第一首 唐揚げ 五句

 おれがその噂を聴いたのは十三才のときだった。

 元々、噂を知るより以前から、自宅で親たちがいがみ合っていることに耐えられず、おれはじいさんの家に入り浸り、よく家事を手伝っていた。しかし時折おれの作った料理を片手に、書庫蔵へと向かうじいさんの姿を目撃していた。

 それはなぜか、とじいさんに訊いたこともあったが、幾度問うても、ついぞ教えてくれることはなかった。

 ただ、「お前の料理を食べたいと思っている人に、食べてもらうのが一番だ。」と、理解に苦しむ返答を寄越すだけだった。

 じいさんはおれの料理を食べたくないのか、などと邪推することもあったが、書庫蔵へ赴かないときは、おれの料理を笑って食べてくれていた。

 それから少し経ってから、親に"書庫蔵の座敷わらし"の噂を聴かされ、じいさんの家に行くことを暗に止められた。

 けれど、大人になってそんな噂を信じるなんて馬鹿げていると、当時のおれは思った。サンタクロースが父さんだってことに、数年前とっくに気付いていたおれは、物語にしか出てこないような"架空の生き物"は信じないようになっていた。

 おれは、座敷わらしの噂を耳にして以降も、相変わらずじいさんの家に足を運び、家事の手伝いをしていた。そしてその頃には、暇な時間を見つけては、本を手に取り、物語の世界に耽入ふけいることが、おれにとっての幸せなひとときになっていた。

 おれがじいさんの家に通うようになった十才の頃から、じいさんはたびたび、おれが暇を持て余しているときに、書庫蔵から数冊の小説を持ってきてくれていた。

 内容をハッキリと覚えてはいないが、時代小説からファンタジーものまで、多彩なジャンルの本をじいさんは書庫蔵に収めていた。

 そして、その日読んだ物語のことを、じいさんに夕飯どきに聴いてもらうことが、おれは楽しくてしかたがなかった。

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