。さ、早くお風呂に入ってきてください。」


坪内さんは髪の毛を掬ったまま私を見つめる。


や、やめてください。

だんだん恥ずかしくなってくるよ。

よく考えたら素っぴんだし。


「お前、俺に遠慮して早く出てきたんだろ?」


坪内さんは盛大な溜め息をつくと、「しょうがねーやつだな」と、私の手を取りもう一度バスルームと隣接する洗面台へ連れて行った。

鏡の前に私を立たせると、ドライヤーで髪を乾かし始める。


「ちょっ、自分で出来まっ、うわっぷっ。」


慌てて振り向くと、温風をまともに顔面に受けて仰け反った。


「あはは!ドジっ子か?」


坪内さんは大爆笑しながら、私の髪を乾かす手を止めない。

その手の動きや髪に触れる指先の感覚がとても優しくて、図らずともドキドキしてしまう。


「あ、あの。ありがとうございます。」


鏡越しにお礼を言うと、とんでもなくご機嫌そうな王子様スマイルが返ってきた。


ヤバいヤバい、今一瞬落ちそうになった。

甘やかされるのに慣れていないから、勘違いしそうだよ。

坪内さんは好きって言ってくれたけど、私は違うもん。


落ち着け私。

落ち着け。

私はもう、恋愛はしないんだってば。


坪内さんがお風呂に入っている間に、少しばかりキッチンへお邪魔する。

食材と調味料を確認して、かろうじてあったお米を明日の朝用に予約セットした。

一泊させてもらったお金は受け取ってもらえないだろうから、せめてものお礼。

朝食くらいは作ろう。

って言っても、食材は全部坪内さんちのだけど。


お風呂上がりの坪内さんは本当に色っぽくて、目のやり場に困った。

いや、もちろん服は着ているんだけど、何て言うのかな、イケメンオーラ全開でキャーキャー言われるのがわかる気がする。

そんな人が、私を好きとか言う。

本当に意味がわからないよ。


「坪内さん、これ。」


私の差し出した手を坪内さんが受け取る。


「何これ?」

「この前のランチ代です。一緒に住むならもらうって言ったじゃないですか。一泊だけど一緒に住んだんだから受け取ってください。」


先日の中華料理屋さんの日替りランチ850円。

きっちりお釣りのないように渡す。


「秋山、お前律儀すぎ。めっちゃ笑える。」


お腹を抱えて笑いだした坪内さん。


「お前やっぱり面白いな。」

「そこ笑うとこですか?」


ひーひー言いながら大爆笑だ。

そんな彼を私は冷ややかな視線で見る。

笑いすぎて目尻に涙まで溜まってるよ。


「ちょっともう、笑いすぎですよっ。」


私が困惑ぎみに言うと、坪内さんは目尻を下げたまま、


「秋山、好きだよ。」


と言った。


はっ?

ちょいちょいちょい。

不意討ちすぎてヤバい。

なんなの、この人。


胸を貫かれたような感覚がして気が遠くなった。

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