10

今日は何が食べたいか聞いてくれない。


スタスタ歩く坪内さんの後ろを、とりあえず付いていく。

せっかく断ったのに、結局一緒にランチに来てしまった。


何でこうなるんだ。

課長のせいだ。


「今日は中華だな。」

「…何でもいいです。」


普通に話しかけてくるので、ちょっとばかし身構えていた私は拍子抜けしてしまった。


初めて入る中華料理店。

坪内さんは慣れた感じで、日替わり定食を2つ注文した。

日替わり定食がお得で美味しいそうだ。

運ばれてきたトレーの上には、お皿が何枚も所狭しと並んでいる。

天津飯にエビチリに玉子スープ。

サラダに焼きそばに和え物。

どれもミニサイズだけど、ボリュームがすごい。

これで850円ってお得すぎる。

感心していると坪内さんは王子様スマイルで私を見てくる。

その笑顔、本当に眩しいんです。

かっこいいし優しいし、魔法にかけられてしまいそうだから困る。


「私を好きとか気の迷いですよ。」


エビチリを頬張りながら冷たく言ってみる。

坪内さんは「人の気持ちにケチつけんな」と、私に劣らず冷たく言い放ってから、じっと私を見据えた。


いや、だから見つめないでください。

本当にあなた、イケメンの自覚あります?


坪内さんは目に掛かった前髪をさらりと掻き上げて言う。


「お前は俺のことどう思ってるの?」


どうって。

そんな真っ直ぐな目で見ないで。

ああ、もうっ、本当に困る。


「…嫌いではないです。」


口ごもりながら言う私に、坪内さんはニヤリと笑った。


「じゃあいいじゃねーか。」

「よくないですよ。私なんかと付き合ったら、絶対イメージと違うとかで振られるか浮気されるかがオチです。」

「何だよ、それは。」

「過去の経験がモノを言うんですよ。」

「過去の男のことなんて知らねぇよ。じゃあどんなやつとだったら付き合えるんだ。」


坪内さんの言葉にまた口ごもってしまう。

どんなやつだったらって。

いざ考えると難しいな。


「…素の自分を好きになってくれて浮気しない人じゃないと無理ですね。」

「それ、普通のことだろ?今のお前は猫被ってるのか?偽りか?」


普通のこと。

そうだよね、普通はそうかもね。

私、男運悪いのかも。

今の私は猫被ってる?

そう言われるとそうな気もするし、そうでもない気もする。


自分の考えが定まらず、無理矢理その場をしのいでいる気がしてきた。


そんな私を見透かしてか、坪内さんはいたずらっぽく笑う。

そしてとんでもないことを言い出した。


「じゃあ一緒に住んでみたらいい。素のお前を見せてよ。それで好きかどうか判断する。俺の気の迷いかどうか確かめさせてよ。お前も俺のことを評価すればいいだろ?」


呆気に取られて言葉の出ない私に、追い討ちをかけるように艶っぽい王子様スマイルが飛んできた。


「な、何でそうなるんですか!あり得ないですよ。」


一緒に住むとか何を考えているんだ。

ばかなの?

ねえ、ばかなの?


慌てふためく私を、坪内さんは面白そうに眺める。


「いいアイディアだと思ったんだけど。」

「セクハラで訴えてやりますからね!」


ぷんすかしながら坪内さんの相手をしていたら、いつの間にか私の分までお金を払ってくれていた。

どこまでもスマートな身のこなし。

お財布から千円札を取り出し坪内さんに渡そうとするも、まったく受け取ってもらえない。


「自分の分は払いますから!」

「んー、じゃあ、俺と一緒に住むならもらってやるよ。」


そんなことを言われたら、渡せないじゃないか。


「…ごちそうさまです。」


負けた気がしたけど、私は渋々お財布をしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る