第4話「貧乏少女と一話当たりの文字数」

「康太お兄ちゃん、お邪魔しまっす!」


「いらっしゃい、美也ちゃ―――ってなにその格好!?」


 編集さんに提出する新刊の小説をPCに打ち込んでいた僕は、美也ちゃんの声を聞いてワープロソフトを閉じながら彼女に目を向けると、まもなくカクヨム収益化が始まる11月に差し掛かろうとしている時期にもかかわらず、短パンとTシャツと一枚いうなんとも目のやり場に困る姿で玄関で『えっほえっほ』と足踏みしていた。


「んー、何でだと思う? 考察好きの康太お兄ちゃんだったらわかるかな?」


 美也ちゃんの言う通り考察好きの僕は、とりあえず『10月末』『超薄着』『えっほえっほ』の3点から彼女が薄着であるその理由を考えてみた。


「えっと……マラソン大会?」


「大正解っ! 11月の真ん中くらいに近隣中学校の一斉マラソン大会があって、それに向けての練習してたんだ。学年別で上位に入れば図書カードがもらえるからね。そしたらどうしても欲しかった漫画が買えるしねっ」


 なるほど、それは美也ちゃんらしい行動原理だね。


「まあ、早く部屋にあがりなよ。……それと、寒くないのその恰好?」


「走っているときはそうもなかったんだけど……今はちょっと寒い」


 細い腕を両手で擦りながら靴を脱いでこちらに向かってくる美也ちゃんに、僕は慌ててタンスからパーカーを取り出して彼女に差し出す。


「風邪ひいちゃうからこれでも着てなよ」


 それに目のやり場に困るしね。


「えっ、でも私っ汗かいちゃってるし、汚しちゃうから悪いよぅ」


「そんなの洗濯すれば良い話だから、気にしないで」


「ありがとっ、本当に優しいね康太お兄ちゃんって」


 にっこり笑ってパーカーを上から羽織る美也ちゃんは、目のやり場に困るという点においては更に凶悪性を増す。だって僕のパーカーは美也ちゃんには大きいから、短パンが裾に隠れてしまってまるで下半身裸みたいになっちゃってるもの。


 これじゃ裸エプロンならぬ裸パーカーだ。僕は新たな着衣プレイを編み出してしまったかもしれない。美也ちゃんの下半身はできるだけ見ないようにするが……ごめん無理みたい。


「康太お兄ちゃんのはやっぱおっきいんだねえ……って、どうしてそんなに挙動不審になってんの?」


 ヤバい! おっきいと指摘されたので慌てて我が愚息を確認したけど、なんとか正常のサイズを保っていてくれたようだ。ってパーカーの話か。


「ふ、普通だよ。全然挙動不審じゃないよ……それよりマラソン大会の副賞でもらえる図書カードで漫画を買いたいって言ってたけど、カクヨムでお金を稼ごうとしているのもそれが理由?」


「んーん、漫画は私が読みたいからでバイトをさがしてたのは別の理由だよ。……そっちは漫画一冊とかじゃなんだしねー」


 漫画のためってのは違うみたいだけど、その言い方だと全く的外れな感じでもないらしい。考察好きの僕はなぜ彼女がお金を欲しがっているのかずっと考えているのだけれど、余りにもヒントが少なすぎるのでこれといって答えが思いつかない。


「それよりも昨日から実際にカクヨムで小説を書き始めようと思ったんだけど、Web小説って本と違って一話とか二話とか分けることができるから、一話ってどれくらいの長さがちょうど良いのか康太お兄ちゃんに聞いておきたくて」


「あーね、一話当たりの文字数か。まあこれが正解っていうのはないんだけど……今のカクヨム読者の多くの人が読みやすい長さってのはあると思うな」


 もちろん一話に10万文字詰め込んでも、仮に一文節で終わったとしてもどちらも決して間違いというわけじゃないんだけどね。


「教えてー、お願いっ、その『読まれやすい長さ』ってのが聞きたかったんだー」


「まあ待ってよ、答えを聞く前にその理由をちゃんと知っておかないと意味が無いからね。んーと、美也ちゃんは数万文字がビッシリ並んでいる小説って読める?」


「私カクヨムを小説読み始めたころ、そういうの読んだことあって面白かったけど途中で疲れてリタイアしちゃった。空白もなくて途中でどこ読んでるのかわからなくなっちゃったし」


