第27話 烏

「ははうえー! 早く早く!」


「はいはい、急ぎ過ぎて転げないようにしてくださいね」


「はぁい!」


 草原の丘の上。月が綺麗に見える場所に親子が歩いていた。


「ちちうえはまだ来ないのですか?」


「そのうち来るんじゃないですかね。大急ぎで走ってやってきそうです」


「みおものははうえは僕がまもります」


「おや、素敵なナイトですね」


 ゆったりと歩いている母と呼ばれた女性のその右目は眼帯で覆われていた。

 左目にはこの国特有の金色が輝き、この国では珍しい黒髪が風に弄ばれている。


「お久し振りですね」


 女性が見た先には、四つの墓。立派なものではないが良く手入れされていることが窺える。

この国を守った、とあるモノ達の名前が刻まれている。


「羽兎、ハーバヒト、……隊長」


 未だ傷は癒えず、なれどこの国は平和へと向かっている。

 あんなことがあったのに、あのお馬鹿さんな国王は私なんかを再度婚約者に据えた。根負けした私が是と言うまで毎日求婚された。

 私で良いのですか? そう聞いたら『お前が良い』としか言わないから。だから私もいつの間にか根負けしていたのだ。


「貴方の思い通りですか?」


 私のこんな状態、きっと貴方、思いつかなかったでしょう。

 結構、お馬鹿さんなところがありますからね。隊長は。


「お望み通り、貴方の為に死にましたよ」


 凉萌・スパロウという女は死に、凉萌・ヴァンダーフェルケという存在が新たに生まれた。それは本当に、馬鹿らしいとしか言えないけれども。

 それでも、本当のところ隊長はそれを望んでいたのではないのかと今なら思う。


「私の大好きな部下と、貴方の愛した女性が一緒に眠る墓の寝心地はどうですか」


 もちろんのように何も答えない。答えない代わりに、風が吹いた。

 ふわっと身体を包み込むような優しい風だ。


「ははうえ? どうして泣いているのですか?」


「なんでもないですよ、――レイヴン」


 綺麗な黒髪に、金色の瞳を持った息子の名前を呼んだ。


「さて。行きましょうか。父上がそろそろ来るかと思いますし」


「はい! ははうえ!」


 きっと、貴方思いもしなかったでしょうね。

 まさか自分の名前が使われるだなんて。

 それも私とアウル陛下との間に出来た子の名前ですよ?

 信じられませんよね。私も未だに夢かと思います。もちろん、悪夢の方ですが。


「レイヴン? どうしました?」


 立ち止まった息子はただ静かに墓石を見つめていた。


「あのね、ははうえ。大人のひとたちが言ってるの。『しあわせになってね』って」


「……そうですか」


 そうでうすか。それはそれは。


「言われなくても、ですよ」


 貴方達の分まで、もうこれ以上ないほどに。笑って、泣いて、怒って、そうしてまた笑って。

 そうやって年を重ねて、生きていきます。


「それではまた、今度は春の頃に参りますね」


 腹を撫でて、そうして言った。大きく張った腹はもうきっとすぐ来る春を待ちきれないとばかりに生まれるだろう。

 賑やかな国にしたい。子供もと大人も幸せに笑っている国にしたい。

 そうして、私の子が、孫が、繋いでいく未来を見たい。


「それまでは、どうぞそちらで待っていてください」


 ビシッと綺麗な敬礼を見せて、私は一瞬だけ見えた残像に――笑った。

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