城下の出会い、聖女の力

2-1.城下町を歩こう

 さて、どんな旅にも準備は必要だ。

 着替え不要とはいえ(装備が固定されているから)、下着の替えくらいは欲しい。

 どうせ身体も汚れないんだからいらないでしょ、と似非えせ爽やかスマイルに言われたが、同じ下着を穿き続けるのは衛生面(気持ち的な)から却下に決まっている。


 というわけでお披露目後、聖鞠は城下町を訪れていた。


「わぁー! すごーい!」


 城を基調とした街並みは、実際にその地に立ってみると壮観だった。

 初めて訪れた異国異世界の街。思った通り、地中海沿岸の国の風景に似ていて、いつかそこに行きたいと思っていた聖鞠の心はぐんぐんとテンションメーターを昇らせていく。


「白い、きれーい!」


 上を向いてそこら中を見渡そうとその場でくるりと回ると、セーラー服のままでは目立つからと羽織って来たケープの裾が揺れる。払うのはあくまで穢れや汚れなので、上からジャケットなどを羽織ることは可能なようだ。

 スカートの裾が翻る感覚にハッと気づいて、下着が見えていないかと慌てて押さえた。こんなに短いスカートを穿くのは学生時代ぶりなので、ついつい忘れてしまう。危ない危ない。


「ヒマリ様」


 クスクスと笑う声が聖鞠の背中に届く。

 そういえば居たんだったと彼の存在を思い出して、聖鞠は振り返った。

 煌く金色の髪に、眼鏡越しに見えた夕焼け色。


「そんなにはしゃいでいると、まるで田舎者みたいだと笑われてしまいますよ」

「そういうアストライアが一番笑ってるじゃない」


 ふふふと小綺麗に微笑んでいるが、言葉の端々に皮肉を含んでいるのがまるわかりだ。

 名前を呼ぶと、アストライアはわざとらしさのある恭しい態度を崩さないまま、おやおやと首を振った。


「ヒマリ様、僕の名前はアステル・・・・。あなた様の旅の従者を務めるアステルでございますよ。もうお忘れですか? ひどいなぁ」


 こんな嫌味ったらしい従者など、誰も求めていない。

 アステルと言っているが、彼は正真正銘エステラ王国の第一王子アス・・トライア・フォン・エステル・・だ。

 眼鏡越しの夕焼け色がにっこりと微笑む。

 アステル、いやアストライアが掛けている眼鏡は変装用の装備だ。そんな眼鏡一つで王子であることが隠せるわけがないと思うが、これは幻見げんみグラスという魔法具だそうだ。

 掛けると別人に見せることが出来て、一般市民に紛れ込むには充分な効力を発揮するという代物だと言う。

 ただ、魔法の素養がある者には通じず、もちろん聖女である聖鞠はそっちに含まれるので、聖鞠の目にはただのアストライアにしか見えなかった。

 本当に別人に見えるのか疑わしくあったが、通り過ぎる誰もがアストライアに見向きもしないところを見るにちゃんと効果は発動しているようだ。


 彼が旅についてくるということはお披露目前のやりとりで察してはいたが、本当に来るとは思わなかった。


 公務はいいのか。

 そもそも王子がほいほい出歩いていいのか。


 思うことはある。


「はいはいはいはい、アステルアステル」

「おや、つれないですねぇ」


 だが、まともに相手しようと思うと疲れるので聖鞠は適当にあしらうことにした。

 イケメンだろうと、その爽やかな笑顔と美しさにはもう騙されない。

 彼も一国の王子、次期国王様。それなりに引き継ぎなどちゃんとした上で聖鞠についてくるのだろうと勝手に思っておく。


 とにもかくにも、今は城下町散策。楽しい楽しいお買い物である。


「従者なら従者らしく、私をしっかり案内しなさいよ」

「ええ、もちろんでございます。ヒマリ様」

「……はぁ」


 にこにこ、にこにこ、にやにやと。アストライアの顔に張り付いた笑顔にげんなりして溜息が漏れる。

 本当に出会った当初の印象はどこに消えてしまったのか。

 旅のお供なら同性であるエイルがよかった。でも少し不思議な雰囲気があるとはいえ、ただの侍女である彼女に聖女の旅へ同伴させるのは難しいだろう。それはアストライアにも言えることなのだが。


「ところでヒマリはどこに行きたいの?」

「急に素に戻らないで」

「ずっと続けてたら疲れるからね。俺が猫を被るときは従者のフリをするときと、ヒマリをからかいたいときだけだから」

「……あ、っそう」


 まともに相手はしない、まともに相手はしない。

 考えるのは楽しいお買い物のことだけ、と言い聞かせる。


(んー……どこから行こうかなぁ)


 旅の準備が前提ではあるが、せっかくなので色々見てみたい。

 世界からしたら聖女の使命とやらに急いで欲しいだろうが、こちらは異世界からはるばるやって来たのだ。正確には召喚されたのだが。


「アクセサリーとか服を見たいなら、街の中心部に店がたくさんあるけど」

「……アクセサリーかぁ」

「ま、着替えられないんだから服なんか見ても意味ないと思うけど」

「うるさいな、例え着れなくても女の子は可愛いものを見て楽しみたい生き物なんですー!」

「ふふっ、女の子って歳でもないのに?」


(くあぁぁあ!)