「そうだよね。純文学の分厚い本とかで活字慣れしている人なら気にせずスラスラ読めちゃうだろうけど……ほら、特に今のカクヨムって初のアニメ化した作品があるじゃん」


「うんっ、カクヨム知らない子の中でもそのアニメは見た~っていう子はたくさんいるから、アニメ化って本当に凄いなって思うよねっ」


「そうそう、そんな普段小説を読まない人でもアニメの続きが気になってカクヨムで続きを読むって人が凄く多いんだよ。カクヨムだけじゃなくてWeb小説サイトの大半にアニメが切っ掛けでWeb小説を読み始めた人がたくさんいるのさ。だから今のWeb小説市場では寧ろ活字慣れしていない人の方が多いと思う」


「ってことは、アニメが切っ掛けで小説を読み始めても結局は活字に慣れてないからすぐに読むのをやめちゃうってこと?」


「普通の文庫本の小説みたいにビッシリ文字が並んだ本ならそうやって読むのを諦めた人もいるかもだけど、Web小説は活字慣れしていない人でも読むのに疲れさせない工夫ができるのさ。だから本は読めないけどWeb小説なら読めるっていう人が実に多いんだ」


「文庫本とWeb小説の違い? なんだろ……?」


「さっき美也ちゃんが言ったことだよ。一話とか二話とかエピソードごとに自由に分割できるってところ。後は行間に空白を入れたり読みやすい会話文を多めに設定できたり趣味で書いているからこそ何でも自由にできちゃうってのもWeb小説の強みだよね」


「あーね、それなら一話の長さって短ければ短いほど読みやすいのかなあ」


「それはそうとも言い切れないよ。例えば今、美也ちゃんが練習してるマラソンだって同じじゃない? 美也ちゃんが今度の大会で走る距離ってどれくらい?」


「え、と。うん、確か3kmだったと思うよ」


「美也ちゃんは3㎞って普通に走れる」


「もう中学生なんだし練習もしてるからそれくらい余裕だよ~」


「でも、他の子たちもみんな同じってわけじゃないよね」


「あー、体育の授業でも途中で疲れて歩き出しちゃう子もいるね」


「それに美也ちゃんだって3km走れるかもだけど、流石にフルマラソンは無理でしょ?」


「そりゃそうだよっ! 陸上部の先輩とかならまだしも私なんて最近になって練習を始めたばかりなんだから……あっ!」


 美也ちゃんは僕の言いたいことを何となく気がついてくれたようだ。


「そういうことだよ。同じ距離を走るのでも慣れている人とそうじゃない人では全然違うように、Web小説の一話あたりの文字数だって長文を好む人もいれば、短文を好む人もいるわけさ」


「それなら結局どの長さにしても正解はないってことなのかな?」


「うん、正解はないね。でも市場のニーズはある。さっきも僕が言ったようにWeb小説界はアニメの続きが気になったことを切っ掛けで読み始めて他の作品も読んだりするうちにWeb小説のファンになった人が多いと思うからね」


「3㎞一気に走るよりも休憩を挟んで1㎞を3本走るほうが楽のと同じように、長文を読むのはキツくても話数で分割してあげれば読む集中力が回復するんだよ。でもいくら短いのが楽だからって3㎞走るのを100m30本にしてしまったらそれは逆にしんどいじゃんさ」


「だから正解はないにしても、より多くの人に好まれやすい一話当たりの文字数って考えると、適度に空白を挟んでちょっと会話文を多めに意識して、尚且つ変なところでぶった切ることが無い長さの2000~3000文字がベストだと僕は思うんだよね」


 ちょっとくどい言い回しだったかもと心配したけど、美也ちゃんは『ほう!』と感心するように聞いてくれていた。

 

「よく考えると私も追いかけて読んでいるのはそんな感じの作品ばっかりな気がする! 私もそれを意識して今から自分の部屋に戻って書き始めてみるね、それじゃこれありがと康太お兄ちゃん」


 美也ちゃんは脱いだパーカーを僕に返して元気そうに玄関から出て行った。


 美也ちゃんの汗が染み込んだパーカーからほんのりと甘い匂いが感じられる気がする。……これ、洗わなかったら僕って変態になるのかな?


 気がつくとほんのちょっとだけ顔を埋めてたのは内緒。

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