第35話 和解


 アダムは植物園を出た後、マイウ酒場に来ていた。


「——マスター、オススメの酒を一杯お願い」

「おう! ……今日はなんか顔つきが違うな。いいことでもあったのか?」


 アダムをよく知るマスターだからこそ、アダムの些細な変化に気づいた。


「まあね……。僕はあることを決意したんだよ。大げさに言うと、命がけで頑張るつもりなんだ」

「それなら、とっておきの酒を出してやるよ!」

「うん、よろしく」


 マスターは奥の部屋へ行き、かなり古そうなボトルを持ってきた。

 小さなグラスへ茶色い酒が少しだけ注がれる。


「これは俺のおごりだ」

「え? いいの?」

「いいんだよ。これはアダムみたいな奴に出す酒なんだ。これを飲んだ奴はみんな夢を叶えてるんだぜ」


 マスターは得意げな笑みを浮かべる。


「へぇ、いいものをもらったな。マスター、ありがとう!」

「いいってことよ!」


 アダムは一気に飲み干した。


「はー!!!」


 あまりにも強い酒だったので、アダムは顔を歪める。


「はっはっはっ! 強い酒だろ?」

「かなり……身体中が熱いよ。でも、すごくうまい!」

「だろ? やみつきになる味なんだよ。かなり貴重なものだから、店では出してねーんだ。今日は特別だからな。ちなみに、その酒は魔力濃度が結構高めだから、朝までその熱は引かねーよ」


 アダムは目を丸くした。


「え!? それって大丈夫なの……?」

「弱い酒でも酔いがかなり回りやすくなるな。今日は誰かと飲むのか?」


 アダムは顔を強張らせる。


「うん……ここで待ち合わせしてる」

「それなら、今日は好きなだけ飲んでそいつに送ってもらいな。さっき飲んだ酒の余韻に浸るには、追加の酒が一番いい。俺がそいつに説明しておくからよ」

「う〜ん……迷惑かけたくないんだよね」


 アダムは眉根を寄せた。


「それなら、上に泊まればいいんじゃねーか? 一部屋頼んでやろうか?」


 マスターはマイウ酒場の上にある娘夫婦の宿屋のことを言っていた。

 

「じゃあ、お願いしていい?」

「おう!」

「——アダムさん!」


 アダムは声の方へ顔を向けた。


「あ、ケリーくん……」


 アダムはうまく笑顔が作れなかった。


「おう、ケリー、久しぶりだな!」

「マスター、ご無沙汰しています。ビールお願いしていいですか」

「おうよ!」


 ケリーは緊張しながらアダムの横に座った。

 マスターがその場から離れると、アダムは意を決してケリーに視線を合わせる。


「ケリーくん、突然の誘いだったのに来てくれてありがとう」


 アダムはサラに決意を伝えた後、すぐにケリーを食事に誘っていた。

 エバ捜索に専念するため、引っかかっていることは早めに清算したかった。


「はい」


 ケリーはアダムに気を使わせないよう笑顔を作る。


「ケリーくん、この前はごめん……」


 アダムは頭を下げた。

 ケリーは首を横に振る。


「頭を上げてください。ボクが悪いんです。本当に申し訳ありませんでした。お酒が回ってて……あの時は気が狂ってたというか……。あのことは忘れてもらえると助かります……」

「そっか。話も聞かずに一方的に言ってごめん」

「いえ、本当に気にしないでください。今日誘っていただいて本当に嬉しかったですから」

「そう言ってもらえて嬉しいよ。今後、学院で普通に接してもらえると助かる」

「はい、もちろんです!」


 ケリーとしてアダムと関われないと思っていたので、ケリーは心から感激していた。


 ——心に傷を負っているのに……アダム、本当にありがとう。


 その後、2人は笑顔で和解の乾杯を交わした。


「——アダムさん、魔植物の『フルート』は知っていますか?」

「あ、魔植物園で見たよ! あんなに綺麗な声を出すなんて知らなかった。ひどい音を発するものしか知らなかったから、感動したなー。ケリーくんも来ればよかったのに」


 アダムは興奮していた。


「ボクは研究室のモニターから見ることができましたよ」


 ケリーはエリーゼのことをまだ打ち明けるつもりはないので、嘘をついた。


「そっか、それならよかった。僕は今日がそんな貴重な日だとは知らなくてね。教えてもらわなかったら見逃してたよ」

「——誰かから聞いたんですか?」


 ケリーは食い気味に質問した。


「魔植物に詳しい知り合いと偶然出会って、教えてもらったんだ。ラッキーだったよ」


 アダムは自分のネックレスのことを考えながら話していた。


「魔植物に詳しい知り合いですか?」

「まだ2回しか会ったことがない女性なんだけどね」

「もしかして、その女性に惹かれてます?」


 アダムがいつも以上に心の内をさらけ出していたので、ケリーは突っ込んだ質問をした。


「……少し興味をもっただけだよ」

「少しですか……」


 ケリーは肩を落とした。


「まだ会って2回目だからね」


 アダムはその後も気持ちよく酒を飲み続け、何を話していたのかも忘れてしまうほど酔ってしまった。





 マイウ宿屋。


 酔いつぶれたアダムは、ベッドで仰向けに寝ていた。

 アダムを部屋まで送ったケリーはベッド横にしゃがみ込み、アダムに睡眠魔法をかける。

 そして、液体が入った小瓶を近づけた。

 液体は魔法で気化され、アダムは鼻からそれを吸い込む。


 まもなくして、アダムは深い催眠状態へ入った。


「アダム」


 ケリーは魔法でエバの声に変えて話しかけた。


「エバ……?」


 アダムは目を瞑ったまま言葉を発した。


「アダム、緑の光をもつ女性を見つけて」

「……光?」

「そうだよ」

「エバが……その人なの?」


 ケリーは心の中で「そうだよ」と呟いた。


「——私が誰なのかは言えないの。でも、待ってるから。早く見つけて」


 ケリーはアダムの額にキスをした後、宿を後にした。





 翌朝。


 アダムは目を覚ました。

 見覚えのない部屋だと気づき、慌てて体を起こす。


「ん……?」


 見回してしばらく考え込んだ後、マイウ酒場の宿屋だと理解した。


「はぁ〜」


 アダムは体を伸ばしながら窓の方へ行き、外を眺める。

 柔らかな日差しが顔に当たり、アダムは目を少し細めた。


 ——いい朝だな……。


 アダムは数年ぶりに清々しい気分で朝を迎えた。

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