第45話 アリスと移住生活

 

 引越しの翌朝。


 エリーゼはあくびをしながらリビングへ。


「姉さん、おはようございます!」 

「おはよう……アリス……これ一晩でやったの!?」


 リビングの様子にエリーゼは驚く。

 寝る前は荷物が散乱して殺風景でな感じだったが、今は綺麗に整理整頓され、暖色を基調にした温かいインテリアに変わっていた。

 いかにもアリスらしい柔らかい雰囲気だ。


「はい! 玄関やキッチンも全てですよ! 私の部屋も含めて見てください!」


 アリスの目は赤く、血走っていた。

 

 ——もしかして徹夜したんじゃ……?


「うん……」


 朝食前にアリスの部屋観覧ツアーが始まった。


「まずは、玄関からで〜す」


 エリーゼは背中をグイグイ押されながらリビングから廊下へ出た。

 玄関に近づくと、急に明るくなったのでエリーゼは天井に目を向ける。

 天井には、ガラスでできた『つぼみ型照明』が1つぶら下がっていた。


「照明つけた?」

「はい! 玄関に照明がありませんでしたので、私が錬金して取り付けました。自信作なんです! 人が近づいたら、つぼみが開いて点灯するようにしましたよ!」

「へぇ〜、面白いデザインだね。売れそう! 錬金の腕、かなり上がったね〜」


 褒められたアリスは頬を赤くする。


「ありがとうございます。次は靴箱を——」


 玄関の説明を受けた後、エリーゼの部屋以外の案内が続いた。

 各部屋にはテーマカラーが決められており、クッションや絨毯、タオル類、ファブリック類は全てアリスの手作りだった。

 椅子やテーブルなどの大きな家具は、床の色に合わせて塗り直し、細部にまでこだわりを見せている。

 洗剤類もアリス自作で、肌に優しいものだけで調合していた。


「——余計だったかもしれませんが、姉さんの寝室のカーテン、クッション、布団カバー類も作りました。室内用の靴もありますよ!」


 全て水色系の爽やかな色で統一されていた。

 寝室の壁が白、床も白っぽいフローリングなので、センスのないエリーゼでも良いと思える組み合わせだ。


「ありがとう。今日中にセッティングするよ。ちなみに……昨日は寝たの?」

「興奮し過ぎて全く眠れませんでした。なので、姉さんの分まで用意してしまったんですよ〜」


 アリスは頬に両手をあて、うっとりしていた。

 

 ——自分の服を自作していたのは知っていたけど、ここまで創作に興味があるとは……。


「アリスが楽しかったならよかった。でも、あんまり無理しないでね。生活が落ち着いたら、勉強漬けになるんだから」

「はい、大丈夫です。そろそろ、朝ごはんにしませんか? 簡単なものしか用意できませんが……」

「寝てないアリスは休憩してて。昨日、見つけたパン屋のサンドイッチを買ってきてあげるから」


 アリスの表情が明るくなる。


「それなら、私も一緒に行きたいです!」


 アリスは目をキラッキラに輝かせていた。


 ——徹夜明けとは思えない元気さ……。アリスは食べ物に目がないもんね〜。


「じゃあ、一緒に行こう!」

「はい!」





 2人が訪れたパン屋は噂通りの人気店で、店先には列ができていた。


「うわ〜、結構待つかもね」

「そうですね。買うだけですし、待つのは10分くらいじゃないですか?」

「目当てのサンドイッチが売り切れそうで心配だよ〜」

「そうですね……」


 アリスの顔にも焦りの色が見えていた。

 出て行くお客さんは皆、袋いっぱいに買い込んでいるので、不安を増長させる。


「——アリス〜、お腹が空きすぎて辛いよ〜」


 列に並んでいる間にパンの香ばしい香りが漂ってくるので、胃が刺激されっぱなしだ。

 今まさに、空腹の限界に達しようとしていた。


「あと2人待てば店に入れますよ? それくらい我慢して下さい!」

「ぶ〜」

「私だってお腹がすいてるんですから〜」

「ア〜リス〜!」


 エリーゼは空腹を紛らすため、アリスの頭を執拗に撫でたりして絡み始めた。


「う〜、やめてください〜」

「あ! 店内に入れるよ!」


 アリスはその言葉を聞くなり、エリーゼの手を振りほどき、逃げるように店内へ。

 