 ああ言えばこう言うアストライアにイライラして、頭を掻きむしりたい衝動を懸命に堪えた。

 セーラー服を脱ぐためには聖女としての務めを果たさなければならない。だが、この調子が旅のあいだも続くのかと思うとうんざりする。


(見た目だけはいいのに……!)


 クスクスと笑うアストライアの仕草はさすが王子、顎に手を当てる動作一つでさえも優美に見える。

 見目麗しいがその腹は黒い。黒の中の黒、パーフェクトブラックだ。

 顎に添えられた右手の小指にある、指輪がきらりと光る。


「……そういえばアンタのその指輪って」

「これ? これは俺が魔法を行使するのに必要な物だよ。ヒマリを大浴場に案内したときに話さなかったっけ」

「ちゃんと覚えてるわよ。指輪とかアクセサリーなら身に着けられそうだし、いいなって思っただけ」

「ふーん? それじゃ、中心部に行こうか。アクセサリーを扱う露店も多いし、それにいつまでもこんなところに立っていても邪魔だしね」


 こっちだよ、とアストライアが歩き出した。

 もしかしたらよく変装して街に下りているのだろうか。慣れたようにスタスタと歩いていくので、聖鞠は早足で追いかけた。王子なら少しは後ろ女性を気遣いなさいよ。ていうか従者が主人の先を行くな。


(ほんと、勿体ないヤツ……)


 歩くと揺れる金糸の髪が、真上から差す太陽光に反射してチカチカと煌く。それが少しだけ眩しいが綺麗だった。

 こんなに美しいのに、誰も振り返りはしない。本当に今の彼は王子ではない誰か別人に見えているのだ。


(そういえば、アストライアも魔法使いなんだっけ……一応)


 あのとき聞いた話からして彼は相当立派な魔法使いだと思うのだが、一応をつけるのはちょっとした反抗心である。


 レアスは魔法が存在する世界だ。

 ただ、誰もが魔法を使えるというわけではない。魔法を使うには精霊との契約が必要なのだ。

 例えば火の魔法を使いたければ火の精霊、傷を癒す魔法を使うためには光と水の精霊と──行使したい魔法の用途や目的によって契約しなければならない精霊が違う。

 大抵はどれか一つに特化している者が多い。だが、戦闘職でない神官や癒術師いじゅつしなど高位の職に就くためには複数契約は必須となる。

 しかし契約できてもうまく使いこなせるかどうかはその人の技量によるそうだ。


 アストライアの指輪には、精霊と契約した証である精霊石が嵌められている。それが魔法使いであることの何よりの証明となるのだ。ちなみに身に着けるのに必ず指輪でなくてはならない、ということはないそうな。


 彼の指輪にある精霊石は、赤青緑黄にそして白の五種類。

 つまり、全種の精霊と契約をしている凄い魔法使いであることを示しているのだ。


「あ」

「わぶっ」


 アストライアが不意に立ち止まったので、その背中に思い切りぶつかってしまった。


「いつも街に来る時は一人行動だったから、ヒマリがいるってことすっかり忘れてたよ」

「は?」

「ごめんね、ゆっくり歩こうか」


 そう言って、アストライアは再び歩き出した。先ほどよりも速度を落として。

 態度はわざとらしかったが聖鞠の歩調に合わせてくれるということらしい。

 アストライアの隣をキープできるくらいの歩調になり、早足でなくてもよくなって歩き易くなった。


 やはり、普段から街に来ていたようだ。一人と言っていたから、護衛や従者は基本つけない方針なのだろうか。それとも魔法でどうにかできるからそもそも不要なのかもしれない。


(……ハイスペックって、まさにコイツみたいなことを言うんだろうな)


 容姿端麗、才能もばっちり。そして不意に見せられる気遣い。

 中身が最悪なことといい、つくづく元カレと似ている。

 忘れたいのにどうしても失恋の傷みをちらほらと思い出してしまうのは、もう仕方がない。


 すべては時間が解決することだと、聖鞠はアストライアの一歩後ろを歩き続けた。

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