 ——もう少しアリスのサラサラの髪を触っていたかったのに……。


 エリーゼは頬を唇を突き出したまま入店した。


『——魚のサンドイッチが出来立てだよ〜! よかったら買ってくださいな〜!』


 店内に入ると、店員の女性が魅力的な情報を叫んでいた。

 エリーゼは慌ててサンドイッチが置かれた場所へ。

 アリスも遅れてその場所にたどり着く。


「アリス〜! 2個ゲットしたよ〜!」

「よかったです〜。待ったかいがありましたね!」

「うん!」


 2人は自家製ジャムが練りこまれたパンなどを購入し、家へ戻った。





 スコット家。


「——焼きたてでおいしい〜」


 エリーゼはお湯が沸くまでの間、キッチンでつまみ食いしていた。


「あ! 一緒に食べ始めたかったです……」


 ダイニングテーブルで待っていたアリスは、寂しそうにしていた。


「え? 先に食べていいのに」


 魔法学院にいた時、2人はほとんど一緒にご飯を食べていなかったので、アリスの反応にエリーゼは戸惑う。


「そんな〜。久しぶりに姉さんと2人で食事ができるんですよ……」


 アリスは俯いた。

 エリーゼは眉尻を下げる。


「ごめん。一緒に食べよう! 姉妹だもんね!」

「はい!」


 アリスの表情は笑顔に戻る。


 ——いつまで一緒に食べてくれるかわからないんだから、アリスが望むまで、できるだけ食事は一緒にとらないとね。


「はい、紅茶できたよ〜。さぁ、食べよう!」

「ありがとうございます。いただきま〜す!」


 2人は1番人気の『白味魚フライのサンドイッチ』を最初に食べる。


「は〜! サクサクして美味しいよ〜」


 エリーゼの顔はうっとりしていた。


「本当です! 衣の中の魚はふわっとやわらかいですし、この酸味のある赤いソースがそれを引き立ててます〜」


 アダムみたいな解説をするアリスに、エリーゼは吹き出す。


「アリスは、きっとアダムと食の話で盛り上がるね」

「え?」


 アリスは口をもごもごしながら首を傾ける。


「アダムは食通だから、結構こだわりがあるの。アリスがさっきサンドイッチを褒めたみたいなことをいつも言ってるんだよ〜」

「そうなんですね。お話しするのが楽しみです! 姉さんは食に関して無頓着で話しがいがありませんでしたから……。勉強と魔植物以外のことは本当に酷いですもん」


 ——アリスの私に対する評価って、かなりひどい気がする……。


「そ、そうかな〜?」

「そうですよ? お洋服なども、もっと気を使って下さいね? しばらく男性として振舞っていましたから、女性としていろいろな面で欠如しています。そのままだとアダム兄さんに嫌われます」

「え……」


 エリーゼは顔を青くする。


 ——確かに自覚はあったけど、そこまで言われるなんて……。でも、アダムは私のこと可愛いって言ってくれるもん!


「大丈夫です。私の言った通りにして頂ければ、素敵な女性になれますから! 綺麗って言われたいですよね?」

「うん……」


 エリーゼは照れながら返事をした。


 ——アダムに綺麗って言われたらどれだけ嬉しいか。『愛してる』だけでも十分嬉しいけど、外見で褒められるのも嬉しいに決まってる!



 その後の数ヶ月間、エリーゼは美しさに磨きをかけ、アリスはイタリ魔法大学院の入学試験勉強に明け暮れた。



***



 数ヶ月後——イタリ魔法大学院、合格発表の日。

 スコット家、リビング。


 アリスは端末に映し出された試験結果を見て、エリーゼに抱きつく。


「姉さーん……」


 アリスはエリーゼの胸に顔を埋めて号泣していた。


「アリス、お疲れ様……」


 エリーゼは泣き崩れるアリスの頭を優しく撫でた。

 

 アリスの試験結果は不合格だった。

 正確に言うと、『正規学生』としての試験結果が不合格だった。

 正規学生は給料や無料の寮が提供されるために合格基準が高く、競争率もかなり高い。

 エリーゼのような研究員レベルの者がこの試験を受けるのが一般的なので、魔法学院すら卒業していないアリスにとっては当然の結果だった。


 ちなみに、アリスは落ち込んで泣いているわけではない。

 それは、『補欠学生』として合格していたからだ。

 補欠学生は無給、かつ、寮に入れない学生を指す。

 しかし、授業料なしで正規学生と同じ授業を受けられるので、何の問題もない。

 準備期間が短かったにもかかわらず、補欠合格できたことに2人は大満足していた。

 進級試験で高得点をとれば正規学生に上がれるチャンスがあるので、そこで頑張ればいいだけのこと。

 賢くて魔法能力が高いアリスなら、その夢も叶うだろう、とエリーゼは考えていた。


「——アリス、今日はお祝いだよ! アリスが前から行きたいって言ってたレストランを予約しているから、楽しみにしててね!」


 アリスは満面の笑みを浮かべる。


「ありがとうございます! そうだ、明日からは私が先生になりますので、覚悟していてくださいね!」

「お願いします!」


 エリーゼはアリスに深く一礼した。

 1週間後にアダムが移住してくる予定なので、エリーゼはアリスから料理を教えてもらうことになっていた。

 服装や所作は女性らしくなってきているが、料理がまだ壊滅的な状況なのは変わらない。

 せめて料理の手伝いは軽くできるくらいにはなっておきたい——それがエリーゼの目標だった。


 ——だって、アダムと並んで料理とかしたいじゃない?

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